第55話 スパイを知る男
俺はサテライト用の食堂で辺りを見渡していた。知っている人物、簡単に言えば、二子石高校サッカー部のメンバーがいれば一緒に飯を食おうと考えていたのだ。が、そんな考えは成せないということも理解していた。事前に見たマップで、食堂が選手用とサテライト選手用の二つに分かれていたからだ。
(なんで別れているんだろうって思ったけど、もしかしたらこっちが旧館なのかもしれないなぁ。それなら納得はできるし。いやでも、サテライトと本登録選手を分ける必要なんてあるのかなぁ……?)
そんな疑問を抱きつつ、俺は空いている席に座る。椅子の背にもたれてからふーと息を吐いた後、水筒を机に置く。あんまり行儀は良くないかもしれないが、ちょっとぼっち席じゃないと疲労がたまりそうだったので仕方ないだろうと思いつつ、かつ丼を注文しにカウンターへ向かった。
適当にかつ丼を頼み、席に戻る。手を合わせてから飯を口に運ぶと、旨味が伝わってきた。高たんぱくな肉と卵が、普段の自炊であらんだ体に染み渡る。
飯の美味さに感動を覚えていると、「そこの方、ご一緒させてもろてもよろしいでっか?」と目の前から声が聞こえてくる。顔を上げた先にいたのは、映像で見た覚えのある男だった。胸元にある緑丘という文字から察するに、今日対戦する相手の選手であるのは確実だろう。
「僕、
「俺は、二子石高校サッカー部コーチの豆芝国生だ」
「へぇ~、コーチさんでっか。そらまたびっくりしましたなぁ~!」
北原は、焼き目がほどよくついた魚を箸でほぐしながらきれいに食べる。言動とは裏腹に几帳面な男なのだろうか。そんなことを考えているときに北原が魚の骨を取りながらポツリと呟く。
「僕な、普段は関西弁あんまり使わんようにしとるねん。下手に使うと、話が通じへんかったり、認識にズレが生じたりすることがあるからな。小学校の頃も、そんなんを学ばされたりしたわ。いやぁ、ほんま面倒くさかったわ、あれ。なんでわざわざ標準語を学ばなあかんねんって、思ったりしたもんや」
「へぇ、そうなんだ。でも、今は使っているよね。なんでなの?」
かつ丼に乗った二枚目の肉を食い切ろうとしているときに、北原はこういった。
「決まっとるやろ。君が斉京ビルダーズFCの選手やって、わかってるからや」
俺は思わず食う手を止めた。顔を上げた先にいたのは、ニヤニヤとほほ笑む北原の姿だ。二軍選手だろうかと考えていると、彼が口をひらく。
「関西で行われた決勝を偶然見る機会があってな。その時に君を知ったんや。10も20も高い背丈を持った選手たちをワンタッチで躱して見せる君の技術には、当時かなり驚いたで。それと同時に思ったんや。彼は絶対に斉京学園へ入学するってな」
「だからこそ、疑問に感じてるんや。なんで君が女子サッカー部のマネージャーなんかやってるんや? 君みたいな実力者が、なんで彼女みたいな酔狂な行動をしてるんや? 僕には、理解できひん。なぁ、教えてくれや。なんで君は、栄光の未来を捨ててまでそんなバカげたことをするんや?」
まっすぐに見つめながら問いかける男の顔には真剣さが漂っていた。冷やかしではなく、本当に知りたいのだろう。だからこそ、なおさら言うことができなかった。
「……答えたくないって表情してるな。わかりやすすぎるで」
「それが分かるならもういいだろ。ゆっくりと飯を食わせてくれ」
「ハハッ、せやな」
男は軽く笑ってから飯に手をつけた。黙々と食べる時間が続いた後、先に食べ終わったのは北原だった。北原は水を取りに行き、席に戻ってから水を一口飲む。
「なぁ、豆芝君。ホンマに教えてくれへんのか?もし教えてくれるなら、僕自身のケジメがつけられる気がするから、ぜひぜひ教えてほしいんやけど……ダメか?」
「……」
「はぁ、無視か……僕、嫌われてしもうたようやなぁ……女の子にはそれなりにモテる自信はあるんやけどなぁ……」
なんか無茶苦茶苛立ったけど、ここで傷害事件なんて起こしたらメンバーに計り知れない被害が及ぶ。抑えようと思いながら黙々と食べていると、横から一人の人物が近づいてきた。
「昭、もう練習場へ向かっても問題ないかのぅ?」
声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには長身の男が一人立っていた。映像で見た覚えがある。結構激しいチャージタックルを行っていたボランチだったはずだ。
「あぁ、いいんじゃないか? それより、この方にあいさつしとけ」
「この人は誰じゃ……?」
「この人はな、二子石サッカー部のコーチである豆芝さんだ。同年代だけどそれなりに技術はある人だ。もし可能だったら、苦手な所とかを指導してもらえ」
「ほぅ、そんなんか。それは助かるのぅ、よろしゅう、豆芝さん」
「あ、あぁ……」
俺は軽く握手してから、デカい男を見送った。努力しようって意思が体から滲み出ている選手だと感じていると、標準語から関西弁に切り替えた北原が説明する。
「あいつの名前は、
(へぇ……初心者なのか。どうりでタックルが荒いんだな)
上手い選手であるほど、タックルはクリーンにする。
ファウルを取られるとカウンターになるチャンスを奪われるからだ。
(今の所、ガタイを活かして相手の攻撃を切るってところだけが出来てるタイプか。俺たちと同じ一年生だからまだそれでよいだろうが、強豪に勝つにはクリーンな守備方法も学ばないと成長できないだろうな。)
そんなことを考えつつ、両手を合わせて食器を片そうとする。
刹那、俺は北原に呼び止められた。
「豆芝さん、一つ面白い話聞きません?」
「面白い話……? 女とかじゃないよな。そういうのはいらんぞ」
「ちゃいますよぉ~~もっと、面白い話です」
北原は嬉しそうに微笑んでから、こんなことを口にした。
「僕、見てもうたんすわ。二子石高校の方が斉京学園から出るのをな」
「なっ……!? それは一体、誰だ……?」
俺が声を押し殺しながら問いかけると、北原はチッチッチッと舌音を鳴らしながら指を振る。
「回答をそんな風に教えたら、面白くないやん」
「じゃあ、どうやったら教えてくれるんだ?」
それを聞いた北原は、嬉しそうに微笑みながらこう言ってきた。
「決まっとるやないですか。僕が話してもええなと思えるチームか、見極めさせてほしいんですわ。それが、僕のいらだちを収める手段にもつながりますからねぇ」
「つまり……勝てってことか?」
「いやいやいや。そんな無理難題は言わん。男子と女子とじゃ、やっぱり体力的にも肉体的にも練度に差が出るのはわかっちょるから。ただ……一点ぐらいは奪ってもらわんと、話す気にはならへんで」
「分かった。それじゃあ、一点取ったらお前が持っている秘密を明かしてもらおう」
「いいでっしゃろ。交渉成立や!」
こうして、俺はスパイを知るための戦いへ挑むことになった。
この時は、まだ思いもしていなかった。
今回の試合が、山岳戦以上に厳しい戦いになるなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます