第57話 緑丘高校戦 ②
前半終了の笛が鳴り響いた後、ベンチに座っていた俺は立ち上がり選手たちへねぎらいの声をかけた。選手たちは各々返事を返すが声が震えていたり小さかったりと、普段よりも調子が良くないように感じられた。
それもそのはず、サッカーのスコアボードには前半だけで5-0の大差が付けられた結果が表示されているからだ。
プレースピードも強度も全く違うサッカーでは、当然の結果である。
中学の冨士和FCと良い試合が出来たのは彼らがまだ成長期の途中だったわけで。高校ともなると、ここまでの格差が付くのは当然だ。
予想通りの結果になった俺は冷静に後半の戦術を考える。
(相手がゾーンディフェンスとすると、緩急をつけたライン崩し――LMを活用した波状的な攻撃が有効か。とするとポジションを3-4-3のウィング二枚型へと変更するのがよいか?)
攻撃力を上げる戦術としては最も有効な手段といえるだろう。
だけど、練習では全く活用していない。チーム内で連携が上手く出来るか怪しいしそれ以上に、チーム内で鬱憤をためかねない。指導者としての求心力が落ちてしまうとチーム内での型が崩壊する恐れもある以上、取ることはできない。
(考えろ、考えるんだ)
首の後ろを右手で触りながら考えていると、桜木が俺の隣に座った。
「師匠。今何か戦術について考えていたでしょ?」
「えっ!? なんでわかったんだ?」
「そりゃ、わかるよ。師匠、サッカーにはまっすぐだもん。で、どんな戦術なの?」
俺は水を飲んでいる桜木を横目に戦術を説明した。
「前半よりも攻撃を増した戦術にする。スリーバックにして、守備時には三枚を必ず残るようにする」
「CDMは同じように二枚でこなす。守備力を保ちつつ、一枚は適宜攻撃に貢献することができるようにする」
「LM、RMに足の速い選手を配置する。これによって波状攻撃を実現する」
「RW、LWには攻撃力のあるウィングを配置する。これによって、サイドから崩せるようにする。STに関しては低めのクロスへ確実に合わせる。難しいだろうが、必死に得点へつなげてもらう。こんな感じだ」
俺の話を聞き終えた桜木は飲み口から口を離して、このように質問する。
「わざわざ、スリーバックにする必要ないんじゃない?」
「……え?」
「だってうちのサイドはみんな体力があるじゃん。長島さんや森川ちゃんみたいな、走れる選手がいるなら、4バックでもよいんじゃない?」
「……確かにな。けれど、5バックを行うなら攻撃枚数が足りなくならないか?」
「それなら4-1-4-1にすればよいじゃん。CDM一枚、CAM四枚の形式にすれば攻撃力は相当増すんじゃない?」
桜木の指摘は一理あった。前線ではり続けるCAMを四枚に増やせばチームの攻撃力は格段に増す。南沢をCAM起用すれば、破壊力はさらに増すだろう。
そんなことを考えつつ、俺は瞬時に脳内でチームのポジションを考える。
ST:桜木
左CAM:菅原
中央CAM:南沢
中央CAM:三好竜馬
右CAM:水木
CDM:三好志保
LB:森川
左CB:相馬
右CB:志満
RB:長島
GK:栗林
(いや、まてまてまて。相馬を左CBって本気で言ってるのか、俺!?)
自分で考えついたフォーメーションに思わずツッコミを入れた。相馬は主にCDMとして起用している。そんな彼女をいきなりCBにコンバートして戦えるだろうか。それに、志保を一人だけCDMにするのも中央守備としては心配だ。
「顔色悪いけど、どうしたの師匠?」
「……ちょっと、変なフォーメーションを考えてしまってな。こんな感じのだが」
俺はだめもとで桜木に伝える。桜木は少し考えるそぶりを見せてから、
「いいじゃん、そのフォーメーション」と賛同してくれた。
「おーい、相馬! こっち来て!!」
それと同時に、桜木が相馬を呼び寄せる。珍しく硬い表情を見せる相馬に対して、桜木が俺の考えを代弁した。
「……なるほど。僕がCBとしての仕事に従事することで守備力を上げるんですね。ただ、CDMではなくなるとパスの供給が難しいと思うんですけど……」
「確かに、相馬のロングフィードが前線供給できなくなるのはきつい。けどこれで、相手選手が行ってくるハイプレスに対して対策が出来ると思うんだ。お前の足元は、俺が見てきた中でも相当高い部類だからな」
俺の言葉を聞いた相馬は、うれしそうに口角を上げる。
「えへへ。褒めても何も出ませんよ?」
「……まぁ、いいや」
「ちょ、反応してくださいよ!」
俺が華麗にスルーをすると、相馬がそんな反応をして見せた。
大声を出すと同時に、周りの選手たちが反応する。
声が通るなと考えていると、俺はひとつの案を思いついた。
「相馬、今思いついたんだが、いいか?」
「はい、どうしたんですか?」
俺の言葉を聞いた相馬が、不思議そうに首をかしげる。
そんな奴に対し、これはこのように伝えた。
「お前、後半の試合でピッチ上の監督になれ」
「ピッチ上の、監督……?」
「味方選手がサポートを行えるように後衛指示を出してくれってことだ。CBはGKと同じぐらいに味方の状況を見やすいだろうし、それにお前の視野の広さなら守備陣のラインコントロールもそつなくこなせるだろうからな」
「……いきなり、難しいですね」
「お前だから、こんな提案をしているんだ。お前が実力を持っていることは、俺自身目の当たりにしているからな」
事実、相馬は須王や琴音といった実力者に対して勝利を成してきた。奴であれば、この劣勢な状況から一点を生み出すための鍵になるかもしれん。
「頼んだぞ、相馬」
「――! はいっ!」
俺は相馬の背中をポンとたたいてから、奴に喝を入れた。
奴が張り切りながら体をほぐしている中、俺の隣に座っていた桜木がジト目で見つめてくる。
「……なんだか、妙に相馬と距離が近くなっていませんか? もしかして師匠……変なことを行っていたりしませんよね?」
「バーカ、しねぇよ」
「……それならいいですけど。それより師匠。私にも指示をください」
「お前に出す指示なんてねぇよ」
「――なっ! なんでですか!?」
少し拗ねた表情から真剣な表情へ変化した桜木は俺に問いかけてきた。
「………………桜木、こういっちゃなんだが、いいか?」
「はい、なんでしょうか」
「……じゃあこの際、はっきりというぞ」
俺は桜木を見ながら、このように口にした。
「桜木、前半のお前はダメダメだったぞ」
「………………は?」
沈黙の後、生じたのは意味が分からないと言いたい一音だ。
「桜木。お前は前半戦でどんなプレーをした?」
「前線で得点を奪う動きやプレスに重点を置いたプレーをしました」
「FWとしての仕事はこなしたか?」
「当然、こなしているじゃないですか。守備の動きだって献身的にしました。パスが今は入らないですけど、献身的に動こうって意思はありますよ」
「献身的、ねぇ……」
俺は腕を組みながら奴の言葉に含まれた意味を考える。
そして、推測を出してから自論を述べる。
「俺的に献身的なプレーってのは得点に直結してこそだと思う。セカンドボール回収なら攻撃に波状性を生み出す、チェイシングなら相手のミス誘発、得点機会創出の様な感じだと思うんだ。でだ、桜木。お前はあの時、攻守の切り替えをやらなかったりしていなかったか?」
「そんな場面、ありませんよ! 私はいつだって――」
「相馬がミドルシュートを打つ前に奪われた場面」
俺の言葉を聞いた桜木が、はっとした表情を浮かべてから口をつぐむ。
「あの場面、相馬が奪われる状況に気が付いていたはずだ。ペナルティエリアに近いお前なら、すぐさまプレスへ行けたはずなのに、それをしなかった。なんでだ?」
「それは、FWとしての規則に則って……」
「規則に則ってカウンターを生み出されるなら、いる意味がないだろ?」
「うぐっ……」
俺の言葉を聞いた桜木が苦々しい表情で俺を睨みつける。俺のことを嫌いになったのだろうかと思いつつ、俺は二つ目の問題点を告げる。
「二つ目は、敵のハイプレスに関するところだ。お前のキープ力なら下がってボールを受けてから攻撃に繋げる起点を作れたはずだ。なのにお前は、ずっと前線でクリアボールが来るのを待ち続けていた。敵の身体能力が高い以上、無理なことが分かっているにもかかわらずだ。あれの意図は何だ?」
俺の質問を聞いた桜木はさらに険しい表情で「ぐぅ……」と声をこぼした。
「桜木、俺の言うことは厳しいだろう。普通なら、こんなことを要求しないからな。けど俺は――お前が出来る選手だと思っているからこんな重箱の隅を突くことを指摘しているんだ。そのことだけは、わかっておいてくれよ」
「……………………ふんっ」
桜木は機嫌を損ねたのか水筒を置いてからグラウンドへ向かってしまった。
直後――俺の身体に雷が走った衝撃が伝わってきた。
(や、やらかしたっ!!!!!)
俺はそう理解した。
桜木だって、同年代の青少年・少女なのだ。
彼女だって当然、人間だし人並みの感情はある。そんな彼女に棘のある言葉を多くぶつけたら、当然こうなってしまうというのは当たり前だ。
(……俺基準で見ちゃダメなんだ。奴が出来る範囲で、要件を伝えるべきだった……!)
俺は部員たちから向けられる何事かという視線をいっぱいに浴びながらそんなことを感じていたのだった。
その後、何とか桜木を呼び寄せてフォーメーションを伝えることはできた。
だが、いまだに桜木の機嫌は良いとは言えない状況だ。
(大丈夫かな、後半戦……)
俺が心配しながらグラウンドを見つめていると――後半戦の笛が鳴らされた。
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