第56話 緑丘高校戦 ①

 合宿初日、俺たちは緑丘高校サッカー部と試合することになった。

 緑丘高校は、まるで冨士和FCの選手たちをさらに洗練し、スピードアップさせた強敵だ。当然苦戦を強いられるだろうと考えつつ、俺は以前検討したスタメンを発表する。


 二子石高校スターティングメンバ―:


 フォーメーション:4-2-3-1

 センターフォワード:桜木(キャプテン)(CF)

 トップ下:三好 竜馬(CAM)

 右サイドハーフ:水木(RM)

 左サイドハーフ:菅原(LM)

 ボランチ:相馬(守備時カバーリングする仕事も担う)(CDM)

     三好 志保(攻撃時トップ下、守備時プレス)(CDM)

 センターバック:志満、武田(CB)

 左サイドバック:森川(LSB)

 右サイドバック:長島(RSB)

 ゴールキーパー:栗林(GK)


 控え選手:

 南沢(CAM)

 田中(CB)

 島石(LSB)

 半田(RM)

 月桃(CM)


 GKにはいつも通り栗林を、CBには志満先輩と武田を起用。SBには攻撃力のある長島とスピードに優れた森川を配置し、攻撃に厚みを加える。CDMには高いパス技術を持つ相馬と、こぼれ球の回収が得意な三好妹。RMには足元がしっかりしている水木、LMには俊足の菅原を選んだ。CAMには、万が一の際にキャプテン業務もこなせる三好姉。そして、CFには得点力の高い桜木を据えた。


 練習で成果を上げていることを考えれば、これは良いフォーメーションと言えるだろう。一方で、相手チームは予想通りの4-4-2、ボックス型で来た。CDMには吉川、CBには北原がそれぞれ入っている。


 映像で確認した通り、相手は後方守備に重きを置いている。中盤を経由してビルドアップを狙う戦術だろうかとベンチに座りながら分析していると試合開始の笛が鋭く響いた。


 笛と同時に桜木がバックパスする。CAMにいる竜馬は少しドリブルしてから、落ち着いた様子で後ろの相馬へ下げた。相馬はゆったりした足取りで、相手陣地へと向かっていた。


(……プレーを見ていると、相手はゾーンプレスを軸にしたカウンター型か)


 ガチガチに守りを固め、チャンスを見つけて一気に仕留める戦術だ。これを崩すには、個の力が求められるが、単独での突破はかなり難しい。


(しかも、相手には頭のキレる北原がいる。北原がうちの情報をどこまで把握しているかは不明だが、あのラインコントロール技術を考えると、守備に関しては卓越していると見て間違いない)


 険しい顔で状況を見つめていると、相馬が前線へ上がろうとする志保をちらりと見た。攻撃時にCAMへ入る予定の志保に、相手のCDMが一枚引き寄せられる。その瞬間に生まれたスペースに、CFを務める桜木がすかさず侵入する。


 現状ではパスを受けるのが難しいと考え、少し前に出てラインを引き上げた。

 桜木の動きにより相手の守備陣はオフサイドラインを上げようとする。

 直後、ラインが一列化した。


 桜木と志保の動きで生まれた一列は、サイドに広がるスペースを作り出す。これをチャンスと見た相馬が、鋭いロブパスを前線へ供給した。フリーが生まれたことによりサイドから崩す攻撃に移行できる。


 そのように考えていた俺の目がとらえたのは、菅原とボールの間に体を入れた相手SBだった。体をうまく差し込まれたことで攻撃が失敗した。この状況を生み出したのは北原の高い状況認識力だ。


 SBに菅原への対応、自身は斜めに入りLSBとCAMへのパスコース消しといった仕事をすることで、勝利したとしても攻撃を連続的に難しくしていたのだ。それをやって見せる瞬時の頭の回転は目を見張るものがある。


 そんな風に考えていると、ゴールキックから試合が再開した。

 GKのロングフィードによってセンターサークルまで来たボールに対しCDMの相馬が競り合いに対応する。相手の頭に当たったボールがこぼれたあと、相手のFWが右足でボールを収めドリブルを開始した。


 細やかな足捌きで仕掛けるFWはあっという間にペナルティエリア前まで来た後、左サイドへパスを渡す。相手のLMがトラップすると同時に右SBの長島が対応する。相手のLMはサイドを抉る素ぶりを見せてから、すぐさま内側へ抉っていく。


「いかせるかっ!!」


 長島が相手を抜かせまいと対応する中、相手選手がニヤリと笑った。その意図にすぐ気づいたのは、CDMを務める相馬だった。


「長島さん! サイドを警戒して!」


「え――」


 その指示が飛んだ瞬間、相手のLMがRSBとCBの間を通るゴロパスを放った。長島が空けてしまったスペースに、相手のLSBが走り込んでいた。LSBはトラップと同時に素早い足取りでペナルティエリアに侵入し、そのままシュートを放つ。


 しかし、シュートは運悪くサイドネットにぶち当たった。


「だ――くそっ! 次は決めるッ!」


 LSBの選手は悔しさを噛みしめながら大声を出し、元のポジションへ戻っていった。その声に二子石イレブンの緊張感が一層高まる中、試合が再開される。


「よっしゃ、行くぞ水木!」


 長島は強烈なパスを水木に送った。普段通りの攻めを行おうために水木を使おうと考えていたのだろうが、相手には背丈の高い選手がついている。

 水木は相手を背負いながら右足でボールを柔らかく足元へ納めた後、一歩前に前進する。それと同時に反転した後、両足を並行にしていた相手の左足方向からきれいに抜き去って見せた。


「うまっ!」


 あまりの鮮やかなプレーに相手ベンチから驚嘆の声が漏れる中、水木はたった一人で右サイドを抉っていく。普段のプレーからは想像できないほど素早いプレーに驚いていると、俺が注目していたCDMの吉川がチェックに向かった。


 吉川の走り方は、いうなれば猪突猛進。闘牛の様に向かっていく彼のプレーは相手選手に恐怖心をもたらすだろう。きっと、彼女も後ろに下げるはずだ。

 そんな風に考えていると、水木は俺の予想に反したプレーを行った。吉川の足元へボールをぶつけ、ラインを割らせたのだ。


 結果、二子石高校のスローインで試合を再開することが出来た。

 素早くリスタートするためにボールを貰った水木はスローインを志保へ渡す。志保は胸トラップすると同時に前にいた水木へパスを戻した。


 直後、水木は右足で目の前にいる志保と吉川の間を通るダイレクトパスを蹴った。龍が唸っていると錯覚するほどの勢いを持ったパスに対し、トラップが得意な相馬が胸トラップで落ち着かせる。


 視線を相手陣地へ向けると、先にはフリーの状態になっている竜馬の姿があった。竜馬とワンツーすれば、そのままミドルシュートを放てると考えた相馬はすぐにパスを供給する。


「竜馬さん! 僕にください!」

「あぁ、わかった!」

 

 短いやり取りによって意思疎通を果たした竜馬はポストプレーを行った。同時に横へずれることで、正面にシュートコースが生み出される。


「ここだ――!」


 相馬がそんなことを言いながら足を振りかぶった直後――彼女の前から、ボールが消えた。それと同時に、相馬の身体が宙を舞い、地面に倒れる。


「ぐわっ!」


 受け身を取って倒れた相馬がすぐに立ち上がり後ろを見た直後、彼女の視線に予想外の光景が映る。CBとして入っていた北原が前線に上がる姿だ。

 

 相馬の中で、北原のプレーは全く理解できなかった。CBの仕事を捨てて前線からボールを刈り取る動きをするなんて、ポジショニング理論から反していると考えたからだろう。

 

 相馬は必死に戻りながら、苦い顔をしていた。二人のCDMが上がったことにより人数差がほとんど互角の状況を生み出される中、北原が弧を描くように右手を回す。刹那、CDMを務めていた吉川が鋭い速さで前線を駆け上がった。


 北原は自身の前を越したことを確認してから、右サイドへ浮き球をほおる。LSBに入っている森川の背丈が低いことをついたプレーだった。頭上を抜かれた森川の後ろで、相手選手は右足の甲でトラップする。


 それと同時に、センタリングを行った。センタリングの先にいるのは――吉川だ。吉川の頭にボールが衝突すると同時に、爆発したような衝撃音が走る。地面へたたきつける様に放たれたヘディングシュートは、武田と栗林の間を抜いてゴールネットへ吸い込まれていった。


 前半25分、俺たちは先制点を緑丘高校に決められてしまったのだ。


(……見誤っていた。奴らも、俺たちと同じ可変式だったのか)


 俺はベンチに座りながら映像だけで判断していた浅はかさを呪った。

 北原と吉川にはそれぞれ別の仕事が与えられていたのだ。


 吉川には、カウンターをする際のプラスワンの攻めだ。どんなチームでも行うため特に懸念するべき要素ではない。問題は、北原だ。


 俺が考えるに――北原はリベロだ。

 プレースピードの増加、3トップの普及、ゾーンディフェンスの増加に伴って減少傾向にあったリベロを、奴は可変式に昇華させたのだ。


(自由に動けるタイプの守備ウマ選手。どうやって止めるか考えねぇと……どんどん劣勢状態になるな)


 そんなことを考えている矢先――俺の懸念していたことが起きる。

 

「どんどんライン上げてけ!!」


 一点目を取って勢いづいた緑丘高校がハイプレスをしいてきたのだ。

 女子サッカーの弱点であるフィジカルの弱さを、奴らは意気消沈するタイミングで仕掛けてきたのである。しかも、CDMのパスコースを潰しながら足元が良いとは言えない武田、森川に蹴らせるようにコースを限定していた。


(奴ら……もしかして、試合前の練習で状況判断してきたのか!?)


 驚いていた矢先、最悪な状況が訪れる。武田の横パスを相手FWに刈り取られたのだ。それによって、二点目を奪われてしまった。


 LSBの森川、CBの武田の顔に疲れが現れ始める。

 走っている影響ではなく、心理的な影響だということはすぐに理解できた。


 だが、今はどうすることもできない。

 今のメンバーが、うちのチームのベストメンバーだからだ。


 だからこそ俺は――無常に奪われていく得点を見つめ続けるしかなかった。

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