第2話(2) ターニングポイント

 サッカーでプロになりたい人間なら、斉京学園の推薦は喉から手が出るほど欲しい代物だ。それなのに、俺は手にすることを拒否しようとしていた。


 理由は単純に、お金がないこと。

 そして、推薦制度にある。


 学力の推薦であればお金を止められることは滅多にないが、選手は別だ。

 怪我をしたり実績を残せないだけで、給付が停止するのである。


 トップからの推薦だとしたらそういうのがないかもしれないが……やはりリスクはデカいというほかないだろう。


「……取り合えず、明日辺り琴音に相談してみるかなぁ」


 俺にとっての琴音は答えを見つけ出してくれる羅針盤だ。

 彼女の言うとおりにしていれば、確実に正解へ進むことが出来る。


 だからこそ、俺は彼女に頼ろうと考えていた。


 そう思いながら、家に入ろうとしていると――


「君、豆芝君だよね!!?」


 元気溌剌という単語が似合う声が後ろから響く。

 ファンかと思いながら見た先にはスーツ姿の男がいた。


「なんですかいきなり? つけてきたんですか? 警察呼びますよ?」


 苛立ちながら俺が携帯を取り出そうとすると男は焦った様子で身振り手振りで自分が怪しい人間ではないと説明してきた。


「ごめんごめん! ちょっと焦り過ぎちゃってね! 僕、こういうもんだよ!」

「聞いてねぇし……って、うん? スカウトマンですか?」

「そっ! スカウトなんだよね! ちょっと話聞いてもらうことできるかな!?」


 男は異様に顔面を近づけながら俺に質問してくる。断ることが最善策かもしれないが、今の状況だと借金して学園に通う博打を打つことになる。代替案として、知っておくのは良いかもしれない。


「…………どうぞ」


 俺はおちゃらけた態度のスカウトマンを家にあげた。家の中はいつも通りさび付いた匂いがする。古びた様式のコンロや光源が取り付けられた部屋は、琴音の家と比較すると天と地の差がある。


(改めて考えても俺は貧乏だよなぁ)


 俺はそう思いながら、客人用のコップを用意する。


「へぇ~~気が利くねぇ!」


 スカウトマンは俺の用意したお茶をグイっと飲み干す。ぷはぁーと酒を飲んだかのような声を出したあと、俺に対して質問してくる。


「君、お金に困ってるんだよね?」

「なっ……どこからそれを!?」

「後ろつけてたからさ。学費のことをぶつぶつ言ってるのが聞こえてきたから、感づいただけだよ」


(そんなデカい声だったのか……)


 苦い表情を浮かべながらスカウトマンを見ていると、パンフレットを出してきた。地方にある高校だということは、視認して理解できた。

 

「うちの学校さ。今、サッカー部員を集めているんだよね。三年後に高校サッカー選手権で優勝することで地域活性化を図ろうと思っているんだ」

「へぇ、そうなんですか」


 俺がお茶を飲んでいると、男性が机をばんと叩く。

 非常識すぎる行為にお茶を吹き出してしまった俺が布巾でちゃぶ台を拭いていると男性が続きを述べる。


「本来なら、学費は一年あたり百万円かかる。私立だからそれぐらいかかるのが標準なんだけれど……今回は特別に、三年で百万円にしてあげよう。しかも、スポーツで実績を出せばそのお金もタダにしてあげる」

「た……タダ!?」


 俺は目を丸くした。タダで学園生活できるなら、それほどデカいことはないだろうと考えたのだ。何より、選手が集まるならサッカーでプロになれるチャンスが生じる可能性がある。断然、こっちの方を選んだほうが良いだろう。


(でも……こっちの道を選んで、琴音にどう説明するんだ?)


 俺はふと琴音のことを考えた。彼女が都内にある斉京学園に入学する中、俺は地方の高校で活動する。距離的に、恋愛は不可能といってよい。つまり――別れることになる。


 それに――


『入学したら、一緒に通おうね!!』


 彼女と、こんな口約束を交わしていた。

 資料を通した交渉事じゃないにしても……彼女にちゃんと伝えないのは筋が通っていないんじゃないだろうか。


(彼女を裏切りたくない、ちゃんと筋を通したい。そう考えたら、即断はできない)


 そう思った俺は、スカウトに対しこう告げる。


「……電話番号だけ、交換してもよいですか?」

「わかりました! では、こちらの方に登録だけ行ってください!」


 俺はガラケーを用いてスカウトの電話番号を教えてもらった。


「それじゃ、明日までに連絡くださいね。枠がいっぱいになっちゃいますから!」

「は、はい。わかりました」

「それじゃ、良い返事をお待ちしてま~~す!」


 スカウトマンは頭を下げてから夜の街に消えていく。姿が見えなくなったことを確認してから、俺は就寝準備を行っていった。


 気が付けば、夜十時だ。


「……今日は、もう夜も遅い。今から電話したら迷惑だよな……うん。明日、連絡しよう」


 俺は自問自答してから、自分の部屋で眠ることにした。



 翌日の早朝――俺は気分があまりそぐわない状態で朝飯を作っていた。親父の姿は既になく、朝早くから仕事に向かったのだろうと俺は思っていた。


「あまり眠れなかったけれど……頭シャキッとさせねぇとなぁ」


 作った卵焼きとご飯を掻き込み、両手を合わせる。

 その後、食器を洗剤で手洗いし歯磨きや洗顔を済ませた。


「さて……そろそろ電話するか」


 一通り用意を終えた俺が携帯を取り出して琴音に伝えようと思っていた時だった。インターホンの音が、玄関から響いた。朝早くから誰だろうかと思いながら誰ですかと質問すると、予想外の返答が返ってきた。


「琴音だよ。今すぐ私の家に来てほしいから、こっちから迎えに来ちゃった」

「こっ、琴音!?」


 予想外だった。まさか彼女自身がこの家に来るなんて全く考えていなかったのだ。

 というか恥ずかしかった。彼女からすればこの家はぼろ雑巾みたいな感じだろう。


(って、そんなこと考えている場合じゃねぇ。早く用意しねぇとな)


 俺はてきぱきと用意を済ませてから、琴音の前に姿を現す。

 彼女の姿は、いつも通り可愛らしい。笑顔もとてもいい。


 けれど……どこか、影がある感じがした。


「乗ってもらってもいい?」

「お、おぅ」


 俺は彼女の声がいつもよりも暗いなと感じながらポーチを膝上において後部座席に乗る。琴音が隣に乗っている中、高級な車が発車した。


「それで琴音。いったい何の理由で家に向かう感じなんだ?」

「……それは、現地行けばわかるよ」

「そうか。それと琴音。一つ聞きたいんだが……俺怒らせるようなことしたか?」


 俺が問いかけると、琴音はびくっと肩を跳ねさせる。


「べ、別に怒らせるようなことなんてしてないよ。うん、本当に」

「そうか……? ならいいんだが……」

「…………」


(やっぱり、怒ってる気がするな)


 俺は琴音の顔を見ながら、そんなことを感じるのだった。

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