第42話 同期が隣に来た

 俺が同島どうじまをデートに誘うと、「断るわけないじゃない!」と言ってくれた。


「よし! 同島が来てくれる!」


「私が行くって言っただけなのに喜びすぎじゃない?」


「何をいう、一番の目的が達成できたんだぞ。喜ぶに決まってるじゃないか」


 俺がそう言うと同島の声が聞こえなくなった。


「同島どうした? 何かあったのか!?」


 時間にするとほんの数秒だろうか。それでも電話の相手が急に黙ると、何かあったんじゃないかと心配になる。


「ごめん、嬉しくてつい黙っちゃった」


「勘弁してくれよ、倒れたんじゃないかと心配したじゃないか」


「私のことそんなに心配してくれるんだ?」


「当然だろ。同島にはいつも元気でいてほしいんだ」


「フフッ、ずいぶん電話が得意になったね。私たちの研修の時とは大違い」


「俺からすればその黒歴史は完全に忘れてほしいけどな」


「もう! 前にも言ったよね? それは私だけが知っていることだから、忘れないの!」


「それなら同島の黒歴史も教えてくれ。俺だって俺だけが知っている同島を知っていたい」


「もう! またそんなこと言って! そんなことばっかり言うなら切るからね!」


「えー、本当にこのまま切るつもりなのか?」


「……切らない。だって桜場さくらばが初めてかけてくれた電話だから」


 さっきまでの勢いのある言葉と違って、ボソッとつぶやくような言い方に、今度は俺が黙ってしまった。


「もしもーし、桜場聞いてる?」


「ああ、悪い。少しふいをつかれてしまった」


「なるほどねー、さっきの桜場の心配ってこんな感じだったんだねー。そっかそっかぁ」


「そのわりになんだか軽くない?」


「ううん、ほんの数秒だったけど本気で心配したよ。そしてさっき桜場が本気で私を心配してくれたことがわかって、とっても嬉しくなったんだよ」


 友達だと思ってた同期が可愛すぎる。また俺を黙らせる気か。


「もう! だからなんでそういうことをアッサリ言っちゃうの!」


「えっ? 俺何も言ってないだろ」


「さっきボソッと言ったじゃない。その、『可愛い』って……」


 どうやら声に出ていたらしい。でもここで慌てて言い訳や訂正をするようなことはしない。


「そうか、声に出ていたのか。まさしく本音ってやつだな」


「もう! 何言ってるの! 別にうまいこと言えてないんだからね!」


 いったい同島は何回『もう』と言えば気が済むのだろう。まったくもう。


 その後もしばらく雑談を続け、気がつけばそこそこ遅い時間になっていた。


「もうこんな時間か、そろそろ切るか」


「そうだね、次の休み楽しみにしてるね!」


 こうして俺は同島と約束をした。ちなみに同島の黒歴史は教えてもらえませんでした。そりゃそうだ、人に言えないからこそ黒歴史なんだから。でも俺の黒歴史は同島経由で先名さきなさんにバレている。笑える黒歴史だから別にいいけど。



 次の日から俺はテンション高めで仕事をこなし、同僚から変な心配をされながらも、約束の日を迎えた。昼頃に同島の家まで迎えに行くことにしている。


 花見をした日に同島が住むマンションまで行ったことが、こんな形で役に立つとは思いもしなかった。


 来客用の駐車場に車を停めて同島に連絡をした。すると思っていたよりもずっと早く、同島が姿を現した。そしてこちらに近づいて来て、助手席に乗った。


「お待たせ。もしかしてずいぶん待った?」


「いや、今着いたばかりだ。それよりもずいぶんここまで来るの早かったな」


「だって昨日から準備してたからね。それに今日は仕事がある日よりも早起きしちゃった」


 助手席に誰かが乗っている。何気ないことだけど、嬉しいものなんだなと実感した。

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