第37話 突然の再会
体力増強練習や足元向上練習を開始してから一月が経過した。
個々に差はあるが、今までよりも走る速度が上がったこと、最初と最後の速度差が減少していることがデータから見て取れる。成果が表れているようだ。
「特に二人が上がっているな」
ベンチに甘んじることの多い半田、月桃は全選手の中で上昇幅が大きい。
森川も足元の技術がそれなりに成長してきており、吸収速度が速いようだ。
控え選手が努力すればするほど、チームに競争が生まれる。競争が生まれれば選手の実力が向上し、戦術を高精度で浸透させることも可能になるだろう。
(良いサイクルに入っている。それは確実だな)
ちらりとカレンダーを見る。八月初旬に合宿を入れているため一月の間に総合力を向上させられるようにチームを鍛えていかなければならないだろう。
(気になってエスガバレー埼玉を調べたけど、今年のJFLでは成果が出ているようだしな。運が良ければJ3に昇格する可能性のあるチームの二軍と試合が出来るかもしれない。プロで戦う選手たちと試合が出来るのはチーム強化に激しく直結するな)
特に桜木や相馬といった実力の高い選手たちには大きな刺激になるだろう。チームの主軸となりうる二人の成長は、非常に大切だ。
そして、合宿の目的はもう一つある。
俺自身が選手として実力を伸ばすことだ。
これを実現するには、前線として勝てる力を伸ばす必要がある。
(俺が強くなるには……まず、この人から技術を聞くのが速そうだ)
俺はスマホ画面にとある映像を流す。
現在エスガバレー埼玉に所属している元Fリーグ得点王、
荒畑選手の特徴はファンタジスタ性とシュート技術にある。
一人で抜き去る足元や、スペースへ自由にパスを出せる足元の技術。
フィジカルにあまり突出していない選手が生き残る一つの最適解といえるほどの、足元技術は俺を見ほれさせた。
そして、俺がこの人の凄さを感じたものがある。
その技術は、抜群のシュートコントロールだ。フットサルということもありゴールはサッカーよりも小さい。ミドルシュートを放てばサッカーで言うところの宇宙開発に繋がってもおかしくない。
しかし、荒畑さんは必ずゴールに入る高さに収めているのだ。少し横にそれて外れることはあっても、高さを間違えない。絶妙な力加減を調整し、ボールにインパクトを与えられているのだ。
シュート枠内率は八割を超えているのではないかと俺は感じていた。
「改めて見てもすげぇな……だからこそ、不思議だ。なんでこの人を試合に起用せず高校サッカーのコーチにしているんだ?」
初音さんの言っていたことから察するに、この人がコーチなのは十中八九間違いなかった。だからこそ意味が分からないのだ。なんでこの選手を試合に起用しないのかが理解できないのだ。
俺みたいにやらかしたかと思い調べたが、ヴィレッジ群馬から解雇された時の通知では特に問題はなさそうに見えた。単純な実力で解雇するには、勿体ない選手だ。
まぁ、そんなことは置いといて。
とにもかくにも俺はこの人に指導を受けられる可能性が舞い降りたわけだ。
ゴールにぶち込む技術をさらに研ぎ澄ませば、将来は日本代表選手として返り咲く機会を貰えるかもしれない。
「いや、日本代表は取ってないんだけどな、ハハッ」
自分なりの自虐を挟みながらヘラヘラと笑い、動画を切る。すると、インターホンを鳴らす音が響いた。俺はまたかと思いつつ画面を確認する。
「豆芝さん、今日は練習に付き合ってもらえるんですよね?」
「あぁ、いいぞ。少し着替えてくるから、俺の部屋で待っててくれぇ~~」
「わかりました! 部屋の中でサッカー本を漁りますね!」
俺は手慣れた感じで相馬を部屋に招いた。他人が聞いたら九割方事案だと思うだろうが、安心してほしい。俺は相馬に自分の裸体を見せようと思っていないし相馬自身俺の裸には興味がない。奴の興味は、サッカーだけなのだ。
(というか、最近は桜木から連絡がねぇなぁ。練習、サボってないよな……?)
桜木が部員に対してわかりやすく説明を率先的に行ってくれるようになってから、彼女は俺に対して個人指導を求めなくなった。変に金銭的関係を持つみたいな感じでは無いからそれなりに健全にはなったが、少し心配なところはある。
俺は着替え終えてから、俺の部屋でボランチの本を読み漁っている相馬に聞く。
「なぁ、相馬。桜木って最近個人練習こないけど、理由知ってるか?」
「あれ、桜木から聞いてないんですか?」
「何にも聞いてないぞ」
「はぁん、なるほどぉ……桜木の奴、恥ずかしくてひよりましたね」
相馬は嬉しそうに声色を弾ませながらサッカー本を読みつつ答えを言う。
「桜木、最近半田さんや月桃さん、森川さんにサッカーを教えてるんですよ」
「えっ、そうなのか!?」
「はい。"私が師匠の負担を減らすために頑張らなきゃ!"とかみたいなことを言って無茶苦茶張り切っていましたよ。いやぁ、青春だなぁって私は思いましたよ」
「……それ、俺に伝えてよかったのか?」
「……あ。ま、まぁ、豆芝さんがばらさなきゃ問題ないですよぉ~~へへっ」
あ、こいつマジでやらかしたな。やべぇこっちゃ。
俺は相馬を見ながらそんな風に思った。
(もし桜木にバレたら、今度はこいつがボコボコにされるんだろう。いや、さすがにチームメイトに怪我をさせるようなド畜生ではないと思いたいが……)
そんなことを思いつつ、俺は相馬に「そろそろ練習しに向かおう」と声をかける。相馬は俺の言葉を聞くと同時に本をぱたんと閉じてから、棚にしまい立ち上がる。
「そうですね、行きましょう!!」
俺は相馬と共に練習するための場所へ向かった。
今日はグラウンドに予約が入っていないため、広々とした練習が可能だ。
「今日はどんな練習をしたいとかあるか?」
「そうですね……とりあえず、ボランチとして一対一の力を高めたいです」
「一対一の力か。確かに身に着けておいて損はない力だからな」
「ふっふっふっ……豆芝さんには負けないですよ。完封して見せますから」
「そりゃ頼もしい限りだな……ぁ…………?」
そんな風に笑いあっていると、俺は一人の人物に気が付いた。
写真を撮るかのように瞼を何度も開けたり閉じたりしながらその人物を追う。
何度見ても、間違いはないように感じられた。
ありえない、あり得るわけがない。
なんであいつがここにいる。
なんであいつが、この場所にいるんだ。
「相馬、先に練習場へ行っててくれ。後で追いかけるから」
「……? 私もついてっても、いいですか?」
「申し訳ないが、今回だけは絶対にやめてくれ。もしついてきたら……多分、個人練習は二度と引き受けないと思ってくれ」
その言葉を聞いた相馬はマジかといたげな顔になったがすぐに重さを理解したうえで「……わかりました。豆芝さんにはお世話になってますし、ちゃんと言うことを聞きますよ」と真剣な表情で言う。
「ありがとな、相馬。それじゃ、また後で」
俺はそんな会話を交わしてから、彼女の下へと走っていった。
幸い、彼女はゆったりと歩いておりそこまでの距離差がなかった。体力が衰えているかと感じたが、そこまででもなかったようだ。
「待て、待ってくれ! そこの、人……!」
俺はなれない大声を出してその人物を引き留める。
俺の目が間違っていなければ――その人物は彼女であるはずだった。
俺の声を聞いた人物は、ゆったりと俺の方を向く。
「…………久しぶりね、豆芝」
「……久しぶりだな、琴音」
俺が見つけたのは――元々の彼女、斉京琴音だった。
「…………あの日以来の再会ね。元気にしてた?」
琴音は申し訳なさそうに俺に問いかけてきた。天気デッキのような会話だなと思いつつ、俺は息を整えてから答える。
「あぁ、それなりにな。琴音はどうだ?」
「斉京学園女子サッカー部で、それなりにやってるよ。先輩方もサッカーに紳士的に向き合っている感じで、サッカーをやる環境としては最適だね」
「そうか……そりゃよかった」
俺は息を整えてから、琴音に質問する。
「なぁ、琴音。なんで俺が推薦を断ったってお父さんに言ったんだ?」
それを聞いた琴音はフフッと笑いながら俺にこう言ってきた。
「決まってるじゃない。貴方を斉京学園へ通わせたくなかったからよ」
「……………は?」
その回答はあまりにも予想外だった。
金で脅されたとか、実は彼氏がいてそいつに脅されていたとか。
少しだけでも夢を持っていたからだ。
「あんたみたいな貧乏人と私が付き合ってる姿を斉京学園に通う生徒たちに見られてみなさいよ。皆こういうわ、『何であんな貧乏人と付き合っているの?』、『脅されていたりするんじゃないの?』ってね。……まぁ、私は別にそんなことを聞いても特に嫌には感じないけどね。慣れっこだし」
琴音はフフッと笑って見せた。
俺の初恋の人はやはり美しいなと思っていると、彼女が質問してくる。
「私から質問ね。本当の理由は何だと思う?」
「……俺が嫌いだからか?」
「違うわ。むしろ好きな方よ。貴方ほど真面目にサッカーへ向き合って、努力できる人間なんて周りにはいなかったからね。正直尊敬しているわ」
「じゃあ、何で……!?」
「あなたのことを、思ったからよ」
「……どういうことだ?」
琴音は「説明するのも億劫になる内容だけど、聞きたい?」と言ってきた。
真実をどうしても知りたかった俺は首を縦に振り彼女からの話を聞くことにした。
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