第65話 三人での潜入調査とデートの約束
時刻は夜。飯を食い終えた俺はとある人物を探すために外を歩いていた。自販機の在庫をちらりと視認しつつグラウンドを見ると、目的の人物が見つかった。
「ここにいたか、北原」
大きい声に反応した北原はボールを手にこちらへ向かってくる。
「ありゃまぁ。今日めっちゃ活躍した豆芝くんやないか。どないしたんや?」
「午後に行った話の続きをしたい。時間あるか?」
「あぁ、さっきの話かぁ。えぇで、パスしながら話そうや」
「分かった」
互いに距離を取り、パス練習を始めた。
「北原、どうやったら水木からスパイしていた証言を聞き出せると思う?」
「証言も何もなぁ、証拠がない以上、詰める要素がないやろ。それこそこちらが狂言はいていると部員から反感を買いかねないで」
「確かにな……とすると情報を仕入れることが必須か」
「情報っても、文書情報とかはあまり意味がないわ。一番価値があるとすれば、写真情報か音声情報のどちらかやな。スマホで記録すれば確実な証拠として使えるやろ」
北原の提案は最もだ。
常日頃、学校生活を共にしている部員は水木を擁護する可能性が高い。それを上手に搔い潜るには、確証となる情報は必要となる。
それを果たすには――今の合宿期間中に斉京学園へ忍び込み、情報を収集することが最も最高効率になると考えられるだろう。
(くそっ……Mr.Jに連絡するための携帯を持ってくるべきだったな)
そこまで頭の回らない馬鹿さに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていると――予想外の人物が軽やかな足取りでやってきた。
「あれ、豆芝さんじゃないですか★ 一体どうされたんですか?」
それは、山岳高校一年生、須王ミナモだった。
「ちょっとこいつに用があってな。少し話に来たってだけだ」
「へぇ……なんか面白そうだし、聞かせてくださいよぉ~~」
「ダメだ。お前には聞かせられない」
「……どうせ、また何か勝負ごとに近いことをするんですよね?」
「――なっ!?」
「そんなこと、簡単に分かりますよ。だって豆芝さん顔に出るんですもん」
「………………………………」
予想以上に、俺は情報を隠すことが下手らしい。
「豆芝さん――もし困っているなら、協力させてください」
須王は面と向かってそう言った。
芯のまっすぐ通った声で。
「――駄目だ。やっぱり、駄目だ。お前に迷惑は――」
「だ! か! らっ! 協力するって言っているじゃないですか! 迷惑なんて関係ないですっ!」
胸倉を掴みながら須王が声を荒げた。数か月前まで人をあおったり馬鹿にするだけの人間だったと考えると、思った以上に成長しているようだ。
だからこそ――俺は彼女を止めたい。
彼女はまだ知らないのだ。斉京学園トップがどれほど横暴な権力を持っているか。そして、彼の逆鱗に触れたら一瞬でサッカー人生が奪われかねないことを。
無駄な犠牲者は、決して出す必要がないだろう。
「どうせ、断る言葉を考えているんですよね。私がずっと――中学時代から、止まり続けているって心の奥底で思っているから」
言い当てられた俺は、沈黙するしかできなかった。
一陣の風がふわりと舞う。
「確かに、人ってのは結局根本を変えることは難しいからね」
北原が沈黙を破り軽い口調で標準語を口にした。
「まぁでも、一つ言えることがあるとすれば。僕たちはまだ、十六歳の少年少女ってことだ。まだまだ大人になるまで時間はあるし、何度でも成功・失敗を繰り返すことはできる。だからさ、無駄な心配なんてしないで、話してみなよ。豆芝くん」
「………………それで、だれが責任を取るんだ」
「そんなの、自己責任だよ。僕は面白いと思ったから君に便乗して行動してみるかってことを決めただけだし、当然失敗したら自分で尻拭いするって決めているからね」
ズボンのポケットに手を突っ込みながら北原が笑う。
「だからさ、豆芝くん。巻き込みたいなら積極的に巻き込んで行けよ。行動ってのはどこまで行っても、自己責任になるだけなんだからさ」
「……そうだな」
俺は一言賛同の意を示してから、須王を見た。
「なぁ、須王。これから――斉京学園に乗り込む手伝いをしてくれないか?」
「――へ?」
その返事は、あまりにも呆けた声だった。
「ちょ、ちょっと待ってください。入学するために道場破りでもするんですか?」
「あぁ、違う。そうじゃないわ。すまん、説明不足だった」
「そ、そうですよね。童貞のくせに、変な所で勢いがある豆芝さんだから、そんな風に考えているんじゃないかと思って焦りましたよ★」
「ど、どど童貞ちゃうわ! 煽るな!」
俺はどもりながら須王の言葉をぶった切った。
「……まぁ、その反応を見るに童貞っぽいし本当っぽいな」
「確かに、童貞っぽいですもんね★」
「そんな童貞童貞って口にするなよ……泣くぞ、おい」
「あぁあぁ、ごめんね、豆芝くん、いや童貞くん」
「煽るんじゃねぇって、北原!」
俺は北原に怒声を飛ばしてからふぅと一息つき、話を切り替える。
「んで本題に戻るけど、須王。これを果たすには、お前の情報が必要だ」
「私の情報……?」
「あぁ。うちの選手……水木さえについて情報が欲しい」
「水木……あぁ、あの影が薄いあの子か。確か、二軍選手だったのは覚えているよ」
須王は考える素ぶりを見せてから欲しい情報を持っていることが分かった。
「確か……二軍ではそこそこ活躍していた印象があるな。右サイドとかトップ下で、攻撃のタメをつくったり出来ていたしね」
「へぇ、そうなのか。でも、一軍には呼ばれていないのか?」
「一度も昇格戦にベンチ入りしたことがなかったと思うよ。まぁ影の薄い選手だから華のある選手よりも使いたいと思わせる印象がなかったからだろうね」
須王の言葉に賛同する形で、北原が口をひらく。
「……まぁ、ぱっとしない選手を使いたくない指導者は多かったりするからな。一芸特化型の方がアホでもどう活かすか考えやすいし」
二人の言葉には一理あった。俺も指導者側に立って分かったが、ガタイの良い選手や足の速い選手はスタメン起用をしたいって思うものだ。だってそれは、努力しても覆すことが出来ない元々の素質、才能なのだから。
「その彼女が、どうかしたの?」
「まだ確証はないが……水木が、斉京学園に情報を流している可能性がある。もしも斉京学園が水木のことをスパイとして訴えたりしてきたら、俺たちの公式戦出場が、難しくなる恐れがある。未然に問題は摘み取ったほうが良いだろうからな」
俺は起点を聞かせてこのように伝えた。
「なるほど……わかりました! じゃじゃっ、早速行きましょう!」
「いや、待て。それじゃあだめだ」
「えっ……!? 何でですか!?」
北原の静止に須王が意外というような表情を見せる。
「単純だ、水木がいつ出ているかわからないと、無駄足になるからな。一度だけで、完璧に仕留めきれないと意味がないってわけだ」
「Exactly。そういうことさ」
「むぅっ……面倒くさいですね……」
須王は面倒くさそうな顔でそういった。
「でも、わかりました! スパイミッション、絶対に達成しましょう! その後は――豆芝さんに言うことを一つ、聞いてもらいます!!」
「………………はぁ!?!?」
あまりにも予想外の言葉だった。
隣で北原が爆笑している。
笑い事じゃねぇよ、他人の苦しみ蜜の味みたいな顔しやがって。
「……一体、何をしてほしいんだ?」
「そうですね……例えば――合宿期間中のどこかで出掛けるのはどうですか?」
(…………!?!??!?)
頭の中でパチンコでいう所のジャックポットが鳴り響いた。
とんでもなさ過ぎる、俺はまだ琴音と心の中で付き合っている気なのに――そんなことをしたら、浮気になってしまうではないか。
「な、ななななななな!?」
「そんな動揺しないでくださいよ。別にいかがわしい所とかじゃなくて、単純に一緒にお出かけしたいと思っただけです」
「で、でもそれって……」
「デート、って言いたいんですか? そんな訳ないですよ。それに、男女の友人っていうのは普通にいるものですから」
「な、なんか破廉恥……」
「破廉恥なわけないでしょ! 何考えているんですか!」
「せやで、豆芝くん。話脱線しまくってるで」
俺は二人に咎められたことで冷静さを取り戻した。
「まぁ、あれやわ。折角だし計画終わったらお出かけしたらどうや? 須王さんも、それでええやろ」
「うん! そうだね!」
「ほら、豆芝くんもそれでええやろ?」
「あ、あぁ……わかったよ」
俺がそういった直後だった。北原が前ポケットに入った何かをごそごそ取り出す。
そこに表示されていたものを見て――俺は驚愕した。
「ごめんな、豆芝くん……面白そうだと思ったから、デートのくだり辺りで録音開始しておったわ」
「はッ……はぁ?!」
あまりにも予想外の行動を仕掛けてきたこいつに俺は驚いた。
何とかしてデータを消させようと、俺が足を踏み出すが――
「いかせませんよっ、豆芝さん!」
目の前に、須王が立ちふさがった。普段以上に切れのある守備によりあっという間に北原が消えて行ってしまった。
こうして――
俺は計画終了後、デートすることになってしまったのだった。
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