第68話 新フォーメーション

 翌朝、俺は北原と食堂で朝食をとっていた。自炊するときよりもうまい飯に舌鼓を打っていると、目の前の奴が小声で問いかけてくる。


「……で、計画の方はどうするんだ?」


 不用心なやつだと思ったが、よくよく考えたら当たり前である。16歳で計画性を持ち完璧に行動できる人間など、それこそ神童とも呼べる部類に当たる。


 俺みたいに頭脳がチンパンジーレベルの人間であれば、様々な失敗(斉京学園追放や桜木の勘違いによる暴力、etc……)を経験でもしないと対策が無理だ。


 少し上手ではあるなと0.5秒ほど勝手に思いつつ、眼前の北原へ指示を出す。


「後で話そうぜ。下手に聞かれたら不味い話だろ?」

「……あ、あぁ確かにな。うん、ごめん」

「別にいいよ。それよりさ……今日の試合、勝てそうか?」

「ばっ……馬鹿にしてるのか!? 負けるわけないだろ!?」

「そういって、昨日は引き分けたじゃないか」


 奴が会話をぶり返さないように違う会話へ誘導する。

 下手に情報を漏らそうとしたらそれこそ暴力沙汰にでも持ち込むが、北原は理性的な人間であるはずなので不味い事態には陥らないだろう。


「ぐぬぬぬぬ……余裕ありげな顔しやがって……許せん……」

「まぁまぁ。いずれは彼女出来ると思うよ」

「いずれって、いつだよ」

「……さぁな。それじゃ、俺は行くから」

「……はぁ。わかったよ。まぁあれだ。試合、頑張れよ」


 北原からため息交じりの声援を受け取った俺は、食堂を後にした。

 脳裏によぎる計画については一旦後回し。先ずは今日の試合で結果を出すことだ。


「そういっても……今日のフォーメーションは中々悩むよなぁ」


 悩んでいたことは二つある。


 一つ目は、水木のことだ。万が一奴がスパイだった場合、うちのチームから抜けてしまう可能性があると考えられる。水木の代わりとなる選手は――長島か竜馬の二人だろうか。竜馬はどの様なポジションでも安定してこなすユーティリティ性、長島は女子とは思えないような爆発的キック力を持っている。


 守備重視ならSB経験を持つ長島、攻撃重視ならCAM経験のある竜馬を起用するという方針が良いのかもしれない。


 ただ、長島を攻撃に回すともう一つの不安が生じる。それは、右サイドバックの穴が生まれてしまうという事だ。特に総当たり戦みたいなターンオーバーが必須となる状況になった場合、固定ポジションを組みすぎるのは良くない。避けるには、攻撃側に回す選手をローテーション出来るようにする必要があるが、守備側の選手層が少々薄いことが引っかかる。


 地味な島石、田中、武田。

 ベンチ要因となりやすい半田や月桃辺りが守備要員として起用される。


 やっぱり、起用する選手という面で見れば、少々層が薄い。

 やはり下側を強くするということは重要だ。そう考えると今日の試合は控え組を主にして試合出場をさせるべきだろうか。


 ……ダメだ。やっぱ思考力が足りない。


 プロレベルで戦う指導者のような戦術構築力も選手の調子を上げるメンタルコーチ的な力も、全くない。つまり自分一人で学んだものを還元するしかないのだ。


 まぁでも、結局ないものねだりしたところで意味はない。

 今保持する物だけで勝負するしかできないのだ。


 ……だからこそ。選手を不安にさせないように、俺自身が意識を持とう。

 意識をもって戦術を組めばきっと、選手たちは答えてくれるはずだから。


 廊下を歩き、割り当てられた部屋に入る。部屋では荒畑さんが誰かと電話しながら戦術ボードを見つめている姿を確認できた。


「やぁ、豆芝くん。朝食はもう食べたのかい?」

「食べてきました。やっぱ人に作ってもらう飯は旨いですね。自炊と大違いですよ」

「そっか。そりゃよかった」

「……つかぬ事を聞きますけど、いったい誰と電話しているんですか?」


 俺が問いかけると、荒畑さんは画面を見せてきた。そこに映っていたのは、昨日共にプレーをした霧原さんの姿だった。


「おっはよぉー! 昨日は大活躍だったね!」

「おはようございます。その、一体なんで電話を繋いでいるんですか?」

「んとね――私、実を言うとマネージャーであってマネージャーじゃないんだよね。いうなれば、指揮官ってやつ?」

「………………?」


 唐突すぎてわけわからん。いや、この人の説明が悪いとかじゃなくて単純に俺の頭が悪いからなんだろうけれど、本当に理解が出来ない。どういうことだ?


「接那。ちょっと変わって」

「あっ、かなちゃん! どうぞどうぞ!」


 霧原さんと変わって出てきたのは、もう一人のマネージャーの方だ。


「接那は私みたいなスコアを記録したりする係ではなく、荒畑さんの戦術検討をする際のサポートに回ってもらっているんです」

「あぁなるほど。そういうことなんですね」


 なんとなく理解できた。霧原さんは戦術指揮という面でも貢献しているらしい。

 FWとしてプロになることを目指しつつ、試合指揮的な面も出来るようにする。

 荒畑さんの様に無理やりコーチとして活動させられているというよりも、自律的に行っているという点を見ると、相当伸びる素質があるのだろう。


 気になる。彼女が今現在どのような力があるのか知りたい。そう思った俺は、戦術ボードを荒畑さんに見てもいいか聞いた。許可を貰ってからボードに表示された内容を確認する。4-2-3-1。予想通り2ボランチを基軸としているようだ。


「霧原さん。仮に君が4-2-3-1のトップに入っているとする。裏抜けを狙いたいけど相手が厳しくマークに来ている。そうしたら、どうやってプレーする?」


 俺がそう聞くと、彼女は五秒の間をあけてから返答を返してきた。


「死角を取れるようにしつつ、ハイラインを保つ。これによって相手に裏抜け警戒をさせながらスペースを確保しやすくします。時にはレイオフを入れて楔のパスによるプレーを挟むことで、CBを釘付けにさせる動きが出来るかもしれないです」

「……凄いね。正直驚いたよ」


 独学でここまでのことを学んでいる高校一年生の選手がいるなんて俺は正直思っていなかった。このぐらいの年代はシュートをうまく打つこと、相手を抜き去るための動き出しが出来る事といった個の意識に重点が向きすぎるという事を考えると、彼女の凄さがより際立っているように感じられた。


 だからこそ、昨日の試合はやりやすかったのだろう。桜木にはない、周りを丁寧に活かすためのポジショニングという概念。それを臨機応変に変えられるFWとしての高い頭脳。それを持つからこそ、こうやって荒畑さんと一緒に戦術を考えるという、凄い役目が与えられているのだ。


「……………………」

「どうしたんですか? おなかでも痛いんですか?」

「いや、何でもないよ」


 一瞬だけよぎる悪感情を抑える。さっき考えたばかりだ。過去のことや現在を嘆くのは意味がないって。だからこそ、俺は俺が出来ることを考えるだけだ。


「……それじゃ。今日の試合はよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく」

「よろしくお願いしますっ!」


 冷静な荒畑さんの声と元気な霧原さんの声を聞きながら俺は部屋を後にした。


「さてと……今日も俺一人で頑張るか」


 俺は両頬をたたきながら自分の小さな感情に火をつける。今日の試合も頑張って、上手く引き分け以上に持ち込もう。そんなことを思いながら――


 ブーブーブー


 ふと、電話が鳴った。マナーモードにしていたからバイブレーションが響く。

 須王かと思いながら、非通知の電話に出る。


「もしもし。どなたですか?」

「朝早くからすみません、月桃です」

「……こりゃ驚いたな」


 思わず本音がこぼれた。月桃が電話をかけてくるなんて想定外だ。


「一体どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」

「体調は大丈夫です」

「じゃあ、なんで?」


 理由が気になった俺が問いかけると、月桃は画面をカメラ映像に切り替える。そこに表示されていたのは――紙に書かれている十一人の選手だ。


二子石のフォーメーション:4-3-1-2

センターフォワード:南沢

セカンドフォワード:桜木(キャプテン)

トップ下:三好 志保

右サイドハーフ:水木

左サイドハーフ:菅原

ディフェンシブミッドフィルダー:三好 竜馬

左サイドバック:島石

右サイドバック:長島

センターバック:志満

        相馬

ゴールキーパー:栗林


 正直、驚いた。三好竜馬がボランチで、相馬がセンターバックになるなんて一度も考えたことがなかったからだ。


「私もチームのみんなの役に立ちたいって思って、ポジションを考えてみたんです。足元のある相馬さんをCBに置けば後方から繋ぐプレーが安定して竜馬さんがCDMの位置に入ればターンしてパスに移行するというプレーが円滑化すると思うんです」


 ……あまりにも驚いた。適当配置ではない。

 ちゃんと選手たちの個性を考えたしっかりとしたフォーメーションだ。


「一人でこのフォーメーションを考えたのか?」

「いえ、私だけだと難しいので……竜馬さんと相馬さん、桜木さんに聞きました」

「そうなのか」


 ちゃんと聞くべき人物に対してフォーメーションを聞いている。俺の様に、たった一人だけで考えているわけじゃないようだ。


「……なぁ、月桃。このフォーメーションさ。今日の試合で使ってみていいか?」

「は、はいっ! わかりました!!」

「その代わり、条件がある」

「…………はぇ?」

 

「お前、今日の試合で右サイドハーフとして出場しろ」

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