第45話 あの日の真実 ②

「まず、結論から言うわ。豆芝が斉京学園の推薦を貰えなくなったのは、私が貴方を入学させたくなかったたからよ」

「……は?」

 

 俺が目を丸くすると同時に、彼女の肩が小さく震える。泣きたいのは、悔しいのはこっちだよと昔の俺なら言葉を口にしていたのだろう。


「……いや。あぁ、そうか。そうなんだな」

「……怒らないのね」

「怒ったところで、意味がないってのはそれなりに理解しているからな」

「フフッ……私の知らないところで、ちゃんと大人として成長しているのね。一旦、昔の話に花をさかせるのは後回しにして続きを言うわね」


 琴音は自身の両頬をペチペチと叩き語るための決意を固める素振りを見せる。

 そして、俺の顔を真剣な表情で見つめながら話し始めた。


「あれは、あなたと付き合い始めてから一月が経過した頃だった。私はお父さんから部屋に呼び出されたの」



(琴音SIDE)


 豆芝と付き合い始めて二月たった、ある日の夜。


「失礼いたします」


 商談に用いる会議室の扉を軽くノックしてから入室した。部屋には姿勢正しく椅子に座り続けている父の姿があった。


「来たか、琴音。そこの席に座れ」

「かしこまりました、お父様」


 琴音は父の指示に従い、黒革の椅子に腰かける。


「それで、お父様。話とは?」

「うむ。ずばりお前の進路についてだ」


 父は商談用の机に置いたお茶を一口飲んでから元の位置に戻す。


「お前は将来、私の仕事を継いでもらう必要がある。それを果たすために、お前には様々な教育を施してきたのだ」

「わかっております、お父様。お父様の仕事がこなせるよう、与えていただいた物事に対して誠心誠意取り組んできました」

「話は聞いておるよ。斉京ビルダーズFCの方でも一軍として結果を残してきたそうじゃないか。我が娘として、誇りに思っているよ」

「いえいえ。これもお父様が私に教育を施してくださった賜物ですよ」


 父と娘、本来ならばもう少し言葉遣いも柔らかくなるような関係性。

 だが、この二人には柔らかさなど存在していない。生まれたときからずっと、彼女は勝利する以外価値がないという場所で戦い続けた。


 全ては、完璧主義者である父が作り上げた富を破壊しないように。

 一人ですべてをこなせる人間になれるように。

 彼女は、ずっと独りきりで戦い続けてきたのだ。


「話を戻そう。琴音、今後の将来を考えるうえで私は高校進学が相当重要だと思っている。高校で生み出される交友関係は、大学で生まれるものよりもさらに強くなることが多い。いつか仕事を幅広くする際、高校でより良い交友関係を持っておけば琴音の役に立つだろう。だからこそ、事前に教えてほしいのだ。どこの学校に通うか」

「……お父様。そんなこと言われなくても決まっていますわ。私は、斉京学園の一般入試枠で見事入学して見せますわ」

「……ほぅ、一般で受けるのか。ははは! それは良いな! 娘のお前が主席を取ったりすれば、ワシも鼻が高い。是非とも受けたまえ!」


 ――どうせこの選択肢しかないと、琴音は理解していた。

 

 完璧主義者である彼女の父は、推薦権を決して与えない。推薦入学などさせたものなら、どれだけ実績を残していたとて批判の的になると考えていたからだ。それ故に彼女は一般入試で合格、ひいては主席を獲得してみせると進言したわけだ。


「……頑張ります、お父様。それで、一点ご質問してもいいですか?」

「おぉ、なんだ」

「……男子サッカー部の方の推薦枠について確認させてください」

「おぉ、そんなことか。いいぞ」

「ありがとうございます、お父様」


 琴音が頭を下げると同時に、父は黙って席を立つ。会議室を後にしてから数分後に資料の入ったバインダーを手にしてやってきた。


「これが各メンバーの資料だ」

「ありがとうございます。確認いたします」


 琴音は父から手渡されたバインダーを両手で手にした後、中身を確認する。

 その中に入っていたのは、二人の選手だった。


 一人はユースでスタメンを張っていた経験を持つ百九十の背丈を持つGK。

 ハイボール処理と鋭いコーチングによるビルドアップに長けた選手らしい。

 ペナルティエリアでのシュートストップ率も約八割と、非常に高い。


 もう一人は長距離マラソンで培った体力と恵まれた体躯を持った百八十のDFだ。

 ガタイを活かし長身FWとの競り合いに何度も勝利しており、コーナーキック時はチャンスを生かして得点を創出するなど、攻守ともに貢献している。


「なるほど、GKとDFは目星をつけたんですね。他メンバーは神門とかですか?」

「神門君か、確かに良い選手ではあるが……彼は確実に入学するだろう。わざわざ、枠を使ってまで呼び寄せる必要があるのかい?」

「お父様のおっしゃられるとおりですわね」


 琴音は少しだけそわそわとするそぶりを見せつつ資料を戻す。


「おい、琴音。何か言いたいことがあるなら教えてくれ」


 それに対し、父は鋭い視線を向けながらそのように問いかけてきた。


「……お父様。実を言うと、豆芝に推薦を与えてみてほしいのです」

「豆芝……あぁ、斉京ビルダーズFCの得点王か。彼には確かに得点を取る才能はあるが……ガタイという面で見たら少しだけ厳しくないかい?」

「お父様のおっしゃることは確かに正しいですわ。最近の代表FWはポストプレーに対処できるフィジカルとコーナーキックにも対応できる高さが求められますわね」

「そう、その通りだ。日本で必要なのは前線で裏抜けする選手より体を張れる選手。それを考えたら、彼を取ったところで代表に選ばれる線は薄いだろう。現に、豆芝君は代表選手として選ばれていなかったはずだ」


 琴音は少しだけ言葉を言いよどんだ。

 父の言うことはもっともだった。


 琴音の父親が選択してきた選手は将来日の丸を背負える選手ばかりだ。


 例えばGKなら背丈とコーチング、そしてシュートストップ率の高さ。

 DFならコーナーキックでの対処と重要所での得点力、そして個の強さ。

 

 二人ともに、斉京メソッドを浸透させれば世界とも戦える逸材になるだろう。

 それに対し、豆芝はどうだろうか。


 得点力はあるが、世界と戦える体の強さがない。

 得点力があってもファウルで潰される線の細さではチャンスを失うだけだ。

 それを考えたら、今の日本代表が彼を招集する可能性は限りなく低いだろう。


 でも、それでも。琴音は曲げることが出来なかった。

 それは、たった一人でも這い上がろうとする豆芝の姿勢に親近感を覚えたからだ。自分もたった一人、悩みを相談できる人間なんていない状態。

 

 それでも、目的を果たすために愚直に頑張り続けなければいけない。

 そんな状況が、自然と彼と重なったのだ。


 だからこそ――琴音は思った。

 彼には、推薦を貰って自分と同じ道へ進んでほしいと。


 琴音は父に懇願した。


「お願いしますっ……! 彼を、豆芝を! 推薦してください!」

「……珍しいな、琴音。お前が意地を張るなんて。そんなに彼氏が好きなのか?」

「……え!?」


 琴音は少し顔を赤らめながら動揺した。

 父に対して一度も豆芝と付き合っているとは言っていないからだ。


「安心せい。お前が誰と付き合おうとワシは別に構わん。お前が将来、斉京グループを引き継げる人間になれるならどんな交友関係を持っていてもよい。だが、一つだけ聞かせてほしい。なぜ彼を取ったほうが良い?」

「……豆芝には誰よりもサッカーを愚直に学ぶ姿勢があります。そして得点力だけではなくユーティリティに高い貢献が出来るという強みもあります。自分で考えてそのチームに沿った動きが出来るというのは、他の選手にはない彼独自の強みです」

「ふむ……確かに日本人としては珍しいタイプだな。日本人はルールが原則化されないと、自ら考えて動くことはしない。それを考えたら、ユーティリティーに貢献できるという面ではかなり有用だ。交代権を使い切ったとき、ピッチ上の第二監督としてふるまうことが出来るかもしれないな……よし、採用しよう」


 それを聞いた琴音は目を星の様に輝かせる。


「ほ、ほんと!? ほんとなの、お父様!?」

「お、おぉ。驚いたな。感情が剥き出しじゃないか」

「あ、あっ……失礼しました」

「別に大丈夫だ、琴音。お前の熱意も伝わったしな。是非とも推薦を出すとしよう。ただ、条件がある。今日から一月の間、お前たちを監視させてもらう。もし、豆芝君に素行不良などの面が見られたら解雇するからな」


「……! ありがとうございます!」


 琴音は威勢良くお礼を伝えるのだった。

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