第21話 美人の先輩と仕事した

 もうすぐ新入社員研修がある。その時に新入社員に配る資料の作成に俺も参加している。

 俺の担当は各部署の概要をまとめたもので、それを各部署の担当者にチェックしてもらう必要がある。


 今日はカスタマーサービスの担当者にチェックをしてもらう日だ。そこには同島どうじま加後かごさんが所属している。

 そして担当者は先名さきなさんだ。他部署へ行くことなんて、そうそうあることじゃないので、加後さんや先名さん、そして同島ですらも仕事中の姿を見たことは無い。


 俺がカスタマーサービスのフロアへ行くと、たくさんの話し声とともに、俺が見る限りずらりとオペレーターが並んでおり、圧巻の光景といえる。電話なのに頭を下げている人もいる。その気持ちは凄く分かる。ついそうなってしまうんだ。


 その中に同島と加後さんの姿を見つけた。二人とも笑顔になっているように見える。おそらくクレーム対応ではないのだろう。

 電話だと表情が見えない分、声のトーンが特に大切になる。笑顔だと自然と声も明るくなるものだ。


 先名さんのデスクへ向かう途中に同島と加後さんのデスクがあったので、少しだけ耳を傾けた。同島は当然として加後さんの電話対応も落ち着いており、分かりやすくしっかりと案内をしているようだ。


 昨日同島の家で自分で作った、激マズ目玉焼きを涙目で食べていた加後さんと同一人物とは思えない。


 そしてようやく先名さんのデスクに到着した。先名さんは黒パンツスーツ姿で、本当によく似合っている。


「新入社員研修用の資料を持って来ました」


 新入社員には紙で渡すことになるため、実際にプリントしたものを直接確認してもらっている。


「お疲れ様です。ありがとうございます」


 まるで初対面かのような対応だった。仕事中だから当然ではあるけど、あの飲み会と花見が無かったら、本当に初対面だったのだ。


 先名さんの目が横移動を繰り返して、資料に目を通している。ただ結果だけを待っているこの時間は、やはり緊張感がある。

 そして読み終えたであろう先名さんが口を開いた。


「ひとつよろしいでしょうか?」


「はい、どうぞ」


「ここの説明文ですけど、もう少し具体的にできませんか? これだとイメージすることが難しいので。例えばですね——」


「分かりました。こちらでもう少し考えてみます。他に気になるところはございますか?」


「いえ、あとはこのままで大丈夫です。先ほど挙げたところの修正、よろしくお願いします」


「分かりました。では失礼します」


 花見で水を買いに行った時に見つめ合ったり、酔った加後さんとおたわむれになっていたことが嘘のような、淡々としたやり取り。


 仕事なんだから当然だと分かっている。分かっているが、どこか寂しいという気持ちが俺の中に残っている。


 自分のデスクに戻った俺は、先名さんからの指摘箇所の修正に取りかかろうとしたが、もうすぐ昼なので腹ごしらえのことを考え始めた。


 するとスマホにあのメッセージアプリからの通知が来たので確認すると、加後さんからだった。


『急ですみません。昨日の夜の約束覚えてますか? もしまだなら今日のお昼休み私と過ごしませんか?』


 昨日の夜中に同島の家で、こっそり加後さんとご飯を食べに行く約束をした。まさか今そのことを言われるとは想定外だ。


 約束したからには実現させる。俺は『了解』と返信しようとした。するとまた通知が届いた。


桜場さくらばくん、さっきはダメ出ししてごめんなさい。それで急で悪いけど、もしまだなら今日の昼休み私と出かけない?』


 先名さんからも昼食に誘われた。一瞬にして困った事態になった。

 


 

 

 


 

 

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