第61話 サッカー大好きなマネージャー
俺は初音さんが出た数秒後に、病室を出た。影が見えたので首を向けると男が一人視界に入る。
「やぁ、豆芝くん。さっきぶりやな。キャプテンさんは体調大丈夫そうなん?」
「あぁ、問題ないよ。北原」
緑丘高校サッカー部のCB、北原だ。
「……少し、場所をかえよか」
「そうだな」
俺たちは短いやり取りをしながら男子寮へ向かうと、沢江蕨高校サッカー部の選手たちとすれ違った。
「次の試合に向けた準備ってところだろうな。どうする? 試合見る?」
「……すぐに試合ってわけじゃないだろうから、先に教えてもらうわ」
「そっか」
俺は北原と一緒に男子寮の中へ入る。お昼のころよりも静かな寮内だと感じてると北原が入り口前に置かれたベンチに座った。隣に座れという指のサインを送ってきたので指示に従うと、北原は話し始めた。
「単刀直入に言うわ。あの日、僕が斉京学園から出てきた姿を見たのは……二子石高校サッカー部に所属する、無口な女の子や」
北原は淡々と言ってから、水筒に口をつける。
「……本気で言ってるのか、それ」
「これはマジや。僕は絶対に嘘はつかへんって決めてるんや」
俺の額から多量の汗が流れる。信じたくないという言葉を、否定する材料がない。それに、北原の証言には確かに納得できる部分があった。
水木は他選手が苦戦する状況でも、難なく状況を打破する口火を切っていた。
今回手にした一点目も、奴の起点だ。何より水木のドリブルは斉京ビルダーズFCにいた選手であれば二軍でもこなせるはずである。
仮に彼女が二軍で活動していたとしたら、関係しているというのも合点がいく。
けど、正直疑いたくはないという気持ちが俺にはあった。
(でも、スパイかどうか見極めないと万が一の時、例えば俺がいるから試合出場禁止みたいな感じで、皆に迷惑が来る。どうやって解決すればいい……)
そんなことを考えながら前傾姿勢を取っていると、隣に座っていた北原が立つ。
「そんじゃ。僕は明日に向けて失礼するわ。それと……次回は勝つで」
「は……? 5-1で負けたんじゃないのか?」
「こっちはあんたが去った後に4点奪われて引き分けに持ち込まれたんや」
北原が睨みつけながら言った言葉から察するに、相手が相当崩れたようだ。それかこちらがかなり良い状況に持っていけたのだろう。
「前線の、あれなんやっけ。めっちゃでかいやつ」
「南沢のことか?」
「あぁ、そうや。あいつがめちゃくちゃハイボールを回収してきたせいで、こっちは相当劣勢に追い込まれたんや。正直、あいつを活かした方があんたらのチームは強いと思ったで」
どうやら南沢をCFとして起用したのが上手くいったらしい。確かにガタイが良いから前線で貼らせるには良いかと思っていたが……ここまでいくとは。
「情報共有ありがとう。戦術として組み込むよ」
「組み込むって……南沢ってやつを軸にはいないんか?」
「あいつはまだまだ素人だ。ドリブルも拙いし、強豪相手にうまくいくとは思えん。だから、あいつを出場させるのはあくまでオプションだ」
「へぇ……そんな風に考えているんだ。そりゃまたおもろいなぁ」
北原は少し笑ってから、「それじゃ、僕はこれで失礼するわ。体をほぐしておかんと明日の試合に響きそうやからな」と告げてからその場を去っていった。
見送った後、少し伸びをして立ち上がる。
「明日の試合に向けて、二校の試合でも見ておくか」
先ほどの陰鬱とした話を切り上げてから、俺は山岳高校と沢江蕨高校の試合を見るべくグラウンドへ向かった。俺が到着した時には既に二校がアップを始めている。
(やっぱ、男子サッカー部の方がパス・ドリブルともに速い。荒畑さんに指導されてるからか、シュートも威力があるように感じるな)
そんなことを考えながら金網の前にいると、荒畑さんの隣に座っていた一人の女性が立ち上がり、俺のもとへ向かってきた。
「こんにちは! えっとたしか……」
「初めまして。二子石高校サッカー部外部コーチの豆芝と申します」
「はじめまして、豆芝さん! 私、
(へぇ、マネージャーか。可愛らしくて、なんかいいな)
そんなことを思っていると、気が付いた荒畑さんがこちらへやってきた。
「さっきぶりですね、荒畑さん」
「そうだね、豆芝くん」
「あれっ……!? なんか距離感近いですね!」
霧原さんが妙な疑りぶかい視線を向けてくる。
何事だと思っていると、荒畑さんが彼女の方を見る。
「彼とは同室なんだ。その影響で少し話したのさ」
「えっ、えぇ!? いいなぁ~~羨ましい……」
霧原さんはマシュマロのような頬を揺らしながら唇を尖らせる。
ぶーぶーと言いたげな顔に、なんだこの子と思っていると後ろからもう一人の女性がやってきた。
「すみません、荒畑さん。そろそろ試合なので、スタメン発表したほうがいいかと」
「あぁ、そうだね。
荒畑さんはそう言いながら俺たちのもとを去ろうとした。
そんな時だ、隣にいた霧原さんがとんでもないことを口にしたのだ。
「……荒畑さん。ちょっと無理言ってもいいですか?」
「なんだ?」
「今日の試合、山岳高校サッカー部の一人として活動してもいいですか?」
(…………!?)
俺はあまりにも予想外な言葉に驚愕した。
それと同時に、俺は彼女の服装を見て二度目の衝撃を覚えた。
何と彼女は、マネージャーではなく選手として活動できる服装をしていたのだ。
男子サッカー部のくせに、選手として活動しようとしているのである。
意味が分からない。そんなことを思っていると、市城さんが口をひらく。
「接那。顧問の神白先生にはそのことを伝えたの?」
「……あっ」
「あっ、じゃないよ。伝えてこないと」
「え、止めないの?」
「止めたって接那はやるじゃん。荒畑さんをコーチとして復帰させたのだって、接那が頑張ってくれたからだしね」
やれやれと言いたげな顔でそういう市城さんの顔には不思議な信頼感というものがあるように感じられた。
(っていうか、荒畑さん何か問題を起こしたのか? コーチに戻したって、まるで仕事を受けなかった時期があったみたいに聞こえるけど……)
そんな風に考えていると、霧原さんは素早い速度で顧問の先生に話を聞いてから、すぐに戻ってきた。笑みを浮かべながらやってくる姿は、純真無垢の子犬のようだ。
「どうだった?」
「OKって言われたよ! 楽しみだなぁ……!! それじゃ、行ってきます!」
接那さんは敬礼してから体を反転し、山岳高校ベンチへと向かっていった。
産学が分からしたら意味が分からないだろうが、俺だって意味が分かっていない。
一体全体どういうことだと思っていると、荒畑さんが口をひらく。
「折角だし、豆芝くんも選手として出れるように交渉してみたらどうかな?」
「……はい?」
その提案は、あまりにも予想外の物だった。
確かにソックスの下にシンガードとかは入れているが、試合出場なんて一回も考えていなかったからだ。そんな風に思っていると、荒畑さんが言葉を続ける。
「正直言うとさ、君が出てくれた方がこちら側として有り難いんだよね。君のような高い実力を持った選手と戦えれば、チームとしても相当糧になるだろうし。それに、彼女がいつ暴走してもおかしくないからね」
俺は心配そうに接那さんを見つめる荒畑さんを見て何となく理解した。
どうやら俺は、ピッチ上で彼女たちを勝たせられるようにコントロールしろという事らしい。
(なんかとんでもない展開になったけど……まぁ、ありがたいな。少し体は動かしたかったしな)
「ぜひやらせていただきます。荒畑さん」
「君ならそういうと思ったよ。それじゃ、今日の試合はよろしくね」
「はい!」
こうして俺は――山岳高校と沢江蕨高校の試合に緊急参戦することになった。
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