第42話 相馬の強み

(……やっぱ、琴音は上手いな。キックフェイントを用いた股抜きは思いつく選手が多々いそうだが、あそこまで高精度にできるのは彼女の足元技術が高いからだろう)


 俺は彼女たちが繰り広げたワンオンワンの結果についてそのように評した。相馬のプレーは、俺と同じキック精度を琴音が保持していると予期したことからきているのだろう。


 判断としては一概に悪いとは言えないが股抜きをされないように足元の隙間を潰すという戦略が取れたのではないだろうか。それに、足元の動きが遅れるとしても腕を用いて進路を防ぎながらボールを奪いに向かう手段もあったはずだ。


(選手が怪我するのを避けたいから接触する練習は取り入れていないけど、入れるべきだろうか……)


 ベンチに座りながらそんな風に考えていると、ボールを持った琴音が俺の方へとやってくる。


「豆芝。次はあなたに勝つわ」


 琴音はびっと指をさしながら決意を込めた言葉を伝えてくる。

 よくもまぁ、ずいぶんと期待されているもんだなと俺は思った。


 きっと今の彼女は、俺を本気で叩き潰したいと思っているのだろう。

 いいだろう、ならばこっちも考えがある。


「……その前に、少しだけインターバルを挟まないか?」

「……は?」


 この提案を聞いた琴音は動揺した表情を見せる。


「何言ってるのよ、そのまま連続で勝負するんじゃないの?」

「確かに二回連続勝負とは言っていたが、その間に休憩を挟まないとは言っていないだろ。こっちだって絶対に勝ちたいし、万全の方法でやりたいからな」

「……万全、か。わかったよ。何分ぐらいあけるの?」

「三分でいい。それだけあれば、こっちも十分だからな」

「……わかったわ。それじゃあ、勝負する気になったら呼んでね」


 琴音は軽くうなずいてからリフティングしてグラウンドの方へと戻っていった。俺がインターバルを取った理由は、二つある。


 一つは、戦術をどのようにするか。守備が二人いたとて、しっかり連動しなければ意味がない。故に、時間が欲しかった。


 もう一つは、相馬の様子だった。

 負けてももう一度挑もうとする彼女の姿ではなく、どこか陰鬱とした暗さを感じさせる姿で立っていたからだ。


 相馬の様子が明らかに違うと理解していた俺は、最低限状況把握をするために時間を作ろうと思ったわけである。


「相馬、大丈夫か?」


 俺は相馬が使っていた水筒を渡し、ここまで歩いてくる負担を減らした。弱弱しい声でお礼を伝えてから、水を少し飲む。はぁ、と一息ついてから彼女はぽつり呟く。


「豆芝さん……僕、許せません」

「許せないって、何が?」


 俺がそう問うと相馬が顔を上げる。

 険しい表情を浮かべながら拳を握り締める彼女の様子から察するに琴音と何かがあったのだろうか。いや、琴音の性格から察するに悪口は言わないはずだ。


「あの人……僕のプレーについて何にも言及しなかったんです! それがそれがっ、とてもくやしいんですっ!!」


 全身を小刻みに震わせながら悔しさを露にする彼女の眼には、怒りが宿っている。

俺は少しばかり驚いた。相馬は落ち着いたプレーをすることが持ち味だったため、こうやって負の感情を表に出すことが滅多に無かったからだ。


「須王さんも、水越君も、みんな嫌な人ではあったけど、僕のプレーに関して最低限の関心は向けてくれた。けど、琴音さんは僕のプレーに対して一言感想を告げる所かまるでいないものとして扱うように、豆芝さんへすぐに注目を映したんです。それが僕は、とてもとっっても! 悔しかったんですっ!!」


 相馬は眉間にしわを寄せながら怒声を響かせる。

 相馬ははぁ、はぁと息を少し整えてから、俺に頭を下げる。


「……すみません、ちょっと感情が高ぶっちゃいました」

「いいよいいよ。むしろお前が闘志むき出しなのを見れて嬉しく思ったよ」

「うれしい、ですか……?」

「あぁ、そうさ。強者と当たっても決して折れたり悲観せずに真っすぐ向かう。その姿勢は、チームに勢いを与えるときに必ず貢献してくれているし、お前自身がさらに強くなる原動力に繋がると思うんだ」


 俺の言葉を聞いた相馬は水稲を膝上に置きながら俺の隣に座る。リフティングしている琴音を指さしながら俺に問いかけてきた。


「さっきのプレー、豆芝さんから見てどう見えました? あっ僕じゃなくて琴音さんの方です」

「琴音は姿勢がきれいだったな。姿勢がきれいだから相手がどんな対応をしてきてもすぐに加速できるし、相手が仕掛けてきてもすぐ対応できるボール配置をしている。正直、今のお前からしたら格上だ」


 その言葉を聞いた相馬は一瞬だけ目から怒りが消え、無力さを感じるような背筋になる。このままでは戦力にならない。そう考えた俺は、奴の言葉を事前に潰す。


「だが、絶対に勝てない相手ではない。お前は俺が見てきた中でトップクラスの個性を持っているからな。それさえ引き出せれば、十分に勝機はある」


 俺の言葉を聞いた相馬がびっくりした様子を見せた後、


「パスセンスとかじゃないんですかね? 後は……ルックス?」


 と拍子抜けすることを言う。

 絶壁の胸なくせによく言うよ。


「まぁ、前者はそうだが……他に理由がある。それはお前が努力できることだ」

「努力できること……?」

「あぁ、そうだ。お前は人よりも二倍、三倍、十倍以上、努力しようとし続ける精神を持っている。その諦めないという姿勢によってお前のプレーは試合中でもどんどん進化し続けることが出来る。そう思っているんだ。だからよ……次の一対二は、相手の胸を借りるという気持ちで今の全力をぶつけてみろ」

「えっ、でも……僕が抜かれたらすぐにペナルティエリアに……」

「大丈夫だ。次は俺が後ろ側に入る。お前が抜かれたとしても……絶対に、サポートしてやるよ」


 俺の言葉を聞いた相馬は、少しだけ背筋が伸びる。

 両目には、めらめらと燃える闘志がたぎっていた。


「さぁいくぞ、相馬。お前の真価を見せてみろ!」

「はいっ、豆芝さん!」


 俺は相馬に熱をたぎらせてから、ピッチへと向かうのだった。

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