第40話 後輩と妙な会話をした

 先名さきなさんとのランチを終えて社内に入り、俺が持ち場に戻る途中の廊下を歩いていると、向こうから知っている人物が近づいて来た。加後かごさんだ。


 職場での加後さんはスカートスーツ姿のため、とても仕事ができそうな印象を受ける。実際、仕事の評判はいいらしい。


 職場以外での加後さんは、お酒と先名さんが大好きで、料理が苦手で、甘えてくるような一面があって。そんな加後さんを知っている人は、俺以外にどのくらいいるんだろう。


 加後さんと会うのは、二人で食事に行った日以来だから、だいたい一週間ぶりくらいになる。


 さあ、どんな会話をしようか。それとも加後さんから話しかけてくれるだろうか。だんだんと加後さんが近づいて来る。まずは「お疲れ様です」だ。俺はすれ違う直前くらいに声をかけた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


 加後さんが立ち止まったので、俺も少しつられたように立ち止まった。


「珍しいですね、職場で会うなんて」


「俺も加後さんも基本的にずっと座ってする仕事だからね」


桜場さくらばさん、ちょっとこのまま待ってもらっていいですか?」


「いいけど、どうしたの?」


 加後さんはそれだけ言うとスマホを取り出し、何やら操作を始めた。そして俺のスマホから通知音が鳴った。加後さんからあのアプリでメッセージが届いたようだ。


『あの時の約束を覚えてますか?』


(俺、目の前にいるのに……)


 さすがに俺もメッセージで返すのはテンポが悪すぎるので、俺は普通に声に出して質問に答えることにした。


「また一緒に出かけるっていう約束のこと?」


 すると加後さんはまたスマホを高速で操作した。


『声が大きいです!』


 怒られた。加後さんは声の大きさ以前に出してもいないのに。仕方がないので、俺は声のボリュームを最小に絞った。さすがにまたASMRをやったりはしない。


「一緒に夕食をとった日にした約束のことだよね?」


『そうです。いつにしますか? 今週末はどうですか?』


 相変わらず加後さんはメッセージで伝えてくる。それにしても今週末か、それは困ったな。同島を遊びに誘おうかと思っているんだ。加後さんには悪いけど、ここは断ることにしようか。


「今週はちょっと難しいかな」


『わかりました。それなら来週はどうでしょうか?』


 加後さんらしく積極的にグイグイくる。でもこの場面だけで考えると、俺が加後さんに声をかけているけど、加後さんはずっとスマホを触っていて、俺が無視され続けているという悲しい絵面に見えることだろう。


「今はまだ分からないから、また俺から連絡するということでいい?」


 こう言えば加後さんも分かってくれるはず。


『わかりました。よろしくお願いします』


 俺がそのメッセージを確認したのを見て、加後さんはスマホをしまった。加後さんといるとコソコソしてばっかりなのはなぜだろう。

 いやまあ周囲に聞かれないようにというのは分かるんだけど。


「じゃあ私、お昼休みに行ってきまーす。桜場さん、また会いましょうー!」


 加後さんは元気よくそう言ってから、入り口の方へと歩いて行った。


 そういえば加後さんと約束したのは、俺が同島を気になり始める前だった。なんだか加後さんに申し訳ない。


 そして俺が改めてアプリのメッセージ履歴を見てみると、加後さんのメッセージを既読スルーし続けていた。

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