第9話 同期から圧を感じた

「……華奢きゃしゃなのに柔らかくていい抱き心地でした」


 これは俺が加後かごさんをお姫様抱っこした感想である。それをあろうことか口に出してしまった。


 先名さきなさんと加後さんには半ば呆れられ、同島どうじまから「楽しい?」と聞かれた俺が「楽しい」と返事をしたら、「ふぅーん、そう。それはよかったね」と、絶対よかったと思ってないトーンで言われたのだった。そして何より同島の目が笑っていない。


(えぇ……、なにこれ怖い)


 同島はサバサバ系女子だと思うけど、別にキレやすい性格ではない。むしろ怒ったところを見たことが無いんじゃないだろうか。……仕事のグチ以外では。


「同島は楽しくないのか?」


「もちろん私も楽しいよ。それよりも桜場さくらばは先名さんと加後ちゃんとは打ち解けるの早いんだね、私の時とは違って。それにとっても楽しそう」


「これは打ち解けるというか、先名さんと加後さんにからかわれているだけだと思うぞ」


「あら、私はからかってなんていないわよ」


「私が桜場さんをからかってどうするんですか」


 急激なアウェー感が俺を襲ってきた。ただお姫様抱っこの感想を言っただけなのに。……やっぱり何回考えてもおかしいのは俺だな。


 でもだからといって場の空気が悪いわけじゃない。さっきのはコミュニケーションの一環としてのやり取りであり、花見の開始早々にガチの言い争いなんて誰も望んでいないだろう。

 確かに同島の発言は気になるが、今は花見を楽しむことに専念するべきだ。


 今俺達の目の前には、三段重ねで大きいサイズのランチボックスが置かれている。先名さんが頑張って作ったと言ってたから、先名さんの手作りなのだろう。

 俺のイメージ通りというか、先名さんは何でもできそうな雰囲気をまとっている。


「わぁ、美味しそうですね!」


 フタが取られたランチボックスを見て、加後さんが目を輝かせている。そこには俵型おむすびをはじめ、揚げ物・肉・野菜・フルーツなどが彩り豊かに並べられていた。


 そこからは本当に楽しい時間が続き、気がつけば最初の缶ビールを飲み干していた。

 俺は加後さんの様子に注目していたが、今のところは大丈夫そうだ。


 いざとなれば俺が強制的に加後さんを止めるつもりだが、念のため同島にも支援を要請しておこう。ちょうど加後さんは先名さんと話しているので、その隙に同島に話しかけた。


「同島、もし加後さんが飲み過ぎているようなら、止めてあげてくれないか」


「そうだね、加後ちゃんに何かあるといけないからね」


 加後さんが泥酔するのはもちろんのこと、急性アルコール中毒などの危険性だってある。酒を誰かと飲むことは、それらを防止することにおいても有効なのだと思う。



 それから1時間が経った。俺もいい具合に気分が良くなってきた。ほろ酔いといった感じだ。


 先名さんは顔色も変わらず、自分のペースで飲んでいるようだ。これも俺のイメージ通りで、自分に合った飲酒量が分かっているのだろう。


 同島も酔いが見た目に出ることは少ない。対応が少し面倒にはなるが、記憶が吹っ飛ぶといった姿は一度も見た事が無い。


 そして肝心の加後さんはというと、


「桜場しゃんさんじぇんじぇん全然飲んでないじゃないすかー」


(無理だこれ)


 どうやら加後さんに遠慮しすぎて、止めるタイミングを見誤ったらしい。

 俺は加後さんと飲むのは今日で2回目だ。まだそこまで加後さんのことを知っているわけじゃない。だから同島に頼んでおいたのに。


 でもそれで同島を責めるのは間違いだと思うので、今度こそお姫様抱っこの出番なのかと、俺はその気になっていた。

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