怪人マダム・ヴィスタVS疲れた男

 造物主たる混沌の見る夢の中に手を入れる暴挙に及んで一秒とも無限とも言える。

 夢とは起きて見たものを夢の主自身が、再解釈したものに過ぎない。では混沌は起きているときに何を見たのか。夢こそが全てであればそれ自体が現実であり、比較することはできない。

 夢の中、二十一世紀の日本の治安は年々悪化し、突如人間が怪人に変貌することも増えてきた。魔術や呪術、超能力や宇宙人は表舞台への露出も増えてきている。これはオレが手を入れた影響なのか。あるいはそうではなく、通常の運行なのかも知らない。だが破綻は近い。オレ自身が破綻させる。



 どうせ使いもしない道具をいくつか作って時間を潰していると、素材である異界が枯渇していた。足りなくなると欲しくなるのが、さが。その辺の呪術師や人外のテリトリーを侵犯し、所有権を無理矢理奪い取るかと歩いているとマダム・ヴィスタに招待を貰った。襲いにかかるよりも、向こうの誘いに乗る方が楽なので乗る。

 古いWindowsのデスクトップ壁紙の草原みたいな場所に円卓があり、そこには肉の全て溶け落ちた骸骨やマネキン人形や腐敗して膨らんだ死体などが卓を囲んで座っていた。最小サイズの夢、つまりは異界である。その中でオレから一番奥に座っているのがマダム・ヴィスタのようだった。

 マダム・ヴィスタは怪人だった。

 古臭いPCのような頭部の画面に草原が映っている。その下に不釣り合いなくらいちゃんとしたドレスを着た女の身体が繋がっている。怪人などそんなものだ。人間を辞めても人から離れられない連中だ。


「貴方は土御門キョージという名前じゃあありませんね?」


 肉体と中身を見るくらいの機能があるようだった。いや、この異界の特性か?


「この肉体はそれなので、それでいいじゃあないですか」


 キョージの肉体には俺の指先ほどでも中身を詰めることができる器があった。これと同じ器をもう一度探すには夢の中の時間が百年進む。


「では、キョージさん。貴方の話をしてくれないかしら?退屈しないような」


 ああ分かった。マダム・ヴィスタの能力は相手に自分語りを強制させ、それを条件として第二の能力で相手を無力化するというものだな。無力化された後、人形になるのか死体になるのかは不明だが。

 異界ではその支配者の強制力が高まる傾向にある。欠品補充でうろついた先の怪人如きに人生一回分を無駄にされるのは癪に障る。

 マダム・ヴィスタの能力を無理矢理拒絶することもできるが、あまり不自然なことを行うと二度とこの世界ユメに手を入れることができなくなるかもしれない。 

 辻褄の合う形でマダム・ヴィスタの能力を止めねば。


オレは殺しを生業にする家系の末裔として生まれました。オレは血の宿命サダメとして人を殺すのが上手でした」


 オレの物語、フルート奏者が如きに身をやつす前の話は霧がかかったようにぼやけていて、自分の語りの正誤も分からない。


「殺す機能がオレでした。彼女とオレの間に子を設けることは結局叶いませんでしたが、男の子でも女の子でもどちらが産まれても良いような名前を考えていました。オレはもう彼女に人を殺させたくなかった。しかし殺しはオレたちの機能であり生業だった」


 彼女とは誰だ?オレが話しているはずだが、口がオレの知らない自分の身の上を語りだす。オレが推測したよりもこのマダム・ヴィスタの能力というのは深淵に近く、知りえぬことすら語らせることが可能なのか。


「二人は永遠に別れたのね。だから貴方は疲れた心で彷徨っている」


 オレの物語をオレ以外が批評し語り、分かったようなことを言われるのは我慢ならない。しかし語りにマダム・ヴィスタが口を挟んだと同時に俺の口が止まる。口が止まるとオレの意志でキョージの肉体を操作できる。能力の強度の割には付け入る隙が多いようだな。

 喉を潤すためにカップに手を伸ばすこともできる。ならば。

 カップの中の茶を飲みながら、懐から拳銃を取り出し発砲する。通常ならばここで茶を飲まない方がベターだ。能力の支配が強まる。ヨモツヘグリのようなものだ。

 弾丸は矮小な異界を潰して作ったもので、着弾と同時に超重量となり、相手の行動を阻害する。いくらでも作れるような単純な機能だ。単純故に大抵の相手によく効く。マダム・ヴィスタは仰向けに倒れ、銃弾の着弾場所を中心に地面にめり込んでいる。

 ゆっくりと茶を飲みながら、マダム・ヴィスタに近寄る。超重量でも草原に埋まる程度で死んではいないようだった。マダム・ヴィスタは素手で傷口をほじくり、銃弾を抜こうとする。


「他者を強制的に読むような行いは良くなかったと思いますよ?いや違う。怪人に一般の倫理や道徳を押し付けても意味が無い。訂正する。相手が悪かったな」


 これから殺す相手にキョージとしての上っ面を維持する必要もない。また道徳を説く意味はない。同機能の弾をもう一発撃つ。弾はマダム・ヴィスタのPC頭を砕いた。

 カップを投げ捨てる。

 草原が薄れ始める。怪人の能力と癒着した異界だったか。世界を留める釘を懐から取り出し、草原に突き刺す。崩壊を止める。


 異界から出て、帰路につく。街中の家々、その窓からは明かりが漏れている。

 オレの家に着く。家の中が暗かったので明かりを点ける。

 家の中にはオレ以外誰も居ない。油絵具が廊下に落ちている。

 一番最初のアプローチとして絵を描いたが、結局これではなかった。アプローチとして無意味と分かっていながら、時々絵を描くことがある。

 無意識に筆を取ると、人物画を描くことが多かった。絵に体温はなく、現実を自分を通して再創造したものでしかなかった。

 描こうとして題材はいつも同じ女に見える。記憶に無い者をどうにかして描こうとしても、それが違うことが分かる。上手くいかないことは当たり前なのでもはや腹も立たない。

 夢を描くとは造物主にしか許されぬ偉業であり、終わったものを、もう何処にもないものを描こうとすることは不可能事である。タイプライターを与えた猿が、シェイクスピアの戯曲と全く同一のものを書けるか。何を無くしたかわからないとして、それを探し出すことができるか。だが、不可能は諦める理由にはならない

 


 





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