第7話:残されたものと雪うさぎ
氷雪地帯、圧巻の吹雪。寒い、と体が悲鳴をあげている。
こんな薄着で来るなんて、バカだなぁ…。
「とか思ってんじゃ無いだろなあ?ああ?」
ロバも、私に構ってくれる程体力は残っていない。この雪は、今まで何人もの放浪者を殺してきた災害なのだ。
はっくしょん。こんな事なら前のチェックポイントで描けば良かった…。
はっくしょん。いや、心配しなくていいよ、この吹雪を抜けたら餌も買ってやるから…。
ロバの目を見ながら、足を動かす。
横を見ると、二つの墓石があり、それを見守るように一匹の雪うさぎが飾られている。
足が止まった。
あれ?
震えて、足が凍ったかの如く動かなくなった。
私の意識は、警笛のような”いななき”と共に段々と無くなった。
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「…ねえね、目、覚めたよー」
ランタンが見える。目がボヤけていて、私は今、ベットの中で死んだように布団の温もりを感じている。
意識が戻ったのは数時間だが、久方ぶりのフカフカ布団に誘われ、助けてもらった身でありながら二度寝をしてしまった。
「具合、大丈夫そうですか?」
ええ、なんせ二度寝したんですから。
心の中で返す。
「まだ、話さないで下さい。もう少し、横になって安静に…」
うん、じゃ、お言葉に甘えて…。
「ねえね、この人、一回起きてたよ」
「何をっ!」
ショボショボした目をかっ開く。視界はクリアになり、青髪の女の子二人が驚いたように私を見ている。
「今、意識が戻りました。いやぁ、本当にありがとうございます」
「いえいえ、ハイロ様を一目見ることができただけでも、光栄です」
「マリも!」
うげっ、信仰者か。
「トキです。先ずは助けてもらったお礼を。本当にありがとうございます」
「いえいえ」
「私の近くに、ロバが居たりしませんでしたか…?」
「ええ、居ましたよ。変わった鳴き声が聞こえたもので。私、ロバのいななき、初めて聞いたんです!……あっ、申し遅れました、私はシズク、こっちが妹のミズクです。あなたを見つけたのはミズクです」
「よろしく、天使さん」
「よろしくね〜」
うん、カワイイ。口角上がっちゃうなぁ…。
「良ければ、今カボチャのスープが出来た所です。一緒に食べて頂けますか…?」
…。うーん。
「私は、あなた方に助けられた放浪者。無駄に敬うのは辞めてください」
「けれど…」
「トキがそう言ってるなら、ミズクが案内するね、放浪者さん!」
ほうろ、、、うーーーん…。
カワイイからいっか。
「温かいスープなんて、久しぶりに食べるなぁ」
「ねえねの作るスープは、絶品なんだよ!」
「ミズクぅ…」
乗り気じゃないシズクさんも、食卓で話をしているとあっという間に打ち解けることができた。
どろっとしたスープを口に運んで、一息。口の中からも湯気が上がっている。
「トキさんはどうしてここまで?」
「地図の改訂を行っています」
「なんでー?」
「暇つぶしですよ。それでも、小さな心の穴を塞ぐためでもあるのかな、なんて」
「やっぱり、差別ですか」
シズクさんはぽつりと呟いた。
「両親から、少し」
「分かります、その気持ち。ミズク、ロバに餌をやってきてあげて」
「はーい」
颯爽と去っていくミズクを尻目に、シズクさんは「コホン」と息を吐く。
「両親は、私たちを置いて姿を消しました」
え———。
「えっと、急に…」
「すいません、境遇が少し似ているような気がして、ここには妹しかいないものですから、話す相手もいなくて」
笑ってはいるが、今にも泣き叫びたい凍った心が垣間見える。
「父親は貴族の生まれでして。母と結婚するため、家を抜け出してこの地に住み着いたんです。
こんな何も無い場所に。それからすぐ、母は私を産みました。当時の記憶はあまり残っていませんが…」
家中に響く怒鳴り声、父親の暴力。貴族生まれで裕福な暮らしを続けていた父親にとって、この地での細々とした生活に嫌気がさしたのだ。
「母はこの家が監獄のようだったと言いました。母に守られてきた私は、物心ついた頃には父親という存在を無くして、一家を支える一人となりました」
「そして、ある日、母親は魚を取りに行ってくると
言って家を出ました。私の母は帰ってきませんでした、次の日も、その次の日も」
「えっと、吹雪に襲われたんでしょうか?」
「恐らく。他にも熊に襲われるケースも考えられます」
シズクさんはやけに落ち着いている
「孤独、不安、そして空腹で、私一人しか居なかった家にノックがかかりました。
藁にも縋る思いでドアを開けると、一つのカボチャが転がっていました。次の日は明るいランタンが置かれていて、その次の日には——————」
……………。
頭を殴られたような衝撃が走る。脳が疑問符を並べる。
ガチャとドアが開く。
「ねえね、ロバさん餌食べてくれなかった。なんで?」
「食欲がなかったんじゃないかな?」
「いや、食欲はあったよー」
私はゆっくりと立ち上がり、身支度を始めた。
「も、もう行くんですか?」
シズクさんは慌てて私に声をかける。
「妹さん、大事にしてあげて下さいね」
ミズクちゃんの頭を撫でながらそう伝えた。
(天まで昇る光の筋よ、自らを映す光の輪よ、今、汝の雷雲を晴らし、己を照らせ)
目に力を込める。心の中で詠唱する。
天界魔法の一つだ。
「………どうしたの、天使さん?」
「いや、何でもない。ミズクちゃんは良い子だね」
「それほどでも、ないよ〜」
嬉しそうに笑顔を作った彼女。頭から手を話してから気が付いたが、少し、ほんの少し、冷たかった。
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