第39話 さらに強くなった少女
体を動かす前のストレッチや軽い走り込みを終えた俺たちは、ボールを用いた練習を開始した。最初はショートパス、その後は少し距離をあけたロングパス練習という流れで淡々と進めていく。
相馬に関してはいつも通りのトラップをしていた。やはりボランチとして必要なボールを落ち着かせる能力は突出しているといえるだろう。
そして彼女は、俺の依頼通り琴音へ少し厳しめのパスを出していた。
琴音の実力を見極めときたいと思っていたため、彼女に難しいパスを出せと言っておいたのだ。その依頼通りにこなす能力からもやはりうちのチームに必要な核であることは悠然と理解できる。
さて、問題の琴音はというと――
(……中学よりもさらに腕を上げてきてるな。斉京学園で友達と遊んだりしているって聞いたからなまってるかもしれないって少しだけ心配していたが、杞憂だったか)
彼女は女性特有の身体のしなやかさを活かし、ボールの勢いを殺しながらパスする際の箇所へ納める技術をマスターしていた。後ろからプレスがかかった場合に関しては不明だが、フリーの状態であれば十分チャンスメイク可能だろう。
(それなりの技術はあるってわけか。対戦する際の強度としては……まぁフィジカルのない神門ぐらいと思ったほうがいいだろうか)
あいつのフィジカルは高校一年生にして完成されきっている。高校三年まで成長するとなると将来は190cmはあるような化け物になるのではないだろうか。そんな風に考えると、少し寒気がする。
(まぁ、チビでも身長は伸びるかもしれないし……もしかしたら、志満先輩の頭を撫でられるぐらいにはなりたいなぁ……)
邪念を込めながらトラップした後、俺は二人を集めて次の練習を伝える。
「次は一対一をやろう。攻撃側と守備側をそれぞれ割り振る感じで、ゴールを決めたら攻撃側の勝ちってルール。余った人はパントキックで渡る感じでね」
俺はそんな練習を二人に伝えた。練習の目的は二つある。
一つは相馬の一対一の精度を向上させること。
そして、琴音の実力を今のうちに理解するためだ。
「なるほど、了解しました!」
「本当に分かっているのか、相馬?」
「わ、わかっていますとも! ひどいですねぇ~~そう思いませんか?」
「えぇ、豆芝。今のは女性に対してあまり好ましい接し方ではないわ。もっと、女性に対して紳士的になりなさい。いつかプロになって言葉一つ間違えて炎上したら本当に取り返しのつかないことになるわ。今のうちに気をつけなさい」
(……琴音のいうことは、結構正しいんだよな。プロになったとき言葉とか行動で炎上して干されたみたいな選手って結構な割合でいるし)
「わかったよ、琴音。気を付けるよ」
「え、えぇ!? あの豆芝さんが謝った!? いつもはベンチでふんぞり返って私達をびしばし厳しく指導しているあの豆芝さんが!?」
「……どういうこと、なの?」
「あぁ~~もう! もうやめよう!! 早く練習しよ!!」
俺はお茶らけた相馬によって生み出される地獄を何とか防いでから俺がパントキックする係を引き受ける。
琴音が攻め、相馬が守備についてから俺は早速蹴り上げて開始した。
後ろから相馬が激しくチェックにつく中、琴音は上手く足裏でボールの勢いを少し削る。が、後ろからの勢いが猛烈だったためかトラップしたボールは少し前へと転がった。
「いただきますっ!」
相馬が嬉々としてボールを刈り取りに行くが、琴音は低い体勢になりながら右手で相馬の胸辺りに腕を伸ばし進行を阻害、ボールを足元へおさめた。
それと同時に、琴音はボールに触っていない左足を芝の上で回転させ、体ごと反転させた。相手を上手くつり出してからターンを用いて躱したことで簡単に相馬を抜き去ったのだ。
琴音は抜き去ると同時にシュートモーションに入る。
昔のようなただただフォームがきれいなシュートというわけではなく蹴り足に体重をしっかりと乗せた二軸キックが行われていた。
体重の乗った足から放たれるシュートは女性選手とは思えないほどの勢いでゴールネットに突き刺さる。全国大会に出場する高校生レベルのゴールキーパーでも琴音のシュートを止めることは難しいだろうと思わせるほどだ。
(すげぇ……俺がマスターしていない二軸キック、そして体のしなやかさを活かした相手の釣りだし……昔よりも格段に成長している!)
俺は琴音を見ながら体をうずうずとさせた。
俺は昔から、強者と戦うことが大好きだ。
戦えば戦うほど、自らの糧にできるからである。
そして今、目の前にいる彼女は俺よりも高い攻撃センスを持っている。
一選手として、元恋愛関係として、決して――負けるわけにはいかない。
そう思ったのだった。
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