第8話 同期に普通のことを聞かれただけなのに

 缶ビールでの乾杯を終えてそれぞれが一口目を楽しんだ。加後かごさんが泥酔しないか心配になった俺は、思わず加後さんをガン見していたようだ。


桜場さくらばくん、さっきから加後さんをずっと見てるけど、どうしたの?」


 先名さきなさんがストレートに聞いてきた。なんだか先名さんは分かってて言ってるような気がするんだけどな。


「桜場さん、私を見てたんですか?」


 加後さん本人から聞かれたら答えるしかないが、加後さんの良からぬ部分をガン見していたと誤解されることだけは、全力で回避したい。


「加後さんが泥酔しないか心配になって」


「もう! あれは忘れてください! 今日は大丈夫ですから! 違った、今日です」


 そういえば職場で加後さんから花見に誘われた時、「本当の私を見てもらいたい」と言ってたな。


「確か本当の加後さんを見せてくれるんだっけ?」


 俺がそう言うと、女性全員の動きがピタリと止まったように見えた。


「桜場、あなた加後ちゃんに何したの?」


「桜場くん、やっぱり……」


「なんで二人とも変な想像してるんですか。あと先名さん、やっぱりってなんですか」


 俺は加後さんを見て無言で助けを求めた。


「私はいつも泥酔するわけじゃないってことを前に桜場さんに話したので、桜場さんはそのことを言ってるんだと思います」


 俺の意図がきちんと加後さんに伝わったようだ。


「そうだったんだね。確かにこの前は加後ちゃん、いつもより酔ってたもんね」


 同島どうじまがそう言うってことは、あの時の加後さんの酔い方はやはりイレギュラーだったのだろう。


「私も迎えに行って驚いたわ。まさか加後さんがお姫様抱っこされてるなんて」


 先名さんがその発言をした後、同島が不思議そうな表情で先名さんに話しかけた。


「先名さん、加後ちゃんがお姫様抱っこされたってどういうことですか?」


 そういえば俺が加後さんをお姫様抱っこしたのは、同島が帰った後だった。なんかいらん情報を同島に知られたような気がする。


「理由はよく分からないけど、私が部屋に入ったらすでにその状態だったのよ。二人で何をしてたのでしょうね」


「ふぅーん、介抱でもないのに桜場は、酔ってる女の子にお姫様抱っこなんてしちゃうんだ」


 同島からの視線が痛い。分かる、分かるぞ同島。どう考えてもおかしいのは俺だな!

 それにしても先名さんはさっきから、どういうつもりなんだろう。からかわれているのだろうか。よし、ここは俺も攻めてみよう。


「先名さん、さっき俺がずっと加後さんを見てたと言ってましたけど、それって先名さんもずっと俺を見てたってことですよね?」


「よく分かったわね。私はずっと桜場くんだけを見てたのよ」


 カウンターをくらってしまい俺のターンが終了した。なんて返せばいいのか分からない。


「フフッ、冗談よ。たまたま桜場くんの視線が加後さんに向けられていたことに気がついただけよ」


 やっぱりからかわれているだけのような気がする。


「それで桜場くん、加後さんをお姫様抱っこした感想は無いの?」


「そんなものありませんよ」


「桜場さん、酷いです。そんなものだなんて」


 言葉だけだと落ち込んでいるように見えるが、加後さんの表情は明るい。これは冗談で言っていることは明らかだ。


「桜場くん、こんな可愛い子を泣かせたらダメじゃないの」


 どうやら先名さんは俺を逃がすつもりは無いらしい。何か言わないと。


「……華奢きゃしゃなのに柔らかくていい抱き心地でした」


「……これは思ってた以上の感想が出たわね。加後さん、聞いた?」


「……桜場さん、大胆すぎます」


 なんだこれ。やっぱりどう考えてもおかしいのは俺だな!


「ねぇ桜場」


 このやり取りを黙って眺めていた同島が、口を開いて俺に質問してきた。


「楽しい?」


「お花見のことか? まあ、楽しいかな」


「ふぅーん、そう。それはよかったね」


 そう言ってくれた同島だが、その表情を見た俺は違和感を覚えた。目が笑っていないのだ。


(えぇ……、なにこれ怖い)

 

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