第69話 二子石高校VS沢江蕨高校 ①
時間はあっという間に流れ、午前十時。
本日予定されていた沢江蕨高校との試合が予定通りに行われることになった。
「それじゃあ、今日のスタメンを発表するぞ~~」
俺はベンチから立ち上がりアップから戻ってきた選手たちを指名していく。
二子石のフォーメーション:4-3-1-2
センターフォワード:南沢
セカンドフォワード:桜木(キャプテン)
トップ下:三好 志保
右サイドハーフ:月桃
左サイドハーフ:菅原
ディフェンシブミッドフィルダー:三好 竜馬
左サイドバック:島石
右サイドバック:長島
センターバック:志満
相馬
ゴールキーパー:栗林
「今日の試合は
「はいっ!」
俺は適当によさげなことを最後に付け加えてから、そのまま選手たちの大半を送っていく。そんな中、俺は月桃と相馬の二人を呼び寄せた。
「相馬。今日の試合はお前がキーマンだからな。ボランチに竜馬が入るのは初めての試みだから、状況を判断して指示を後ろから出せるようにしてくれ」
「わかりました。それと、豆芝さん……」
「? どうした?」
「いえ。なんでもありません! それじゃ、行ってきます!!」
相馬がグラウンドに行くのを見送ってから、俺は月桃に対して声をかける。
「月桃。今日の試合はいつもよりも右に張ることの多いポジションだ。中央でプレーすることの多いお前からしたらなれないことは多いかもしれないが、今日は経験だと思って自分なりに良いプレーをすることを心がけてくれ」
「はいっ!」
「いい返事だ。よし、それじゃあいってこい!」
俺は月桃を元気よく送り出してから、ベンチに戻る。黒田先生には気になることについてメモをしてくださいと事前に伝えているため、今日は流し見ぐらいで動こうと考えている。それ以上に、俺には一つの目的があったのだ。
その目的はたった一つ。スパイ疑惑のかかった水木とベンチへ座ることである。
「水木、そこ座るぜ」
「……」
「よっこらせっと」
相変わらず返事がない。傀儡かと思うぐらい意思を見せねぇ奴だと感じていると、試合を開始する笛が鳴り響く。
相手のフォーメーションは3-6-1。CDM2枚、CAM2枚、サイドハーフ二枚と中盤の選手が多いフォーメーションだ。前線プレスをする場合こちら側はCAMに入った志保と桜木・南沢でプレスを仕掛けることになる。上手くいくかは正直分からない。
何せ、相手は三年間プレーしてきている選手たちに対してこちらはプレスをかけるのがお世辞にもうまいとは言えない南沢だからだ。
「がっ!」
案の定、南沢がCBへ無理詰めしたところを右SB、右サイドハーフ、右CDMという形のパスワークで崩された。CDMへのパスラインを切るのは良いが無理に回収するためにプレスを仕掛ければ不発に終わるものだ。
そして、何より――中盤の多い相手に渡ってしまえば、相手側は仕掛けるのが容易になる。それは、こちらのポジションの欠陥の一つ、中盤の薄さによるものだ。
ダイヤモンド型にしていることで、自陣で守れる選手は五枚。
対して、相手はFW一枚にCAM二枚、サイドハーフ二枚の五枚。
こちらの守備陣と攻撃陣が数的同数になっている。
これによって、マークの受け渡しが難しくなるという問題があった。
プレスに誰かが向かわないと、ミドルシュートを打たせる可能性が生じるからだ。
では、どうやって防げばよいだろうか。
「僕が止めます! 皆さん、内側絞めておいてください!」
その答えの一つを出したのが、先ほど声掛けするように指示を出した相馬だ。
相馬はスリーバックにするように指示を出してから、自主的に前側へポジションを変更する。これにより、CAMへ当てる人数が二枚となりミドルシュートを打たれる可能性が減少する。
勿論、このプレーにだって弱点は存在する。相手の個が高い時だ。
が、結局最後はピッチに立っている選手の自己判断である。
「くそっ……シュートを打てるコースがねぇな。けどお前を剝がせば数的有利だ」
CDMが二枚になったことで抜けば有利になると考えたCAMが個で仕掛ける。
それに対し、相馬は体格差で負けないように重心を一定に保つ。
そして相手が仕掛けてくるタイミングの一歩目で、すぐさま体をボールと相手の間に入れた。これにより、攻撃側が手を使い相馬を転倒させる。個の守備技術によって相馬はファールを獲得し、攻撃を止めることが出来た。
審判の笛が鳴ると同時に、相馬はすぐさま後ろの志満先輩へパスを渡す。一旦後ろへパスを渡し、試合を後ろから作っていくという冷静な判断だ。
これにより攻撃を無理に加速させず、こちら側で試合の流れをコントロール出来るようにしている。
それに対し、沢江蕨側も前線から積極プレスに行くのではなく、CAMがCBとSBの横パスを切れるラインに入り、縦側のみに限定するプレーを仕掛けてくる。これによりCBに入った相馬と志満先輩、CDMの竜馬とGKの栗林の四人でしか近場のパスを繋ぐことが難しくなる。
ロングパスを出せば体格勝負になる可能性があり、攻撃も単調になるだろう。
これを避けるとしたら味方が下がりパスを貰えるようにする方法だが、中盤の厚さを活かし縦へのパスコースもかなりなくされていた。
その間に、CAM二枚がじりじりとCBに距離を詰める。FWもCDMへのパスコースを切れる位置に立ちパスミスを待機している。これにより、俺たちのチームはロングパスを出すしか勝ち目が無くなった。
「くっ……!」
相馬が苦し紛れに前線へパスを出す。ダイレクトで蹴られたボールは裏抜けを狙う菅原へと放り込まれる。が、彼女へ渡る前にCDMへ入った長身の選手がヘディングで止めた。
セカンドボールを志保が回収しに向かうが、体格差によって簡単に競り負けた。
死んだボールをハイラインを取るCDMが回収し、再度こちら側が守備となる。
前線側がプレスを仕掛けるのに対し、相手は冷静に後ろへ下げた。あくまで攻撃を無理に仕掛けるのではなく、試合をコントロールすることにシフトさせたのだ。
「プレスしすぎないように気を付けて!」
前線に入る桜木が近場にいる南沢や菅原へそのように声をかける。
前線プレスを仕掛けすぎると走行距離が非常に長くなり、ガス欠しやすくなる。
走るべき時に走るのは長時間戦う上で必要となる技術だ。
だが――プレスに消極的になりすぎるとリスクを生む。
前半十分、沢江蕨高校の前線選手たちがこちらの左サイドへ流れていく。
それと同時に、ボールを持っていたCDMがロブパスを蹴りこんだ。
左SBに入った島石とCBの相馬を狙った高精度のロブは、無条件で競り合いに勝てる好条件を生み出す。相手FWがポストプレーでボールを落とし、スクリーンを挟みながらペナルティエリアへと侵入する。
FWのシュートコースを切るように志満先輩が左側のラインを切るが、相手のFWはトラップの一歩目で右側へ向かうようにトラップしてから、シュートを放った。
ゴール右隅に放たれたシュートに対し栗林も頑張って反応するが、間に合わず。
先取点を沢江蕨高校によってきめられてしまった。
今回の失点は、正直言ってしょうがないと言えるものだ。何せ相手が仕掛けてきたのはショートパスやドリブルではなく男女の差となるフィジカル勝負だからだ。
フィジカル勝負になれば男女差で勝ち目がなくなるのは明白だ。
それ故に、気にする必要はないだろう。
「ドンマイドンマイ! 切り替えていこう!」
前線に入っている桜木が手をたたきながら元気に声を出す。
昨日は少し調子が悪そうだったが今日はどこか吹っ切れたかのように元気だ。その様子に安堵していると、隣に座っていた水木が席を立つ。
「どこに行くんだ」と声をかけようとしたが、近場でストレッチをしている。
どうやら後半戦に出場できるように準備を進めているようだ。
実際、この時間帯だけで少しずつ月桃は疲れ始めているように感じる。体力面ではまだまだ課題があるだろう。そのように分析していると、試合が再開する。
桜木からのキックオフボールを受けた志保は右サイドに入る月桃へパスを出した。月桃はターンをして前を向くが、すぐにLMがプレスに来る。個の力が高くない月桃は後ろに入った長島へパスを出し、大外へ抜け出させるプレーを選択する。
「オラオラオラオラァっ!」
長島はたった一人でサイドを駆け上がる。喧嘩で培われた下地に足腰トレーニングが組み合わさり、男子顔負けの速さが生み出されているようだ。彼女は鋭い勢いで、相手陣地に侵入した後、月桃へバックパスを出す。
「竜馬さんっ!」
月桃はダイレクトでCDMの竜馬へパスを出す。サイド側に寄ったことで生まれたフリーの状態を竜馬は万全に生かすようにあいたスペースをドリブルする。
「行かせないよっ!!」
そんな彼女の前に、CDMが一人立ちはだかる。縦ラインを切った細やかステップで相手との距離を取りつつ、仕掛けるタイミングで行こうというのが見えている。
一瞬だけ横パスを出すか竜馬に躊躇が生まれる中――
「へいパスっ!」
大きな声が彼女の耳に届いた。声の先には、両足を揃えて相手CBの前に立つ桜木の姿があった。
「キャプテン!」
竜馬はキラーパスを前線で待ち受ける桜木へ出す。桜木は左インサイドでボールを収めてから、左足を軸に体を反転させる。これにより、彼女は利き足でボールをコントロールしながらシュート体勢に入る。
それに対し、相手側もきっちりと対応。シュートコースをつぶすような位置取りをしっかりと決めてくる。
「止めろっ!」
コンパクトかつ素早い足のふりにCBとGKが釘付けになる。それは彼らの意識から他選手に対する警戒心が薄れることを暗に示していた。
桜木はコンマ何秒の世界でシュートモーションからノールックパスに切り替える。
パスの先には――左サイドから悠然と駆け上がってきた菅原の姿があった。
菅原はパスを取り損ねた南沢に当たってオフサイド判定にならないように気を付けながら、がら空きのゴールにシュートを放ち得点を獲得した。
得点されてわずか三分。試合は前半から大荒れの様相を見せていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます