第59話 緑丘高校戦 ④

「どういうことじゃ……なんでキャプテンを下げるんじゃ?」

「わからない……でも相当疲れているように見えるよ」

「無理していたからな。それに明日以降試合もあるって考えると、休ませるって判断をしたのかもしれないな」


 前線に入った南沢、菅原、竜馬が各々思ったことを口にする中、グラウンドに月桃が入る。月桃はボランチの位置に入ると、横にいる志保に対してとある指示を出す。


 それを聞いた志保は一瞬驚いた様子を見せたが、頭を下げる月桃によって困り眉の状態でグラウンド中央へ向かっていった。


「どうした、志保?」

「おねぇちゃん。さっきね、月桃さんからフォーメーションの変更を教えてもらったの。それで、共有してほしいって言われたからすぐにするね」


 志保は枕詞を挟んでから数秒でポジションを伝えた。

 LMに菅原、RMに水木、CAMに竜馬、CFに南沢のフォーメーションだ。


「……キャプテンを欠く状態だとこれが一番良いな」

「ガッハッハッ! まぁちょうどよいわい! 結果を残せばレギュラーとれるからのぅ!」

「そうだね、南沢ちゃん! 私も頑張るぞ!」


 そんなやり取りをしていると、スローインで試合が再開した。

 ロスタイム含め残り二十分の中、緑丘は低く守る相手のラインを見つつパスを回し続けていた。一枚でも抜かれたら簡単にチャンスを作れるという自信からくるプレーは刻々と時間を失っていく二子石高校の選手たちに不安をもたらす。


 そんな時間が三分ほど続いたころ――CBに入っていた相馬が動いた。相手のボランチがパスを下げると同時にラインを一気に上げたのである。それによって生み出されるのは、相手が使用しやすい広大なスペースだ。


「血迷ったか!」


 相手のCDMがそんなことを言いながらキラーパスを出す。それと同時に、サイドへ走りこんでいた選手がパスを取りドリブルを仕掛けようとする。


 その時だった。甲高い笛の音と共に副審の旗が縦に振られた。

 相手のRWがオフサイド判定を受けたのだ。


「はぁっ!? オフサイドじゃないだろ!」


 相手のRWが悪態をつきながら後ろを振り向き、気が付いた。一瞬のタイミングでラインを二子石のCDMがいる位置まで上げていたのである。これではオフサイドではないと言い張るのは難しいと相手選手が折れるほかなかった。


「カウンター、いくよ!」


 その声と同時に、CBへ入っていた相馬が手を上げる。

 勢いよく踏み込んだ後――勢いのあるロングパスが彼女の右足から放たれた。鋭い弧を描きながらあっという間にペナルティエリア前に向かうボールに対し、長身FWの南沢が反応する。


 相手選手もそれなりに高い選手だが――常に喧嘩の世界で生きてきたガタイの良さを持つ南沢にはかなわなかった。


 彼女は「ふっ!」と言いながらヘディングでトップ下に入った竜馬へパスを出す。竜馬はパスを貰うと同時に周りの情報を瞬時に判断し左サイドをかける菅原に対してゴロパスを出した。


「こいつ……はえぇっ!」

「ふふん! 足の速さは二番目だからね!」


 菅原は嬉しそうににやけながら、ゴロパスをトラップした後、左インサイドで低いクロスを上げた。それに反応したのは――南沢だ。


「打たせるかっ!」


 それに反応したのは、守備を受け渡した北原。反点シュートを打たせまいと必死に体を入れて防ぐ中――南沢はニヤリと笑う。


「かかったのぅ!」


 その言葉と同時に、南沢はゴロパスをワンタッチ。それと同時に、右回転のかかるボールが中央へフリックされた。そのスペースに走りこんでいたのは――竜馬だ。


「決めるッ!」


 竜馬は難しい浮き球を左足で合わせ、置きに行くようなシュートを放った。

 枠内に入ったシュートに対し相手GKが必死に反応する。


 が、GKが触る前にゴールネットへ吸い込まれていた。

 こうして――二子石は二点目を桜木抜きで奪い取ることが出来た。


「よっし! ナイス得点じゃ竜馬!」

「ナイスアシスト、南沢! 菅原もありがとうね!」


 竜馬は嬉しそうに言いながらボールを回収する。


「まだまだ劣勢な状況だ! どんどん、得点を奪っていこう!」


 リーダーシップのある竜馬を中心に、攻撃陣に熱意がともる。

 これにより、桜木を欠いた前線のチームに強い熱意が宿った。


 守備統率のできる相馬、攻撃するメンバーの意欲向上を図れる竜馬によってチームはさらに熱意を帯びる。


 これにより――前半からは考えもつかないような試合展開となった。


 後半三十分、相馬のロングフィードに吉川が反応する。巨漢の男と競り合った竜馬が必死に残した死に球に反応した志保が南沢へパスを出す。南沢は、足裏でボールを引き右側へボールを転がした後――唸るようなシュートを右足のインステップで一閃した。


 そのシュートは幸運にもGKがはじこうとしたことで威力が弱まり、ゴールネット右下へ吸い込まれていった。ラッキーなミドルシュートを得点し、得点差は二点まで縮まった。


「いける、いけるよ皆!」

「あぁ、そうじゃのぅ!!! がっはっはっはっ!!!!」

「でも油断するな! 一瞬の油断が命取りだからな!!」

「あぁ、そうだな!」


 相馬が後ろから鼓舞すると、竜馬を中心にさらに士気が高まる。

 桜木にはない、周りをさらに鼓舞していける力。それが竜馬には備わっていた。


 流れは完全に、二子石高校に来ていた。


 試合開始直後、後ろでボールを回す鳥かご戦術をやろうとしていた緑丘高校に対し二子石高校のハイプレスが襲い掛かる。桜木よりも拙い包囲網ではあったが、相馬によって生み出されたハイライン戦術によってCDMまでもが襲い掛かってくる状況へと変化していた。


 ロングパスをサイドへ出せば、足の速い森川や対人戦に強い長島があっという間にボールを回収する。それと同時に、また素早く攻撃が始まってしまうのだ。流動的に行われる超攻撃的戦術によって、緑丘高校は疲弊していた。


 そして疲弊した体によって、ミスが生まれる。

 後半三十三分、横パスをミスった吉川からボールを奪った水木が単独で仕掛ける。すぐ前には万全な体勢で守る北原がいる。北原は絶対に抜かせまいとかなり熱を入れていたようだったが――簡単に抜き去られた。


 北原が弱いというわけではない。相手の数的有利が強すぎたのだ。

 右サイドから駆け上がる長島、中央より少し後ろにいる竜馬、ペナルティエリアに入った南沢と菅原といった面々がいる状況なら、当然パスを警戒しないわけがない。


 そして、水木はそれを活かすのが上手かった。目を活用したアイコンタクトによって味方を利用するという敵への刷り込み、それと同時に右足裏でボールを撫でつつ、相手の方へ胸と体を少し向ける。


 最後に右足を離してパスする素振りを見せれば、相手の視線がその方向へ向くのは当然と言えた。最後に簡単なアウトサイドタッチをすれば、生み出されるのはGKと一対一で戦えるという場面だ。


 水木はその状況を生み出してから、右足で低弾道シュートを放つ。右足で放たれた正確無比なシュートはゴールネットへ吸い込まれた。


 これで、5-4。得点差が一点まで縮まる。


「……」


 水木が中央までボールを戻した後、周りの選手からの褒めを躱しながら相手陣地を指さして試合に集中しろと喝を入れる。


「……おぬし、喋らんのぅ。声聞いたことないぞぉ」

「まぁまぁ、南沢ちゃん。恥ずかしがり屋さんかもしれないから」

「あぁ、そうだな。それより今の試合に集中だ!」


 そんなことを口にしていると、試合再開の笛音が鳴る。

 試合も終盤に入ったためか、相手はどんどん攻勢を強めている。

 それと同時に生じ始めるのは、荒い攻撃だ。


 相手がミドルシュートを放ち始めたのである。


「いたたた……」

「だ、大丈夫ですか相馬さん! 顔面にシュートをくらいましたけど……!」

「大丈夫大丈夫! 僕、頑丈だから! それより、コーナーキック来るよ!」


 吉川のシュートを顔面で受けた相馬が痛がりつつも月桃に大丈夫と伝え、守備陣に指示を出していく。


「上げろ上げろ! 六点目を取って終わるぞ!!」


 北原の指示と共にラインが上がる中、CDMの吉川がペナルティエリア内に入る。長身の男と対峙するのは、チーム内で最も背の高い志満だ。


「背が高いのぅ……じゃが、ワシには意味がないわっ!」

「ぐぅっ……!」


 ピンポイントで吉川の下へ来たボールに対し反応した二人が競り合う。撮れば有利の状況で勝ち取ったのは――吉川だ。


 吉川が体をひねりながら放ったヘディングシュート。

 勢いそのままにゴールネットを強襲する中――


「うぉぉぉぉっ!!」


 栗林が両手でシュートを受け止めた。

 場所を理解していなければ反応が難しいゴール右上へのシュートをがっちりと止めたのである。シュートストップをしたことで、吉川に動揺が走る。


「なっ……ワシのシュートが!?」


 絶対に女子相手なら決まると思っていたゆえの反応だった。

 だが、吉川は気が付いていなかった。


 事前に志満が指でゴールを絞り込む方向をGKに伝えていたことを。

 つまり、対峙した時点で右側にシュートを放つようにコースを限定されていたのだ。


 そんなことを理解していない吉川は、守備の切り替えを一歩遅れる。

 そんな彼に反応すら見せず、長島へパスを出した。


 チーム内で随一のキック力を持った長島は左サイドを抉ろうとする菅原に気が付くと同時に、オフサイドにならないタイミングでロングキックを放る。

 

 トラップの難しい弾道かつ、威力を持ったパスに対し、菅原は左足の甲を右側へ軽くひねることにより内側へボールをはじく。転々と転がるボールを一瞬で収めた後、置き去りにした守備陣を素早い速度で置き去っていった。


 審判が時計をちらと見る。

 これがラストワンプレーだということは選手たちも理解していた。


「決めるんじゃ、菅原!」

「決めろ、菅原ぁ!」


 前線の選手たちから檄が飛ぶ中――左足のシュートを放とうとする。

 が――前に来ていたGKによってシュートコースを潰されたのは明らかだった。


「ど、どうすれば……」

「菅原さん!!」


 そんな彼女に対し、後ろから声がかかる。GKを背中で背負ったときに見たのは、後ろから鈍足で走ってくる月桃だった。彼女の後ろからは、素早い速さで戻ってくる吉川の姿がある。


 下手にパスを戻せば月桃よりも足が速い選手に奪われるかもしれない。

 パスは無理か、そう判断しようとした時――月桃のポーズに目が行く。銃の構えを右手で作りながら、しきりに右方向へ振っていたのだ。


 それを見て――菅原は理解した。左足で一歩前に出てからGKから離れた後、左足で鋭いゴロパスを出す。


 パスの出し手は――ボランチから走りこんできていた志保だった。


 志保がダイレクトで放ったシュートが、ゴールネットを揺らす。


「や……やった……!」


 か細い喜びの声とともに、彼女が喜びを表していると――審判の笛が鳴る。

 

 それを聞いた二子石高校選手陣は――優勝したかのような喜びを見せた。

 前半の劣勢をひっくり返し5-5。


 値千金の同点引き分け試合は――彼女たちに、強い自信をつけさせた。


 こうして、試合後のあいさつを終えた選手陣はベンチへと戻っていく。

 いつもは結果を出してもそこまで感情を爆発させない豆芝という男だって、少しは喜んでいるかもしれない。そんなことを思っていると――


 彼女たちは妙な違和感を感じた。


 本来いるはずの男が、ベンチに存在していなかったからだ。

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