第53話 合宿初日の理不尽

 合宿当日。


 俺たちはエスガバレー埼玉へ向かうバスで各々の時間を過ごしていた。後ろの部員たちが楽しげに断章を繰り広げる中、前の席を確保した俺は合宿での練習内容と試合ごとの戦術について確認していた。


 今回使用する戦術は4-1-4-1、4-2-3-1、3-2-3-2、3-1-4-2の四つのみだ。他の戦術を試す余裕があればよかったが、DFラインを固められる選手が志満先輩しかいないため中盤にある程度実力のある選手を置かなければいけないのである。


(南沢がDFできれば楽だったんだが、あの様子を見るに前線のほうがよさそうだからなぁ。志保をボランチ固定にして育成することも検討するかぁ。あぁ、マジで新入部員が欲しいなぁ……)


 世知辛い状況にはぁとため息をついていると、バス内が異様に盛り上がっている事に気が付いた。何事だと思い顔を上げると、視線の先にモニターが映る。どうやら、カラオケが出来るようになっているらしい。


(なるほど、盛り上がっているのは部員たちが各々歌っているからか)


 そんな風に思いつつ、俺はノートの方へすぐさま視線を移す。彼女たちと絡むよりチームを勝たせる方法を考えたほうが、自分の目的を果たすこと、並びに彼女たちの実績作りとしても双方にメリットがあると考えたからだ。

 

 それに、俺は歌ったことがない。

 下手に歌って場を白けさせるだろう。


(仕事の続きするか)


 そう思った瞬間、俺の携帯から通知音が鳴った。

 一体誰からだろうと思い確認する。


 表示されていたのは初音さんだ。


 練習を行わない際の埼玉県旅行マップを送ってくれたらしい。


 気温が高いこと、並びに三泊四日と日程が長いことを踏まえたら休憩と称して観光する可能性もあるだろう。


(チームの士気的に三泊目か、四泊目の時に実行しよう)


 そんな風に考えつつ、初音さんにお礼を伝える文面を送る。

 その後、同じように作業を続けていると後ろから肩をポンポンと叩かれる。


 何事だと思いつつ振りむいた先には、悪戯っぽい笑みを浮かべる相馬がいた。相馬は俺に顔を近づけるように指示を出した後、小声でこのように伝えてきた。


「……もしよかったら、琴音さんとのお時間を取れるように連絡しますよ?」

「……!? は、はっ!?」

「しっ! 声が大きいですよ! まだ他の人には伝えてないですから!」

「あっ、あぁ、すまん……でも、なんでそれをしようって思ったんだ?」

「そりゃぁ、豆芝さんのためですよ。疲労が取れそうだなって思ったんです」

「……ふぅん、そうか」


 相馬からの提案はとてもありがたいものだった。二人だけの時間を作れれば、それなりに楽しい時間を生み出したりもできるだろう。


「相馬。ありがたい話だが断らせてもらう」

「――――えっ!? 何でですか!?」

「今は会うべきじゃない。そう思ったからだ」


 俺がもしも琴音と復縁するために戻ってきたなんて知られたら父親からの魔の手が襲いかかってくるかもしれない。


 最悪の場合、琴音の自由が奪われることもあるだろう。

 故に、相馬の提案を受けることはできなかった。


「……せっかく恋のキューピットとして役割を果たそうと思ったのに」

「そんな風に残念ぶるな。お前の優しい提案はありがたかったからさ。また頼むよ」

「……わかりました!」


 俺は嬉しそうに微笑む相馬から視線を外し、椅子の背もたれによりかかる。少しの虚しさが胸を駆け巡る中、バスはぐんぐんと目的地へと進んでいくのだった。



 エスガバレー埼玉は今年J3に昇格するとみられている。その理由は、今年度からオーナーとしてチームマネジメントを果たすことになった初音友恵の手腕だ。JFLの主力選手たちに対して運営する仕事の働き口と選手としての給料双方を与える。それにより選手たちがアルバイトや他の業務に当たって練習がおろそかになることや体調管理が難しくなるという問題を見事に解消して見せた。


 潤沢な資金を活用したクラブハウスは優秀な選手に無償利用させる仕組みになっており、チーム内で結果を残せば残すほど様々な物を手にできるという競争社会をクラブ内で生み出すことに成功している。


 また、昨年度課題だった得点力を改善するためにヴィレッジ群馬でプレーしていた荒畑宗平選手を今季加入させている。未だプレーをしている記録はないが、試合出場時にどのような結果を残すかも気になる点である。


 選手育成が難しくなりがちなJFLの環境に現れた怪物はどのように日本サッカー界を変革していくか、楽しみなばかりである。

 

【スポーツジャーナリスト 松井芳江】


 以前見た記事を思い返しながら薄ピングとグレーのコンクリートで舗装された道を歩く。両端に木々が生えているため、暑さはそれほど感じなかった。


「設備、どんな感じだろう?」

「多分小規模なんじゃない? 体育館みたいな感じとか」

「ありそうだなぁ……スキンケアとか心配……」


 後ろからそんな不安が上がっている中、宿泊予定の選手寮に到着する。

 斉京ビルダーズFC時代に全国大会で宿泊した時のホテルと同程度の見た目がある建物だった。中々だなと思っていると、部員たちも同じように考えていたらしい。


「ようこそ、二子石サッカー部の皆さん」


 嬉しそうな声を出す部員たちを横目に目の前の人物に視線を移す。

 初音さんの部下と思われる女性が立っていた。


「これから、皆様に宿泊いただくエスガバレー埼玉選手寮の説明をいたします。私についてきてくださいませ。ささ、どうぞ」


 女性はガラス扉を開けて俺たちを寮内に入れてくれた。寮の中は広々としており、設備も整っているようだ。ここで過ごせるなら、それなりに疲れも取れるだろう。そんなことを考えていた時だ。


 電話がかかってきた。携帯を取り出すとそこには初音友恵と書かれている。

 何事だと思いながら俺は電話に出た。


「やぁ、豆芝君。無事に寮内へ到着できたようだね。それでなんだけどね。私も事前に伝えておくのを忘れていたことがあったんだ」

「忘れていたこと……?」

「それがね。今回の合宿は男子寮と女子寮で分ける予定なのさ」

「……は!?」

「いやぁ、申し訳ない。業務が忙しくて情報がぬけてしまったんだ。マップのほうは送ったから、急いで男子寮の方へ向かってくれたまえ。それじゃ」


 ツーツーと音が切れた。


 俺は深くため息をついてから――天井を見上げた。

 

(理不尽すぎやしませんか、初音さん)


 そんな風に俺は思うのだった。

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