第36話 一皮むけた少女
「よし、これから先生に合宿を打診する文面を作成するか」
俺は一通り就寝準備を終えてから、自分の部屋に置いているメモ帳を取り出した。シャーペンを握り、文面を作成した。
このままの勢いで送ろうと考えメッセージアプリを開く。
すると、二つのメッセージが目に入る。
一人目は初音さんだった。画像を含め二件、送られてきている。
二人目は、俺が煽った水越だ。
奴はなんと、六十件ものメッセージを送ってきているのだ。
「おいおいおいおい……やばすぎだろあいつ!」
宣戦布告した俺が言うのもあれだが、少々過剰攻撃しすぎではと思った。
だが、既読をつけておかないといろいろ面倒くさいだろう。
「一応、見とくだけ見とくか」
俺は渋々メッセージを確認する。
Fukuro 午前11:21
は、どういうことっすか?
Fukuro 午前11:21
せんぱ
Fukuro 午前11:21
せんぱいの、おひざって
Fukuro 午前11:21
どういうことっす か?
Fukuro 午前11:21
答えろや、ボケ
Fukuro 午前11:21
ボケ豆!
(ここから先はとんでもない罵詈雑言とスタンプ地獄なので割愛)
「……Oh、マイガー」
可愛そうに。
フクロ君の脳みそは俺の発言で破壊されてしまったようです。
あ~ぁ。
「まぁ、かわいそうだし一つだけメッセージ送ってやるか」
俺は奴を憐れみながら文面を作成した。
豆シバ 午後8:45
フクロ君、世の中ってのはりふじんの連続なんだよ。
君が先輩のお膝に触れなかったのも、りふじんな運命ってわけ。
まぁ、あれだよ。僕が堪能しているから、君は頑張って強くなってくれ。
へへっ、最高 (made by マメシバ)
「よしっ、これでいいだろう。あとは彼からの通知きっとこ」
俺はありったけの意地悪さを込めた文章を送ってから、通知を切る。
これで仕事中に彼からの文章が飛んでくることはないだろう。
そんなことは置いといて、初音さんの文章を確認するとするか。
Egoist_king 午後8:40
豆芝君、顧問の先生へ文面を送る前に以下の画像を確認してくれ。
Egoist_king 午後8:41
①文面を私に送り、添削を受けること
②私の許可が下りるまで何度も送ること(途中で送って事故を防ぐため)
③私の許可が出たら送ること
④豆芝君は8:45に文章を送るつもりと思っているので、至急ください。
「おいおいおい……さすがに怖いって!!」
まさかここまで怖い文章が送られてくるなんて思ってもみなかった。一番やばいのは俺が書き終えた時間をぴったりに当てていることだ。Mr.Jじゃあるまいし、住所は知らないはず。カーテンも閉めているし、監視カメラもあるようには見えない。
つまり、あの人は第六感みたいな特殊能力系の人間を持っているということになるのではないだろうか。
「いやいやいや! ないないない!」
俺は首を忙しなく振りながら恐怖をごまかすのだった。
翌日、俺は憂鬱な気分で目覚めた。
「……やべぇ、昨日は九時じゃなくて九時半に寝ちまった……遅すぎた……」
サッカー選手として重要な体を作るこの時期に、睡眠時間を確保できないのは致命的だ。俺は比較的小柄だけど、将来的には百八十辺りは欲しいと考えているし、それを実現するにはよく食べよく動きよく眠るしかない。
「くそがぁ……しかも、文面書き終わらなかったし……」
俺はため息をつきながらメッセージを確認する。
すると、一番上に初音さんからの連絡が一件来ていた。
俺は憂鬱な気分でそれを開く。
Egoist_king 午前8:10
豆芝君
君のメッセージを基に、私が資料として作成しておいたよ。
即興で作ったからもしかしたら粗があるかもしれない。
なので、事前に目を通したうえで、共有してくれたまえ。
初音より
「……マジかあの人。マジで完璧主義者じゃん」
俺は驚きながら送ってもらった資料を確認する。
図表を用いた女性が気に入りそうな見た目、そしてまとまった文面は偏差値壊滅の俺でもすらすらと理解できる内容だった。
「すげぇ……これが仕事のできるパーフェクトウーマンって奴か……というか、俺があっている中で最近会っている人たち女性ばっかだな……まぁ、いいか」
俺はそんな事実に気が付いたがまぁいいかと自分で仮定し、文面を送るのだった。
※
その後、先生から内諾を得た俺は少し気分を上げながら練習を見ていた。
今日の練習はスタミナセブンターンにボールタッチを加えたものだ。手で触るのではなく、足で触るというオリジナルの物だ。
これによって生まれるメリットは二つあると考えている。
一つ目は、スタミナセブンターンである切り返しと瞬発力の強化だ。
サッカーは上下に素早く走り続けるダッシュが非常に多くなりやすい。その典型例はサイドバックだ。攻撃と守備に奔走するサイドバックは誰よりも試合中に走る時間が多くなる。サイドバックによってサッカーチームの強さが言われるといっても過言ではないぐらいにだ。
それを実現するには、森川レベルの体力を長島や島石、南沢といった選手たちが付ける必要がある。幸い、長島や南沢は人一倍ガッツがあるので練習にはついてこれるだろう。
そして、ボールタッチを入れた理由だ。
これは単純に、うちのチームのボール処理がド下手糞だからである。空中に浮いたボールを収めるのは素人だと難しいのはわかる。
だが、走っている時に足元へ来たボールのトラップは出来ないと話にならない。
トラップしようとして股間を通過するという状況はサッカーをやるものとしてあり得てはならないほどのプレーなのだ。
故に、今回は走っている時から切り返すときにスピードを緩め、ボールにタッチするということを理解させることにした。ボールを触る箇所、強さによってどのような変化が起きるか。実践を通して行うよりもこのように走っている中で行う事により、より選手たちの頭へ叩き込ませることにしたのだ。
実際、この練習は選手たちの現状を見るうえでは非常に有効だった。
桜木や相馬、志満先輩以外は皆、足をボール手前で緩めすぎたり、ボールをトゥキックで吹き飛ばしたり、ターン直前ですっ転んだりと散々だ。
(予想以上にボール慣れしていないな……体力増強より先にそっちが必要か? だが体力がなければサッカーは勝つことが難しい……どうすればよい?)
そんなことを思っていた時だ。
キャプテンの桜木がこちらに駆けてやってくる。
「師匠。ちょっと皆に指示を出したいんで、私が手動で行ってもいいですか?」
「あ、あぁ。いいぞ」
(一体全体どういう風の吹き回しだ。前回までは自分が強くなることしか見ていなかったはずなのに……)
俺がそんなことを思っていると桜木が両手をたたき「みんな、注目して!」と練習を止める。俺は少し気になり近づいてみることにした。
「この練習を行う際のボールタッチのやり方を見せるから、見てて」
桜木は自分の動きが見えやすい位置に部員を移動させてから、動き始める。ゆったりとしたかんじでボールの前に来た後、桜木はボール手前で体を切り返す。
「この練習をする際に重要なのは、軸足の膝。止まっているボールを触るときに軸足を上手く活用して勢いを殺すことでボールを自らの足元に置くことできる。そして、ボールに置いた足を離してターン。こんな感じだよ。これが出来るようになることで空中に置いたボールをトラップする際に役立つし、顔を上げて周りを見る時間も確保できるようになるから。皆、膝を意識してやってみよう!!」
「はいっ!」
俺は説明を聞き終えた後、口角を上げつつベンチに戻った。
桜木の説明は意図を捉えながら非常に分かりやすく説明してくれていた。
この練習の本当の意図は、試合中に顔を上げられる余裕を作ることだ。
足裏を上手く使えることで、相手に遠い位置へボールを置きつつ周りを視認できる。さらに、空中に浮いたボールも処理できるようになる。他にもいろいろなことが可能になるというわけだ。
(キャプテン自ら率先してチーム強化のために動けるようになっている。桜木が一皮むけたのはチームにとって大きいな)
俺は桜木を見ながらそんな風に感じていた。
そろそろ夏休みを迎える。
合宿の時期は、刻々と近づいてきていた。
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