第62話 山岳高校(with 豆芝)VS沢江蕨高校 前半戦

「というわけでして……前後半のどこかで出場させていただきたいんですけど、可能でしょうか……?」


 俺の問いかけに、山岳高校顧問は朗らかに笑い答えようとした。


「えぇ、えぇえぇ!! 是非、是非っ、お願いします!!」


 それを静止したのは両目に一等星を輝かせる少女、須王ミナモだ。


「先輩、この人ぜっっっったいに入れたほうがいいですよ! 無茶苦茶サッカー上手ですから、入れて損しませんよ!!!」

「おいおい、褒めすぎだろ……」


 まぁ褒められるのは嫌いじゃないが、過剰表現な気がしなくもない。特に今回相手する沢江蕨高校の選手たちはみんな背が高い。180cmの選手とかもいるし当たり負けをすることなんてざらだろう。少しポジションを考えるために他の会話を聞こえないようにしようとしていると――キャプテンマークを付けた人物が来た。


「初めまして、二子石高校のコーチさんと沢江蕨高校のマネージャーさん。山岳高校サッカー部のキャプテン、岸神さくらと申します。単刀直入に言いますが……今回の試合で私はあなた方を出場させるべきではないと考えています」

「えっ!? 何でですか先輩!?」

「あたりまえでしょう。そもそも、今回の合宿はチーム力向上を図ることが主題です。それを果たす前に、貴重な一試合を前線に積ませないのはどうかと思うんです。それに……今回の試合は勝つことが難しいでしょうからね」

「……そうかな。俺は、この試合勝てる可能性があるって思っているけど」

「それは、何でですか?」

「だって、俺がいるから」

「は?」

「俺がいるからって……一人で全てを覆せるとでも?」

「うん。そのぐらいに自身はあるよ。それにさ……勝てないってメンタルで最初から臨むようじゃ試合としてはやる意味ないでしょ」

「――!」

「……そうですね、豆芝さん! 最初から負けってメンタルだと、勝てる勝負も落としますし、やるだけ勝つって意識したほうがいいですもんね!!」


 俺の言葉に対し、須王がよいしょする。

 

「……本気で、勝てると思っているんですか? 沢江蕨高校は三十を超える部員数を持った、かなり大規模なチームなんですよ?」

「あぁ、本気だよ。選手として負ける気はさらさらないからな」

「……わかりました。なら、前半戦。あなた方に出ていただきましょう」


 キャプテンは俺たちを出場させるという約束をしてくれた。


「それなら……うん、私たちもお任せします」

「私たちを勝たせてくれる可能性に、たくしますよ!」


 控え選手たちもキャプテンの口火をさらに強める。

 最終的には顧問の先生も俺たちの出場を認めてくれた。


「やりましたね、豆芝さん! 出場できるなんて……うれしいです!」

「おいおい、まだ泣くの速いって。とりあえず、試合で頑張りましょう」

「はいっ! そうですね!!!」


 こうして俺と霧原さんはスタメンとして出ることになった。


山岳高校(4-4-2 フォーメーション)


CF:ビブス番号20、霧原

CAM:ビブス番号18、豆芝

LM:9番、木村あかり

RM:8番、高橋えり

CDM:6番、岡田ゆり

CDM:7番、松井ひかり

CB:2番、一条セナ

CB:3番、中川さくら(キャプテン)

SB:4番、氏原 木豊うじはらきとよ

SB:5番、須王水面

GK:1番、西本 洋海にしもとひろみ


ーーー霧原ーーーーーーー


ーーーーーーー豆芝ーーー


木村ー松井ーー岡田ー高橋


氏原ー中川ーー一条ー須王


ーーーーー西本ーーーーー


沢江蕨高校(1-3-2-4-1 フォーメーション)


CF:10番、桐山 颯太 【Kiriyama Sota】

CAM:9番、山下 翔 【Yamashita Sho】

CAM:11番、近藤 慎 【Kondo Shin】

RM:8番、三井 亮 【Mitsui Ryo】

LM:13番、西村 悠斗 【Nishimura Yuto】

CDM:6番、三原 慎吾 【Mihara Shingo】

CDM:7番、内田 大地 【Uchida Daichi】

CB:5番、則塚 千鶴 【Norizuka Chizuru】

CB:4番、佐藤 恭平 【Sato Kyohei】

CB:17番、藤井 直人 【Fujii Naoto】

GK:1番、衿口 智也 【Eriguchi Tomoya】(キャプテン)


ーーーーー桐山ーーーーー


ーーー山下ーー近藤ーー


西村ー三原ーー内田ー三井


ー佐藤ーー則塚ーー藤井ー


ーーーーー衿口ーーーーー



 お互いのスタメンが各ポジションにつくと、試合が始まった。普段よりも一列低めに入った俺は、少しゆったりした足取りで前線へあがっていった。一列下げた理由は今回の相手が中盤を多くしているフォーメーションだからだ。


 スリーバックという形式だから前線プレスをしやすいと思われるかもしれないが、練度の高いチームだと中盤へのパス経由が多くなるためプレスを回避しやすいという利点がある。それを考えたら、CF二枚にするよりもCDMへアプローチできる選手を一枚準備しておいた方が良いと考えたのだ。


 そして、予想通りのことが起きた。俺は先ほどやり取りした6番のCDMと対峙することになった。相手のCDMが俺を背負いながらターンで抜かそうとする中、相手の動きを読みすぐに相手の反転を防ぐ。


 利き足が右足だからこそ、必ず利き足を動かしやすい方に動かすと考えれば、予測なんて容易いものだ。結果、俺は相手のCDMへ横パスをさせることに成功する。


 CDMへパスを出されても、こちらはCDM含めて八枚体制。相手が攻撃として崩すことは難しいだろう。実際、俺の予想通り山岳高校の守備陣によって沢江蕨高校選手陣は攻めあぐねていた。


 下手に前線を突破しようとすれば、男子よりもフィジカルが劣る女子を転ばせて、ファウルを受けたりと攻撃がどんどん遅延しているさまが見て取れた。だけど相手も高校生だから状況判断が悪いわけではない。当然、対策も組んでくる。


「悠斗 !」


 相手CBに入った5番がビルドアップを省略し、左サイドの13番へパス。そのまま13番はサイドを抉り、こちらのチームを脅かそうとする。


「いかせないっ!」


 それに対しRMに入った高橋さんが対峙するが一度ボールを引いてから浮かせ加速して抜き去るという緩急を用いたドリブルによってあっという間に抜き去られた。


「ふぅん……なかなかやりますね……★」


 それに対し対峙するのは、SBに入った須王だ。

 須王は左サイドのスペースをあけながらじりじりプレスをかけた。それに対し相手のLMはタイミングを計ってバックパスを出した。パスに反応したのはCDMの6番。

 

 映像でパスが上手い選手と把握していた俺は少し距離が離れた位置からプレスをかけた。一瞬だけちっと俺の足にボールがかすったが、ロブパスはきれいな弧を描いてサイドへと向かっていった。


「……へぇ★ サイドに来てくれたんですか。ありがとうございます★」


 須王は嬉しそうにそういいながら、得意の腕を入れた守備をする。だが奴の守備は前回から察するに柔いはずだ。スピードが速い上級生の高校男子だと勝てないんじゃないだろうか。


 そんなことを思っていると――予想外のことが起きた。


「ほっ、ふっ……!」

「あいつ……十以上背の高い相手に競り負けてないぞ!?」


 沢江蕨高校の7番が驚くのも無理はない。何故なら須王は必死に上半身を活用し、相手選手が触れる前にラインを切らせて見せたのだ。俺と対戦した時よりも、格段にフィジカル面で向上していたのだ。


「すげぇ……あいつ、努力したんだな」


 それと同時に俺は、奴が強大な壁として立ちはだかるだろうとも思った。奴の速度にフィジカルが付随したら菅原や島石みたいなスピード特化の選手だと勝てないかもしれないからだ。


 いや、それ以上に南沢みたいな選手でも勝てない可能性がある。もしそうならうちは右サイドを強化しなければならないが、問題は右サイドの選手がスパイ疑惑のある水木というわけだ。


 いやはや、困るにもほどがあるというわけである。


「……厄介だなぁ。マジで」


 そんなことを考えていると、GKのパントキックが飛んでくる。

 コースは俺の方ではなく、霧原さんの方だ。霧原さんは相手の7番と競り合いつつハイボールを睨みつけた。それと同時に、彼女は相手の右足側へそれた。右足方向へそれれば、利き足でトラップした際にボールが転がる可能性が高いと考えたからだ。


 そして、予想は的中した。相手のCDMが殺し損ねたボールを奪い、相手のCDMを抜き去ったのだ。これで彼女の前にはCBが三枚。


 非常に抜き去ることが難しい状況であるため、一度バックパスを挟むだろうか。


 俺が霧原さんを見ながらそんな想像をしていると――彼女はシュートモーションに入った。


 キックフェイントと考えつつ中央に入ると、左側からボールのはじける音が響く。


 ペナルティエリア外から放った低弾道無回転シュートがゴール左スミを強襲する。


(低めの無回転シュート……! これは入ったな!!)


 俺がそんなことを思った直後だった。


 それに対し、キャプテンマークを付けた相手のGKはがっちりと両手でキャッチをして見せた。難しいシュートを見事に止めたGKは霧原さんを見ながらこう言う。


「いいシュートだ、接那! もっと打って来い!!」

「だーくっそぉ! 次は決めます!!!」

 

 霧原さんは両手をたたきながら「私、ナイスシュート!」と鼓舞しつつ下がる。

 俺はそんな異様な光景を見ながら――胸奥から燃える炎を感じた。


 まだまだ日本には、かなり強いGKがいるという事実が。


 俺の選手としての熱に火をつけたのだ。


(早く、早く挑みてぇ!!!)


 そんな欲望を心の中で発していると――その時がやってきた。


 前半三十分、CDMに入った岡田さんのパスが送られてきた。

 俺は7番のCDMに足を出させないようにしつつ、俺は右方向へ首を向ける。視線誘導につられた相手の重心が右による中、俺はワンタッチでボールへ左回転をかけて躱した。


 シュートモーションに映ろうとする中、もう一人のCDMとして入った優男がスライディングでシュートを止めようとしてくる。


「いい判断だね。多分俺だから負けるだけだよ」

「なっ――!?」


 俺はボールを右足裏で引いてから浮かせ、彼の上からボールを通した。それと同時に軽く飛んで躱した後、浮き球をシュートするモーションに入った。


 刹那、相手の中央CBが俺のシュートを止めるために体をぶつけようとしてくる。PA前で止めてくる好判断ではあったが……それも甘い。


 俺は先ほどと同じように右側へ頭を向ける。それと同時にシュートコースを消そうと相手選手が右側へずれた。中央CBと右CBの間に生み出されたコース。そこには、俺の認識を理解していた彼女が走りこんでいた。


「霧原さん!!」


 俺は威力を殺しながら浮き球を左で蹴り、霧原さんに渡した。GKのタイミングを完全にずらしたパスにより、彼女に決定的なチャンスが生み出される。


「うおりゃっ!!」


 そのチャンスを彼女は見逃さなかった。彼女は右足を振りぬき浮き球をダイレクトでシュートしたのだ。彼女の放ったシュートはGKの逆を突き、ゴール右側へと突き刺さった。


「うおしっ!!!!」

「ナイスアシストです、豆芝さん!!!」

「ナイスシュート! 霧原さん!!」


 こうして俺は彼女のチャンスを生み出すアシストを前半に記録することが出来た。


 そして――前半終了の笛が鳴る。


 山岳高校と沢江蕨高校の試合は――前半にして1-0と勝ち越したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る