第41話 屈辱的な勝負
互いに指定ポジションへ入った後、琴音がドリブルを開始する。
彼女の狙いは右サイドだった。右サイドからペナルティエリアに侵入すれば、一瞬で勝負をつけられるという判断からだ。
が、それを守備側が読まないわけがなかった。
相馬は一瞬にして相手の動きを予想し、右サイドを絞りながら半身を出す。これによりスピード勝負に持ち込むなら五分五分の勝負へ持っていけるようになった。
それに対し狙いが潰された琴音は速攻勝負から遅めの攻撃に切り替える。
ゆったりとしたドリブルをしつつ、時折仕掛けるフリをした。
シザースを挟み相手の重心を揺さぶったり、足裏でボールを引き浮かせようとする素振りを見せたりと。先ほどのプレーとは打って変わり、自分の足元でボールをこねることが増えている。
それでありながら琴音は相手の動きから目を離さない。
つまり、ノールックでやっているというわけだ。
ノールックで足技を行う事は、はっきり言ってリスクが高い。
足元からボールがこぼれた場合、ボールを探すために顔を動かす羽目になる。結果処理が遅れ、相手にチャンスボールをもたらす恐れがある。故に、足技を使う選手は相手の足元を捉えたとしても全身までを把握はしない。
が、それは愚策であるというほかない。
視野をわざわざ狭めれば、一人の選手を抜いたとしてもカバーに入った選手に気が付かず、簡単にボールを奪われる可能性があるからだ。デカい・速い・強いの三拍子が揃った外人選手の前でそれを行えば、一瞬でカウンターをくらう恐れだってある。
それ故に、上手い選手であればあるほど顔を上げた対応をする。顔を上げることで手にできる周辺情報を基に、チャンスメイクする機会を生み出すのだ。
「――!? ここからシュート!?」
相馬が声を出しながら目を丸くする。琴音がペナルティエリア外からシュート体勢に入ったのだ。ルール上ロングシュートが禁止されている今回ではあり得ない愚策。そうとしか言えないのに、相馬の記憶が必死に警鐘を鳴らす。
それは、桜木と豆芝が対戦した際に見せた抜群のボールコントロールだ。もし彼女が技術を持っていたとしたら、ゴールポストに当てて跳ね返ったところをペナルティエリアに侵入しダイレクトシュートを放ってくるかもしれない。
その経験によって、相馬の動きが一瞬だけ左による。相手の利き足でシュートを放たせないために左足を伸ばし、体を入れようとする。
ボランチを務める相馬の判断は通常時なら正しかった。
ミドルシュートがある選手のシュートコースを未然に防ぐことで、万が一の可能性すらも消す。それは選手としては当然で、ちゃんとした仕事をしていると言えた。
もし、彼女に落ち度があるとしたらたった一点。
自らの動きによって相手のチャンスを生み出してしまったことだ。
琴音の右足から放たれた蹴りが、ボールを柔らかく弾く。
微かにバックスピンのかかる低弾道のボールは相馬が足を出したことで生まれた股間を抜き、転々と転がっていった。
琴音の狙いは、シュートフェイクによる股抜きだった。ボールの勢いが殺されやすい芝生を活用した股抜きは、両足を付けた守備選手に一歩遅れを生じさせながら一気にペナルティエリアへ侵入するチャンスを生み出す。
彼女の蹴ったパス性のボールはペナルティエリアぎりぎりで勢いが減速する。琴音は勢いが殺されたボールを右のインサイドでコントロールした後、ペナルティエリアに侵入し無人のゴールネットを揺らした。
ピッチの特性と守備側の潜在意識を存分に活用したものだった。
相馬は相手の技術に凄さを覚えると同時に、悔しさを感じた。
が、すぐに切り替える。
勝負の勝ち負けに意味はない。重要なのは、強くなることだと。
それを自分なりに理解しているからだ。
相馬はボールを回収しに向かう琴音に対戦してくれたお礼を伝えようとした。
それに対し、琴音は――相馬を一瞥する素ぶりすら見せなかった。
彼女は相馬の横を素通りし、ボールを持ちながら豆芝を指さす。
「豆芝。次はあなたに勝つわ」
「…………え?」
豆芝の下へ向かっていく琴音を見ながら、相馬は動揺していた。
彼女にとって、自分を注目してこない状況は今まであり得なかったからだ。
特に最近は山岳の須王や冨士和FCの水越といったクズではあるがそれなりに誠意を持った人間を見てきた。ちゃんと理解しあえばプレーに関して褒めたり感想を言えたりする関係になれる、そういうのがあると彼女は思っていた。
しかし対戦した琴音は自分のプレーについて一切の総評もなく、コーチである豆芝へと意識を向けている。対戦した相手に敬意すら払わず、ただただ勝ったことを当然と言わんばかりの態度で過ごしている。それがどうしても、相馬には許せなかった。
彼女はひしひしと、燃える熱を胸の中でたぎらせる。
そんなことに気が付くのは、誰一人いなかったのだった。
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