第54話 何故あなたはその道を選んだの?
初音さんから送ってもらった画像によると、男子はサテライトの選手たちが用いている寮で生活するらしい。サテライト用と選手用の二つが分かれているなんてかなり規模のデカい場所なんだなと考えていると目的の場所に到着した。
選手寮と比較すると古めの寮という感じだ。少し残念さを感じていると扉の奥から一人の少年が出てきた。トパーズのように輝く目を持った沢江蕨高校の選手らしい。確か彼は……ボランチに入っていた選手だろうか。
「こんにちは。えっと……緑丘高校の方ですか?」
「いえ、俺は二子石高校サッカー部のコーチとして活動しているものです」
それを聞いた目の前の少年は目を丸くした。傍から見れば俺は女が大好きでその道を選んだ変態にしか見えないだろうからな。その反応も当然だろう。
「それより、部屋の内装について教えてもらうことは出来るかい?」
「部屋の内装ですか? それでしたら、館内入ってすぐの所にマップ情報があるのでそこから確認できますよ」
「へぇ~~そうなんだ。ありがとう」
俺は目の前の優男にお礼を伝えてから寮内へ入ろうとする。
「あ、待ってください。その前に名前を教えてもらってもいいですか?」
「俺の名前は豆芝国生ってんだ。あんたの名前は?」
「僕の名前は
「へぇ……やっぱそうか」
「やっぱって、何か知っているんですか?」
「あぁ。事前に試合に関する動画を貰っていてな。それなりにプレーを拝見させてもらったよ。ボランチとして良いパスを出しているから、好印象に残っていたよ」
「へぇ……それは嬉しいですね。ありがとうございます」
「それじゃ、俺はこれで」
俺は短めに三原とのやり取りを終えてから館内へと入る。彼の言うとおり、正面の柱に寮の部屋と宿泊する人物たちの情報が記載されている。俺の名前を探していると一瞬にして思考が停止する。
目の前にある情報が嘘ではないかと思い頬を軽くつねる。が、痛みがあることから嘘ではないことを理解できた。あまりにも予想外の事実に俺は何度も瞬きをした。
けれど、目の前の事実は変化なんてしなかった。驚きつつ部屋へと向かう。
部屋前に到着した俺はノックをしてからノブをひねり部屋へと入った。
靴箱に入っている靴の隣に自分のトレシューをしまってから靴下のままで上がる。少し歩くと、ベランダの外で涼んでいる一人の男性を視界にとらえる。
百七十中盤の背丈を持った、鍛え上げられた体を持つ人物はこちらを振り向いてから部屋の中に入ってきた。
「初めまして、豆芝君。俺の名前は荒畑宗平。今日から数日間、君と同じ部屋で生活させてもらうルームメイトだよ」
あまりにも予想外だった。まさか荒畑さんと同じ部屋で生活できるなんて思ってもいなかったからだ。現プロと同じ生活ができるのは、プロになるうえでかなり大きな経験になるかもしれないな、そんな風に思いつつ俺は荷物を部屋の壁横に置いた。
少しの間をあけてから、俺は荒畑さんに質問しようと思った。
「……あの、荒畑さん。一つ聞いてもいいですか?」
「どうしたんだい?」
「なんでエスガバレー埼玉で活動しているんですか? 荒畑さんなら違うクラブでも活躍できると思いますし、不思議です」
俺はずっと気になっていたことを質問した。荒畑さんはFリーグで得点王二回と、かなり上澄みの結果を残している選手だ。これほどの得点力を持っているなら、J2やJ1下位にすぐさま加入できてもおかしくないだろう。
だからこそ、不思議だった。
なんでJFLのエスガバレー埼玉に加入したのか。
それがずっと不思議だった。
「ハハッ、確かにそうだね」
荒畑さんは少し笑ってから、続ける
「……確かに、もっと上のレベルに行きたくないかと言われたらうそになる」
「じゃあ、なんでですか?」
荒畑さんは日本トップクラスの得点力を持っている選手だ。そんな選手が、なんで感謝なんてしないといけないのか。俺には理解できない。そんな風に考えていると、荒畑さんは椅子に腰かけながらこう言ってきた。
「豆芝君。一つ覚えていてほしいことがある。プロっていうのは、選手として活動するだけで食っていけるのは稀だ。JFLやFリーガーみたいな低賃金で活動することの多い選手は、その日の飯を食っていくことだって難しいほど困窮する。ちゃんとした食事をとれない環境、睡眠が満足に取れない環境。そんな状況だと、体は壊れる」
「それを解決するには、何よりも十分な環境を手にする必要があるんだ。それを初音さんは曲がりなりにも与えてくれたのさ。おかげで俺は、衣食住ともに最低限の安堵を覚えながら活動することが出来るってわけさ」
「でも……干されているじゃないですか。選手として活動することが、選手としての本望なのにそれを果たせなくて悔しくないんですか?」
俺はかなり引っかかっていたことを質問する。
「……そりゃ悔しいさ」
「やめようとかって、思わないんですか?」
「……それをして、プロになれなかったらどうするんだい?」
荒畑さんの重々しい言葉が、無情な現実を俺に理解させた。荒畑さんは、結果を残したにも関わらずJ1、J2からオファーを貰うことが出来なかったのだ。
「プロの世界ってのは、君が思っている以上に輝いているわけじゃない。宝石の様に結果を残して輝き続けるのは、幸運であることをちゃんと理解したほうがいい。もしそれを理解していないのなら……すぐに認識を改めたほうがいいよ」
「君がどうして、選手ではなくマネージャーとして活動しているか経緯はわからないけど……それでも先輩としてこれだけは言わせてほしい。サッカーでお金を貰う環境を手にするのは、君が考えている以上に難しいってね」
荒畑さんの言葉を聞いた俺は、ただただ困り顔を浮かべるしかなかった。
「さて。ちょっと重い話をしちゃったね。話を変えるとしようか」
「……そうですね」
その後は、荒畑さんの気遣いによって違う話を行った。どんなことを学んだりしてきたか、どんな選手を理想としているかなどを軽く話していると段々とこの人のことが分かってきた。
俺と同じように、選手としてプレーすることが好きだってことだ。
「……荒畑さん。もし、試合出るときがあったら言ってください。絶対見に行きます」
「ハハハ。そういってくれると嬉しいけど、ちと重いね。ハハッ。それより豆芝君。そろそろ君たちは練習準備をした方がいいんじゃないかな?」
「え?」
「ほら、日程表の中に記述があるでしょ?」
俺は荒畑さんに見せられた内容を見て少し驚いた。確かに、記述があったのだ。
「パンフレットは各部屋一部ずつあるから、ちゃんと確認しといたほうがいいよ」
「……そうっすね。ありがとうございます。とりあえず着替えとか済ませて、飯いってきますわ」
「うん、行ってらっしゃい」
俺は荒畑さんとのやり取りを済ませてから、食事処へと向かうのだった。
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