第52話 佐久高校戦 ③

 二子石高校のキックオフで始まった後半戦は南沢の強烈なシュートで火蓋を切ることになった。ペナルティエリア外で胸トラップした南沢がそのままの流れでボレーシュートを放ったのだ。ぐわんと音を鳴らしたシュートはGKの手を弾きゴールネットを揺らすかに思われたが、運悪く外れてしまった。


「があああああああああああ! くそぉっ!!!」

「ドンマイドンマイ、切り替えていけ!」

「……あぁ、そうじゃの!」


 悔しがる南沢に対し竜馬は冷静さを取り戻せと諭す。

 それと同時に竜馬はコーナーキックを蹴るために向かっていく。


(竜馬はさすがだな。リーダーシップという面で見れば桜木・相馬に並ぶかもしれん。実力さえつけば、うちのチームでは重要な核になるだろう)


 ターンオーバーしたことで彼女の強みがより際立つなと感じていると竜馬が素早くリスタートした。身長の高い南沢へピンポイントに届くボールを見た俺が「すげぇなおい」と感嘆の声を漏らす中、相手GKがパンチングでかきだす。


 相手GKがバランスを崩し地面に倒れる中、南沢はバックステップで衝突を見事に回避して見せた。


 あわや怪我につながる状況を回避したことに安堵しているとセカンドボールを志保が回収する。これにより、波状攻撃が実現した。志保はペナルティエリア内が混んでいる状態だと判断し、右サイドから走りこんでいる半田へパスを出す。


 半田は右足でトラップした後、周りを確認する。トラップした後に首を振っておくのはプレー速度が落ちる原因になる。予想通り、彼女は死角から入ってきた左SBにボールを奪われてしまった。


 前線に上がっていたことで守備が手薄になる中、佐久高校の選手たちが数をかけて攻めてくる。CB三枚、ボランチ二枚、左サイド一枚の計六枚体制だが、サイド攻撃に対して避ける人員がいないため、あっという間にペナルティエリア前までこられてしまった。


(声を出して伝えるか……? いや、一旦やめておくか)


 一瞬だけ声を出して状況判断をさせる様にしようと考えたが全国などのデカい舞台ではベンチからの声なんて通るわけがない。それに俺からの指示だけを聞いて動く選手になってしまえば自ら考えて動くという理念から外れてしまう。


 ここは心を鬼にして状況を見ようと考えていると、月桃がプレスに向かう。


(ボランチの仕事を志保に任せて自分がプレスをしに行こうと考えたのか。内側を開けるのはあまり良い判断とはいいがたいが今回は彼女の判断を尊重して見守るか)


 そんな風に思っていると、一瞬で雌雄が決した。

 月桃がワンサイドカットで足を出すと同時に相手FWがダブルタッチで抜き去ったのだ。これによりボランチの枚数が一枚足らない状況を生み出されてしまった。


 そのままの勢いで、相手FWがミドルシュートを放つ。


 ペナルティエリア外から放たれたグラウンダー性のシュートはゴール右隅を脅かそうとする。それに対し、少し反応の遅れた栗林が右手でパンチング。


 何とかシュートをかき出すことに成功した。


(パンチングじゃなくてキャッチしてほしかったが、まぁ仕方がないか)


 俺が考えていると、守備陣が互いに声を掛け合いセンタリングを警戒する。

 その矢先、ハイボールが蹴りこまれた。


 二子石守備陣が固めていた箇所に蹴りこまれたボールへ真っ先に反応したのは相手のFWだ。


 ヘディングシュートがゴールネットへ吸い込まれそうになる。


 それに対し、GKに入っていた栗林ががっちりとシュートを止めた。


 栗林はすぐにスローイングで右サイドに入っていた半田へ渡す。


 半田は俺が先ほど伝えたとおり、あいているサイドを一人で駆け上がっていった。それに対し、相手のサイドバックが吊りだされる。後ろにパスを出して遅延させると考えているためか、速度勝負には向かない体勢で対峙している。


「竜馬さん!」


 それに対し、半田はトップ下に入っている竜馬へパスを出した。

 同時にサイドを駆ける彼女を視認した竜馬はダイレクトでサイドのスペースへパスを出す。相手サイドバックを抜き去り有利な条件を生み出した半田はエリア内を視認してから後ろにパスを出す。


 半田のパスを受け取ったのは、後衛から走りこんでいた月桃だ。

 彼女はパスを貰ってからすぐにシュートモーションへいこうする。キック力のない彼女がシュートを放つには、ダイレクトでボールを打ち抜くしかないのだろう。


(決めろ、月桃!)


 俺が願う中、月桃が鋭く足を振りぬいた。インフロントで蹴られたシュートは鋭い右回転がかかり弧を描く。


 柔らかく落ちていくボールは相手選手の頭上を通り越した後――


 ゴールネットへ、吸い込まれていった。


「は……入った……?」


 月桃が目を点にしている中、周りの選手たちが喜びを爆発させて彼女の周りに駆け寄っていく。それを見て初めて自分が結果を残せたと理解した彼女は全身全霊で感情を爆発させるのだった。



 時間は流れ、試合終了後。


 今回の佐久高校との練習試合は2-0というスコアで勝利する事が出来た。

 懸念していた日高への連絡も問題ない結果に俺が胸をなでおろしていると、月桃と半田が声をかけてくる。


 二人とも今日の試合を通してそれなりに自信を手にすることが出来たようだ。俺は二人に今日の試合を見ていた総括を軽く伝えてから、帰路に就く準備を整えた。


(直近の試合を経て、主力・控え組共に自信をそれなりにつけた。次は合宿に向けた試合準備だ。今回戦うチームは山岳高校含め俺たちのチームが格上として考えられる相手ばかり。今日みたいに事前情報を仕入れなくても勝てるほど余裕があるってのは考え難いだろう)


 俺はそんな風に総括しながら合宿似て戦う相手チームとの試合で想定するスタメン構築を脳内で行うのだった。

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