第38話 例え別れても、つながりはある

 そんな風に言った琴音だが、少し考えるそぶりを見せてからジト目を見せる。

 

「どうした、琴音?」

「豆芝さ、さっきまで女の子といたでしょ」

「……へ?」

「私だって女だもの。それぐらいわかるよ」


 琴音は俺の眼前に端正な顔を寄せながら怖い顔をする。


「豆芝さ、女の子を待たせて私から聞こうってのは……あんまり紳士的じゃないと思うよ」

「ごめん、久々に琴音に会えたのが嬉しかったから……」


 俺は本心を琴音に伝えた。

 俺にとって彼女は今もずっと初恋の人で、今も大好きな人なのだ。そんな彼女から相思相愛の念を伝えられたら実質"プレイボーイ?"な俺も揺らぐに決まっていた。


「もう、バカ……でも良かった。元気そうで」


 琴音はつんけんどんな態度を一瞬だけ取ろうとしたが、最後の言葉に優しさが漏れ出している。彼女にとっても俺との日々はそこまで嫌なものではなかったようだ。


 だからこそやっぱり気になってしまう。

 俺と別れる理由となった斉京学園推薦取り消し事件の真相が。


「琴音。短くてもいいから真相だけでも教えてくれないか?」

「…………質問返しになっちゃうけど、もしそれを聞いたらあなたはどうするの?」

「別にどうもしないよ。お父さんに事情を伝えたところで斉京学園に入学できるわけでもないし、それに今の環境が気に入っているからね」

「今の環境……あぁ、二子石高校サッカー部コーチのことね」

「えっ!? なんでそれを知っているんだ!?」


 まさか神門が情報を漏らしたんじゃないよなと心配していると、琴音は俺の考えをさとり事前にその考えをつぶしてきた。


「安心して。偶然、神門とあなたの学校の生徒が話を聞いているのを盗み聞ぎしただけだから。だから、これは私が勝手に独断でやっていることよ。あなたがサッカー部でコーチしていることはお父さんにも誰にも言っていないわ。もし言っていたら……多分、察しがつくわよね?」

「まぁな……」


 俺は以前見た血だらけになったスカウトの写真を思い出す。


「じゃあ……琴音自身は俺をどうこうするって気はないんだな?」

「えぇ、そうよ。ただ一つ、今の段階で言えるとすれば――斉京学園へ通ってほしくなかったということね」

「なんでだ? なんで通ってほしくなかったんだ……?」

「……そろそろ堂々巡りになるわ。一旦グラウンドへ向かいましょう。折角来たし、あなたたちと勝負したいと思ったからね」

「勝負か……なるほど、その恰好ならできそうだな」

「フフッ、似合っているでしょ、昔のジャージ」


 琴音の服装は以前使用していた斉京ビルダーズFC時代の物だった。名前が隠れているが見た目がそれなりに決まっているためジャージとして使用しているのだろうと俺は思っていた。


「琴音。もし俺が勝負に勝ったら教えてもらってもいいか?」

「……そうね。そっちの方が道理が通っているからね。いいわよ、あなたが勝負に勝ったら教えてあげるわ」

「ほんとうか?」

「本当よ。サッカーで負けた腹いせに言わないほど私は幼くないわ」

「それもそうか」


 琴音は昔から真面目な人間だから、決めた物事は必ず成し遂げる。

 約束はちゃんと果たしてくれるだろう。そう思いながら俺はグラウンドに向かうための足を進める。


「そういえば、部員の皆さんには斉京ビルダーズFC出身だって伝えてるの?」

「いや、一回も伝えてないぞ。それやると自主性が無くなると思ったからな」

「自主的に学ぶ意欲のある人物ならどんな環境でもやるだろうけど、自主性があまりない受け身の人間だと相手が相当頭が良いということにあやかって努力を止めたりすることがあるかもしれないからね。納得できるわ」


 そんなやり取りを交わした後、琴音とたわいのない会話を交わした。

 琴音は斉京学園のメンバーとそれなりに良好な関係性を構築出来ているらしく、休日はごはんに行ったりショッピングに行ったりしているらしい。


 三か月もたっているから、それなりに学校にもなじんでいるのだろう。


「へぇ~~充実した日々送ってるな。まさに文武両道じゃないか」

「うへへっ、それほどでもぉ……ってあっ、グラウンド見えてきたよ」


 音が指さす先には既にグラウンドでアップを始めている相馬の姿があった。


「あの子は?」

「うちのチームの副キャプテン相馬だ。ボランチを務めてて体力とパス精度がかなり高い特徴を持っている。今日はあいつが頼んできた自主練習を協力するって感じさ」

「……変わったわね、豆芝。昔のあなたなら、自主練習なんて指導せずに休みの日だったら自分の練習ばっかりやっていたはずなのに」

「それじゃあ、あいつらを強くすることが出来ないからな」

「ふぅん……そぅなのぉ……?」


 俺の言葉に対し、琴音は疑り深い声を出した。


「何か、変なことでもあったか?」

「いやぁ、なんというかさ。女子サッカー部コーチとしてやるのって違和感があるなって感じたんだよね。あなたぐらいのレベルなら今からでも中堅校の指導者にでもなれるんじゃないかなって。何か理由とかあるの?」

「理由か……まぁ、強いて言うなら。あいつらがサッカーに対して真剣ってことかな」

「……なるほどね。豆芝が昔より成長した理由が少しだけわかった気がするよ」


 琴音は目を閉じながらふふっとほほ笑んだ。俺もつられて笑っていると、俺たちの存在に気が付いた相馬が両手を振ってぴょんぴょんと跳ね「おぉ~~い! こっちですぅ~~!!」と声を出した。


「わーってるよ、相馬!」


 俺はそんな風な言葉を言いながら階段をおりて行った。


「いやぁ、戻ってきてくれてよかったですよぉ。独りぼっちだと暇ですから」

「すまねぇな、相馬。アップとかはもう済んだか?」

「ストレッチを軽くやった後、グラウンドに足を慣れさせるためにアップしたって感じですね。で、一つ気になったんですけど……そちらの美人さんはどなたで?」

「あぁ、私か。私は彼の古い友人です。一緒にサッカーをやっていた友達ですよ」

「あっ、友達なんですか! てっきり豆芝さんの彼女さんかと思っていました! いやぁ、豆芝さんも意外にやりてかと思っていましたが、いやぁ~~失敬失敬!」


 相馬は右手を後頭部に当てて擦りながらへらへらと笑っている。

 琴音が機転を利かせていなかったらいろいろ面倒くさいことになったかもしれないかと思うと、彼女には少しだけ感謝してしまう。


 そんなことを感じていると、琴音が口を開く。


「相馬さん、だっけ。今日は折角だからあなたの練習に私も付き合わせて貰っていいかな?」

「えっ、豆芝さんのご友人さんからご指導いただけるんですか!? いやぁ、ありがたい限りですよ! えぇ、えぇえぇ! ぜひお願いします!!」


 相馬は琴音のことをあっさりと受け入れた。

 こうしてとんとん拍子で、三人の練習が決まったのだった。

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