第三章

第48話 合宿での対戦相手

  琴音を帰宅させてから数時間たった後、俺は相馬と少しだけ追加練習を行い自宅へ帰ろうとしていた。練習したことでアドレナリンが出ていることもあるが、それ以上に琴音と出会えたことが大きかった。


(琴音と会えてよかったな。復讐するべき相手が父親に絞り込めたし、これでやっとサッカーに没頭できる。もし優勝したら……琴音と復縁できるかもしれないな)


 そんな夢を持ちながら、俺はマンションの部屋に入る。手洗いうがいシャワーを順々に済ませてから、Mr.Jに状況を軽く報告した。


 Mr.Jがどんな人物かを断定することはできないが、少なくとも斉京に恨みを持っているのは確実だ。それを考えたら、下手に情報を共有せずに琴音へ危害を加えさせるよりこちらから情報を取捨選択しながら送るほうが賢明だ。


 件名に"MameBoy"と記述してからある程度まとめたメールを送る。斉京学園に入学してきた留学生がいたかなどの情報も組み込んだため、怪しまれてしまう様なことは発生しないとみてよいだろう。


「はぁ……いやぁ、マジで嬉しいなぁ」


 俺は自室で小躍りしながら興奮を抑えようと努力していた。

 けれど、やっぱだめだ。抑えきれねぇ。


「マジで部内で興奮を出さないようにしねぇとな。惚気が広まったら嫌な予感がする」


 一瞬で噂が広まりかねん。いやもうすでに相馬経由で広まっている可能性もあるが、下手に恋人がいるとかバレたりしたら桜木あたりに影響が出そうで怖い。


 いや、プレーというわけではなく精神的にというわけだ。

 最近は暴力が止まっているが、あれが再発したらと思うと恐ろしいのである。


「色々と懸念事項が多いな……マジでどうしようかな」


 俺がそんな風に考えを巡らせていると、テーブルに置いていた携帯が音を鳴らす。着信主は、エスガバレー埼玉オーナーの初音さんからだ。


「もしもし、豆芝です」

「豆芝君。三十分前に送った資料を見てくれないかな? それじゃあね」


 淡々と指示を伝えられた後、ツーツーと音が鳴る。

 あの人は本当に準完璧主義者らしい。


「もう少し愛嬌が良いと思うんだけどなぁ……あれじゃ鬼上司だよ……しかも、琴音っぽい感じで注意してくるのもちょっと似てるしな……はぁ、やるかぁ……」


 ぼやきながら資料を見る。

 資料には合宿で戦う相手チームの情報が網羅的に記載されていた。


「なるほど、対戦相手は沢江蕨高校、山岳高校、緑丘高校、そしてエスガバレー埼玉のチームね。沢江蕨高校は確か、荒畑さんがコーチしているチームだから胸を借りる気持ちで行くか。山岳は、Mr.J経由で教えてもらったんかな。山岳高校の須王はそれなりにプレーが上手いし、予選でも戦う可能性は十分ある。前哨戦を考えて戦う想定が出来そうだ。緑丘高校ってのは……どこだここ? 初めて聞くな。まっいいや。とりあえず沢江蕨高校のチーム分析をするか」


 俺は資料に記載されていた動画リンクを踏み映像を再生する。映像内には選手たちのプレー映像が流れていた。フォーメーションは3-6-1とウィングの運動量が比較的多くなる形式である。


「左のボランチはそれなりに上手いな。一年生だってのに安定感があるのは中々良い素材といえるんじゃねぇかな。ただ、FWやトップ下に決定力はねぇな。まぁ、強豪ではないだろうから当然っちゃ当然か。よし、次へ行こう」


 沢江蕨高校はそこまで警戒するほどではないなと思いつつ、次の内容を見る。次の映像は須王がいる山岳高校の映像だ。


「右サイドで縦横無尽に動いてチームに貢献する須王はやはり厄介な選手だな。森川辺りと速度勝負させたら勝てる可能性はあるが、奴の方が更に強くなっている可能性もある。それを考えたら一概に勝てるとは言えないな。だが、現在の右サイド頼りの戦術だとチームとして勝ち切ることは難しくなる。強豪に近づくほどチーム研究がされるはずだから、左サイド・中央強化はさらに必須だろうな」


 それを考えつつ、俺は山岳戦での課題を自分なりにスマホのメモ帳へ記録した。


「さて、次は緑丘高校か。どんな奴がいるんだ?」


 俺はそんなことを思いながら映像を再生する。


「……は? やばすぎだろこいつ」


 俺が目にしたのは、背丈百八十の選手が相手をタックルで吹き飛ばす光景だった。ピンボールの様に吹き飛ばされた相手が転がる中、そいつは腕を組みながら高笑いしていたのだ。


「……なんだこいつ、本当にサッカーなのか? 相撲じゃねぇよな?」


 俺はそういいたくなるほど凶悪プレーをし続けるそいつに目を奪われていた。だが本当に気を付けるべき相手はそんな選手ではないと理解する。


「……緑丘のCB、チームコントロールが上手いな。裏抜けしたいって思う相手FWをことごとくオフサイドトラップに嵌めてやがる。しかも、ディフェンス陣が釣りだされてもすぐにスペースをつぶすように味方に指示を出せる。うん、上手いな」


 激しいタックルなどの力強いプレーが多いボランチと異なり、目立ちにくいCB。それでありながら、ちゃんとチームをコントロールする舵取り役をしっかりと担っている。それでいながら、一対一もちゃんと役割をこなしているのだ。


 なんでこんな選手が強豪校に行かないのか不思議だと言いたくなるほどである。


「……まっ、世の中不思議なこともあるってことかぁ。まっいいや。そろそろこちらも試合に備えて練習試合を組むとするか」


 俺はMr.Jへ練習試合の相手を見繕ってほしいと連絡してから夜飯を食って就寝準備を済ませた。


「あっ、Mr.Jから連絡来たか。何々……相手は近場の佐久高校女子サッカー部、強さは山岳高校より少し下ぐらい……ふんふん、なるほどね」


 相手は佐久高校っていうチームらしい。少し劣るらしいが勝利して臨みたいこちらからすればちょうどよいってやつだ。


 俺はそんなことを思いながらMr.Jに日程などを伝えた。


「よし、そろそろ寝るか……」


 俺はそんなことを言いながら機器の電源を切ろうとする。

 その前に、Mr.Jから一つの連絡があった。


「……マジか、琴音の言っていたことはガチだったんかよ」


 そこに表示されていたのは、インテルーズから斉京学園へ入学したFWだった。

 直近の試合映像は確認できていないものの、制服を着て通っている姿が学内SNSに回っていたらしい。ファンクラブもできているらしく、人気者のようだ。


 ……少しだけ、嫉妬しそうになった。


(いやいやいやいや! 俺には、琴音がいるから!! うん!!!)


 俺は一瞬だけ生した憎しみが琴音への裏切りになると思い、すぐさま自分の頬を殴る。じんと痛みが生じた後、俺はMr.Jに調査ありがとうとメッセージを返した。


「よし、これでもう本当に終わりだな」


 俺は一通りやることを確認した後、眠るのだった。

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