第8話:またね、いっしょにどう?
とっ、とっ、とっ、揺れる髪を右手で抑えたながらダッシュする。見えてきたのは、西側諸国を代表する大都市カラリア。
年がら年中、観光客の足跡が消えない、人気都市だ。
「よっし、疲れた体を癒すぞーう」
微笑むロバの横顔が視界に入る。
何だか、お前、楽しそうだな。普通、人混みはイヤなんじゃないか?
「…まあ、いいか」
そんなことはどうでもいい。さっさと人混みの中に紛れよう。
カラリアは、隠れ家だ。人が人に注意を向けず、どの種族でもどんな仕事をしていようとも、誰も干渉しない。この都市特有の、暗黙のルールなのだ。
人は多いが、一人になるには絶好の街。
思わず「最っ高」と口に出す。海に面したカラリアには、堂々と町を見下ろすようにカラリア城が座っており、下には様々な商店が立ち並び、西側諸国唯一の闘技場も備わっている。
「息抜きにはちょうどいい、そうは思わないかねロバくんや」
明らかに、私の言葉を聞き取ってから首をカクカクと縦に振った。
コイツ、やっぱりただのロバじゃなくない?
日に日に、疑いは大きくなってゆき、確信に変わる。
「あのドワーフ、やっぱり私の事…」
イライラして、爪を齧る。ついでに舌打ちも。
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蛾のように集う民衆は皆、門を潜れば商店を見に行く。私は違う。計算高い、中央省の要、ハイロのトキ。この都市に来たら初めに。
「よいしょと」
宿を取る。街に吸い込まれると、日が沈むまで我を忘れて、ほっつき歩いてしまう。そうなる前に、先に拠点を先取りしておくのだ。
力一杯背伸びをして、身体中の筋肉に「休め」と命令する。今日は、地図描きもしない。ただフラフラと、色んな人を眺めながら歩こう。そんな時間も、時には必要だ。
「行ってらっしゃいませ」
宿で働く者は全員が獣人で、セレブのお気に召すような光景が広がっていた。
カラリア都市を歩く。
フラフラっと服屋に立ち寄って。匂いにつられてピザを頬張って。偶然行っていたサーカスを立ち見して。
これが私の歩き方。一人好きの、都会の歩き方。
「いらっしゃいませ」
〆も決まっている。老舗感の強い、尚且つ人の少ないカフェで時間を溶かす。贅沢に時間を使っている自分に、酔いたいのだ。
相変わらず、一番端の二人用の席を陣取る。
コーヒーに、角砂糖を落とし、何も考えずに喉に通す。これもまた、何だか楽しい。
「すいません」
「ほえ?」
「えっと、その、すいません」
何だ何だ?この街の暗黙のルール、知らないのか?人には干渉するなよ!「……はい」
全て飲み込んで、笑顔を作る。
「トキさん、ですよね?」
「はい?」
「ほら、セントラルに通っていた、優等生のトキさんですよね?」
子供かと思ったら、こいつ、ホビットか。私の同期ってことは、かなり年食ってるな。
「ええ、そうです」
「僕、レイドックといいます」
「はあ…」
「あの頃は、一人だった僕によく話かけてくれて、本当にありがとうございます」
「はあ…」
中央諸国のトップ校であるセントラルは、様々な学問を追求する、変わった大学校だ。基本、学校に通う必要は無いのだが、私は狭苦しい環境を無理矢理にでも変えるために入学した。ハイロというだけで、入学試験も無かった。
あの頃の私、優しい心持ってたな〜。
この数十年で、私の心はひん曲がってしまった。
何せ、目の前に座る、昔の友人すら覚えていないのだから。
「お会いできて嬉しいです」
「ええ、そうですね。では私はこれで」
「えっ!ちょっと、待って下さいよ!」
やかましい。静寂なこのカフェの雰囲気が台無しだ。
「レイドック…君?」
「うん、どうしたのトキさん急に」
「人と話したい気分じゃない。次見かけても話しかけないでね」
そう言ってから、レイドック君の顔を見ずに店を出た。
考えたくもない。
彼がどんな顔をしていたか、なんて。
店を出たが、どうにも宿に戻れなかった。
彼の事を少し、思い出したのだ。
教室の隅で、ぼんやりと下を向く子ども。
それに、彼は成績も芳しくなかった。
セントラル大学校に通う生徒の殆どは、世界を知らない未熟者。
当然、彼は見下された。
食堂で一人、スープを啜る彼を見つめた。
「ね、隣いい?」
話しかけずには居られなかった。
私も、この光輪が無ければこうなっていたかもしれない。
そう、思った。
ただそれだけだった。
それからはトントン拍子で仲良くなった。彼は見た目以上に鋭い言葉を吐き、それでも、人を傷付けるような発言は無かった。
店の裏で、顔だけ出してレイドックを待つ。
出てきた、出てきた!
声をかけることは出来なかった。何しろあんな暴言を吐き捨てたんだから。無理無理。
なんだか、私…。
ストーカーみたいなことしてる…。
自分で自分が嫌になる。何で、目の前にいるのに。
ていうかさっき目の前まで来てくれたのに、何で忘れちゃうんだよ、私のバカ!
その瞬間、喉元を切り裂くような、殺気を感じた。
私に向けてじゃ、ない。
これは…。
人混みをかき分けて、彼を追いつつ周りに意識を持っていく。
(天から降りし東雲しののめよ、見えぬ汝の光を写し、我が瞳に宿らん)
私の目は色を失い、暗闇のネコのように、人の目が光って見える。どこに視線を向けていて、何を見つめているのか。
誰が、レイドックを狙っているのか。
ホビットは少数の種族。
それ故に、ハブられることもあれば、高値で取引されることもある。
…居た。縄を右手に、左手にポーション。恐らく、睡眠薬だ。
口元を布で覆い隠しているが、目は裸だ。
レイドックに酷いことしたら、私が許さないから!
さっき酷いこと言ったけど。
(純白の翼、光を映す輪、天界に誓い、汝の見えぬ幻想を焼き払わん)
人差し指と中指を、繋げた状態からピースに。
心を抜く。動物から、植物に変える。
死んだように男はばたりと倒れた。
街ゆく人は視線を集める。
しかし、皆が見て見ぬふりをした。
一人を除いて。
「大丈夫、ですか」
レイドックは、その男の肩を叩く。
男の服から、自分の似顔絵と得物が出てきて、ギョッと顔を引きずらせた。
「レイドック」
「えっ」
「だ、大丈夫だった?」
気まずい。話しかけるな、と私から言ったのに。
「ううん、助けてくれたんだね」
「…たまたまね」
「ありがと、でもこの人、ずっとこのままなの?」
私は、驚きすぎてクラっと足を緩めた。
自分を殺そうとしていた奴の心配まで…?
「いや、軽めにかけたから、何時間か経てば意識は戻るよ」
「そうなんだ、やっぱりトキは優しいね」
私はまだ、心の奥底に棲むハトを殺していない。
そう再認識できただけでも、今日は豊作だった。
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「これから何を?」
翌日、彼と東門で出くわした。
「地図を埋めていく。この辺りは既存の地図と何ら変わりはないから、模写するだけなの」
「地図の改訂か、長くなりそうだね」
「ほんの暇つぶしだよ、またどこかで」
「うん」
話の合う、優しいホビット。名前はレイドック。
いっしょにどう?
何て聞けたら、行路は少し変わっていたかもしれない。でも、それを言えないのが私。
そんな自分が好きだから、一人なんだよ、ってね。
光輪を乗せて、トキは歩く @ayuomati
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