第44話 あの日の真実 ①
「……完敗、だね」
琴音は軽く頭を下げ、小さな言葉をもらした。
「豆芝に負けるかもしれないってのは思っていたけど相馬さんに止められるとは全く考えていなかったから驚いたよ」
「あぁ、それは俺も考えていたわ」
「えっ、えぇっ!? 豆芝さんもそんなことを思っていたんですか!? 酷いですよぉ~~!」
相馬は頬をぷっくり膨らませながら俺に詰め寄ってきた。
「こんなに真面目でスタイルもよいのに、負けるって思っていたんですか!?」
「スタイルがいいとかは置いといて……まぁ、うん。負けると思ってた。相馬が以前まで見せていたプレーは、激しい接触を避けるみたいなプレーが多かったからな」
「まぁ、確かに……僕自身怪我するのが怖いので、接触は避けますけど……」
「え、そうだったのか?」
「はい。下手に勝負して怪我したら勿体ないじゃないですか。だから、体をぶつけるプレーは極力避けていたんですよ」
なるほど、通りで球離れが良いわけか。
「でも……今日のプレーで分かりました。怪我するようなことを恐れていたら、琴音さんみたいな強い人には勝てないって。だから……もっと体を鍛えなきゃって。自分なりに、思ったりしました」
「……負けた私が、強い?」
相馬の言葉を聞いた琴音は不思議そうに首をかしげる。
「強いわけがないよ。だって、勝つことにしか価値はないんだから」
「……そうですかね? 負けからだって、学べることはたくさんありますよ。現に、僕は負けた経験を糧に琴音さんから勝ち星を手にすることが出来たじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
琴音は言いよどむ素振りを見せながら困り眉になっていた。
同じ斉京という環境で生きてきた俺は、琴音が困惑する理由を理解できた。
一つ、昔話をしよう。
斉京は昔から、試合結果の情報でしかものを見ないと俺たちに伝えていた。
努力とか根性とか、目に見えないものではなく、あくまで結果であると。
結果を残せば、チャンスを得られると。
そう聞かされて、厳しい練習に取り組まされ続けてきた。
結果を見るサッカーというのは、確かに正しい。
得点とかアシストとか、パス成功率とかセーブ率とか。
そういう、視覚的に理解が出来る情報で評価をすれば、良いチームを作れるのは確実だろう。
だけれど――現実はそんなうまくいかない。
言葉として聞くなら心地はいいが、残念ながら指導者も人間だ。当然、実力が高いやつよりもお気に入りの選手を起用するみたいなことだって発生する。
二軍から一軍への昇格戦に出場できないみたいなこともざらなのだ。
そんな理不尽を小学生や中学生時代にくらえば、どんな人間だって歪むだろう。
(斉京学園の二軍とかはもっと地獄だろうな。年間二百万円って大金を払ってプロにでもなれなければ、三年間で約六百万円をドブに捨てたことになるんだから。結果を残さないと価値がないっていう意味が、より重くなるんだろう)
「……やっぱり、負けた私には価値が――」
「価値なんて、誰が決めるんですか?」
琴音の悲観的な言葉を、相馬のまっすぐとした言葉が搔き消した。
「結果とか、顛末とか、そんなものの価値って……結局、自分で決めるものじゃないですか。それに、たった一度負けたぐらいで価値がないって言われたら、私なんて、もう百回以上やらかしてますよ。一学期でテスト五個赤点取ったこともありましたしカツラの校長像をスッ転んでズラの部分だけ破壊したこともありますよ」
「……おいおいおい、お前結構やらかしてるな」
「でへへへへへっ。褒めても何も出ませんよぉ~~」
「じゃかましい、褒め取らんわ」
笑いながらこっちを指をツンツンしてくる相馬に辛辣なツッコミを入れていると、琴音が少し目をつぶり呼吸を整えてから目を開く。
「……相馬さん、だっけ」
「はい、相馬です」
「……ありがとうね。あなたと話してたら、少しだけ負けた自分を許せた気がした。それと……一戦目、あなたのプレーに対してコメントを言わなくてごめんなさい」
「えっ……!? あっ、いやいやいや、別にいいですよぉ~~褒めてもらわなくてぇ~~ふへっ、ふへへっ……だはっはっ!」
「おいおいおい、笑い方壊れてきてんぞ、どぅどぅ、どぅどぅ」
俺は相馬に少し感謝をしつつ、奴をなだめるのだった。
そうして、七分程度時間が経過した頃。
俺は琴音からあの日の真実について聞くことにした。
そのためには、相馬がいてもらうと少しばかり困ってしまう。
「……相馬。少しの間だけ、体育館にいてもらっていいか?」
「体育館ですか……あっ、なるほどぉ……それじゃ、ごゆっくり!」
「違うからな! 絶対に、違うからな!!」
「はいはいはい~~わかってますよ、僕だって恋愛つよつよですから! それじゃ、頑張ってくださいね!」
「馬鹿ッ! ちげぇよ馬鹿がッ!」
あぁ、これは明日になったら変な噂が部内に広まるだろうな。
「止めなくて、大丈夫そう? もしよかったら、さっき連絡先を交換した相馬さんに私から連絡しておこうか?」
「えっ、もう連絡先交換したのか?!」
「うん。電話番号だけだけどね」
「……あの、貰う事とかは」
「それは出来ないな。今から聞いてもらう話でそれが分かると思うよ」
琴音は高ぶる俺の心を少し落ち着かせてから、話し始めた。
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