第66話 距離が縮まる二人
夜風に吹かれながら、俺ははぁとため息をついていた。
隣では楽し気に微笑む少女、須王の姿がある。
「ドンマイってやつですよ、豆芝さん★」
「ドンマイじゃねぇよ……ったく……」
北原がいるであろう男子寮を眺めていると、ボールが転がってくる。
「折角だし、一緒に練習しませんか?」
顔を上げた先には、きれいな歯並びを覗かせてほほ笑む須王の姿があった。
「夜ご飯はもう食べてきたのか?」
「食べてきました!」
「練習強度は?」
「明日も試合があるので、軽めで!」
「分かった。それじゃあ、浮き球のパス練習をするか」
「わかりました!!」
そう言ってから、彼女は軽やかな足取りで距離を取った。
「準備完了しました♪」
「よし! それじゃいくぞ!!」
俺は右足を振りかぶってループパスを繰り出した。
弧を描くボールに対し須王は軽やかな足取りで落下位置に移動する。
浮き球を少し山谷がある胸でトラップした後、両足でボールを落ち着かせてから、左足でパスを出してきた。
俺は左足の甲を用いてボールにバックスピンをかけてから、リフティングする。
「へぇ、上手くなったじゃん」
「へへへ……豆芝さんにそう言ってもらえると、うれしいです!」
「………………」
「どうしたんですか?」
「いやさ。ずっと思っていたんだよ。なんで敬語使われてるんだろうって」
俺の疑問に対し、須王は答える。
「……二軍選手は一軍選手に敬語を使えって言われるんですよ」
「……え? そんなのあったっけ?」
「二軍ミーティングで必ず言われることですよ。知らないんですか?」
「知らねぇってか……そんな規則、どうでもいいだろ。年功序列ならまだしも、学年が同じなのに必ず敬語を使えとかバカみたいじゃん」
実際、馬鹿馬鹿しいと思う。
敬語は使いたい奴が使えばいいもので、強制されるものではないのだ。まぁ、相手が嫌がるなら当然合わせたほうがいいのは事実だが、それでも強制的に行うのはだめだと思うのだ。
だからこそ、須王に関して違和感を感じていたのだ。
「だからよ、あれだ。一旦ため口で言ってみろよ」
「じゃあ……豆芝……くん」
「”くん”ねぇ……」
「だ、ダメ、かな……?」
「いや、いいんじゃねぇの?」
「そ、そっか……良かった……」
須王は顔を赤らめながらどこか恥ずかしそうにモジモジとしている。改めてみると可愛らしいな。琴音という彼女がいなければ告白してたかもしれんな。
多分、いやきっと必然的に。
パスを出す。須王は上手くトラップしてから、再度パスを返してきた。
「そういえば、まっ……豆芝、くん」
「おぅ、なんだ?」
「どのぐらい、サッカーを考えていたんですか?」
「そうだなぁ……まぁ、本当に一日中サッカーを考えていたな。アルバイトの時にも走る際のフォームとかを考えていたし、練習するときは周りの選手や自分の力を150%以上引き出す方法を考えたりしていたな」
「へぇ~~凄い……」
「なんだか照れるなぁ」
それに、くんと呼んでもらえるのが何というか気恥ずかしくて嬉しかった。俺ってなんというかちょろい男なんだなぁってしみじみと感じた。
俺がそんな風に思いながらリフティングしていると、須王がこう言ってくる。
「……豆芝くん。もしよかったらだけどさ。下の名前で……呼んでくれないかな?」
――!?!?
なっ、なっ、ななな!?
何だって――!?
「その、いいのか? 俺なんかで……」
「うん、豆芝くんだから……そう呼んでほしいんです。だって……豆芝君は昔から、ずっと私の道になってくれましたから。だから、その……もっと、仲良くなりたいんです」
須王はぐいぐいと距離を詰めるような要求をしてきた。
まぁ、こちらが要求したからそれと同じような要求をしたという事だろう。
「…………ミナモ」
「よくできました、豆芝くん★」
「……なんというか、照れくさいな。これ」
「そりゃ、お互い様ですよ。私だって恥ずかしいですから」
「確かにな」
互いにそんな会話を交わしつつ、浮き球パスを繰り返す。そんなことを繰り返していると、須王が右足の甲でボールを落ち着かせてから地面に落とす。
練習を終えるのかと思っていると、須王はボールを足裏で撫でる様に進んできた。
「豆芝……くん。ずっと、気になっていたこと聞いてもいい?」
「なんだ」
「なんで、推薦権を蹴ったの? 豆芝、くんならCFだけじゃなくてトップ下とか、LWとか、CMとか、様々なポジションで活躍できたと思うの」
当然の疑問だ。
だけど、正直に答えられるほど今は余裕がない。
というか、自己判断することが難しい事項という感じだ。
だからこそ――
「金がなかった。それだけさ」
俺は真実の一部を口にした。
普段の須王なら、俺のことを馬鹿にするだろう。
そうやって話をうやむやに終わらせられれば良いなって、思っていたんだ。
でも、こいつは。
「……本当に、それだけの理由なんですか?」
なぜか、言及してきた。
「私、豆芝…くんが、そんなことであきらめる人間には思えないんです。こんなにもサッカーに真剣で、まじめなのに……なんで、選手としての道を閉ざしたのか。理由が分からないんです」
「だから、金がなかったんだよ」
「それは確かに本当かもしれません。それでも……その言葉には脚色が混じっているって思うんです。豆芝くん。教えてください。あなたは一体……何を、抱えているんですか?」
須王は心配そうに俺へと問いかけてくる。
ここまで深堀してくるのはなんでだ。
こいつに教えて何になる。
何か金をくれるのか? 未来を変えてくれるのか?
否、無理だ。
結局、人間は一人でしかかえることはできないのだから。
「…………それだけだよ。それだけの、理由さ」
「――わかりました、豆芝くん。教えてくれて、ありがとう」
須王は言葉を切り、深堀を止めた。
フクロウの声がホーホーと鳴り響く。
そんな状況で、俺は奴に問いかける。
「それ、気になってたんだけどさ。一体どこからその話が出たんだ?」
「いつの間にか推薦を蹴った話が出てたって感じだったよ。引っ越したから、下火になったかは知らないですけど」
東京にある斉京ビルダーズFCから地方にある二子石市に引っ越したようだ。
偶然、俺が進む場所と同じになったらしい。偶然の産物という奴だ。
「あぁ、そうなのか。二子石に引っ越してきたのは、なんでなの?」
「まぁそれは、家族の事情という奴なので……」
「それもそうか」
ただただ、納得するしかなかった。
なんでこの地方に引っ越してきたのか、なんでコーチをしているのか。
それを問われても、答える事なんてできない。
だって、それを教えたら――
他人を地獄へと巻き込むことになるんだから……
「どうしたの、豆芝くん? なんだか……怖い顔になっているよ?」
「えっ? あっ、あぁ。すまん。少し悩んでいてな」
「悩むって……何に?」
「終わった後、デートするプランだよ」
須王がボッと擬音を鳴らすように顔を淡い赤で染める。
桃色に染まる柔肌と瞳に浮かぶ嬉しそうな表情が、可愛らしい。
「豆芝くん。もし、計画成就出来たら……デートしてくれるんですか?」
「さっきも言ったろ。プランを考えるぐらいには、考えてやるよ」
「……へへっ。そういって貰えて……嬉しいです」
須王は朗らかに笑いながら頬を指でなぞっていた。
そこには多分、裏切りとかスパイとか、そんな生臭い言葉が一切介入してこない、ただの男女としての楽し気な営み。
普通の青少年・少女としての営みに――
どこか、救われた気分になっていた。
「それじゃ、そろそろ練習をやめるか。ボールも足になじんできただろ」
「うん、そうだね! それじゃ、私は寮に戻るよ!」
「おぅ、それじゃあな」
ブンブンと手を振りながら、須王はその場を去って行った。
元気のよい彼女は――とても可愛らしいなと。
純粋な俺は、そんなことをただ感じていたのだった。
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