第2話(1) デート

 琴音と付き合い始めた三か月は、俺が一番幸せの時間だった。

 彼女と険悪になるという人間もいるが、俺たちはそんなことが一切ない。


 ただただ、幸せに過ごすカップルだった。


「琴音は今日もかわいいなぁ~~」

「も、もうっ! 恥ずかしいこと言わないでよぉ~~」


 ショッピングモールにあるフードコードにて。

 俺は胸を高鳴らせながら琴音の食事を眺めていた。


 お嬢様ということもあり、彼女の所作は映像美といえるほどに美しい。

 そして何より――かわいいのだ。


 かわいくてかわいくて、かわいくて。

 性癖を捻じ曲げられそうになるぐらいだ。


(まぁ、高身長巨乳お姉さんが好きな性癖は変わらないけどね。へへっ)


「ちょっとお花摘み行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 俺は琴音と共にいた際に身についたお上品な言葉でトイレへ向かう。直後、ぬっと後ろからSPの男が現れた。


「貴様、お嬢様に変なことはしていないな?」

「していませんし……やめてくださいよ。あなた忍者ですか?」


 俺の後ろに現れたSPは、予想外の場所から現れる人物だ。

 マジで怖いし、正直やめてほしい。


「まぁ、でも……男として、彼女に興奮しないかと言われたらうそになります」

 

 俺はズボンを見ながら彼女の格好を思い出す。


 風に揺れる黒長髪に、琥珀色の加積みたいな美しい瞳。

 白色の肌は白ブラウスのと黒ベスト、赤ハンドバックに長い青デニムで包んでおり、彼女の天使みたいな可愛らしさをきれいに芸術として納めている。


「ほぅ、貴様……今ここで、潰されても文句は言わないのだな?」


 SPは後ろから殺意を向けてくる。下手に言えば殺されるだろう。


「安心してください。行動には絶対にうつさないので」

「…………二言は?」

「ありません」

「ならよし」


 SPはトイレの列から抜けていくのだった。



「戻ったよぉ~~」


 俺はスマホを触る琴音に声をかける。

 彼女はちょっと驚いたそぶりを見せながらスマホをカバンにしまう。


「……どうしたんだ?」

「いや、ね。友達に連絡してたから、メッセージみられていないかなって」

「そうなんだ。確かにみられるのあんまりうれしくないしね」

「そうそう。そうだ、豆芝。そんなことよりさ……!」


 琴音は俺が席に座り水を飲んでいる時に両手をパンと鳴らして微笑む。

 相変わらず天使のようなかわいさだと思いながら水を飲み干すと、


「折角だし……荷物持ちとして、私の家に来てもらってもいい?」

「――!? ごほっ、ごほごほへっえっ!」


 俺はむせた。くそダサいレベルでむせた。


「だ、大丈夫!?」

「だ、だいじょ、ぶぇっへっ! へぇっつ!」


 俺は咳き込みながら水を喉奥に流し込む。彼女に飛沫を飛ばした暁にはSPに殺されても文句が言えないだろうから、絶対に防がなきゃと思った。


「ふぅ……落ち着いたぁ。で、マジでいってるの?」

「うん。本気だよ」


 マジかよ。俺の童貞って今日で陥落するのか。

 ……いや、待て。これは巧妙な孔明の罠なのではないか?


 もしかしたら、さっき連絡していたのはSPとで、一緒に羽交い絞めしながら襲う算段なのかもしれない。ひゃだ、俺の身体が壊れちゃう。


「フフッ。意外と顔が赤くなるんだね」


 そりゃそうですよ。美少女と一夜を過ごせるかもしれないと思ったら、全生物が俺と同じ状況になりますよ。


 そんなことを考えながら俺は嬉しそうに笑っている彼女を見る。


「ありがとうな、琴音。俺と付き合ってくれて」

「何言ってるのよ。一緒に練習してくれてるし、本当に感謝してもしきれないのは、こっちだよ」

「……そうか。それで返せてるなら、良かったよ。これからも……よろしくな」


 俺は彼女の顔を見ながら深く頭を下げるのだった。



 SPが運転する車から降りたとき、俺は信じられないものを見た気分になった。

 テレビでしか見ないような、日本庭園の館がそこにあったからだ。


(すげぇ……豪邸って実在したんだ……)


 目を丸くしていると、琴音が俺の右手を握る。


「一緒に入ろ、豆芝」

「あ、う、うん」


 俺は彼女の手を握り返した。

 白くて細くてひんやりした冷たい手だと感じた。


 館内は非常に豪華で、庶民の俺には一生手の届かない場所だった。

 目に焼き付けようと辺りを見渡していると、琴音が足を止める。

 そこには、琴音のお父さんの名前が書かれたプレートがあった。


 大きな扉に、緊張感が走る。


「それじゃ、行ってきなよ」

「あ、あぁ……」


 俺は唾を飲み込んでから、扉をたたき中に入る。

 重々しい扉の先には、険しい顔をした黒髪と白髪が混じる男がいた。


 斉京グループトップの男、その人だった。


「初めまして! 琴音さんとお付き合いしている豆芝と申します!」


 クラブで培った大声を出すと、お父さんは顔を上げる。

 眼鏡をかけて近寄る姿は、さながら歴史に出てくる偉人だ。


「豆芝君か。琴音から話は聞いているよ。娘を大切に扱ってくれているようだね」


 お父さんの声はとても低く、それでいて線が通っている。

 こちらが無礼な態度を取れば失礼になると俺に理解させた。


「はい。琴音さんとの生活は、私に色どりをもたらしてくれています」

「そうなのかい。そりゃよかった」


 お父さんは嬉しそうに笑ってから「さて」と言葉を挟む。


「豆芝君。確か君の成績は……」

「最近行われた大会では全試合ハットトリックしました。それと、得点王連続二年間を達成しています」

「素晴らしい実績だ。君みたいな選手がうちに入ってくれて誇らしいよ」

「いえいえ、それほどでも……」


 俺が照れながら後頭部を擦っていると、お父さんが机に戻り書類を出した。


 それを俺に渡してくる。


 両手で受け取ったそれには、斉京学園推薦書類と書かれている。


「俺が……斉京の推薦者!?」

「あぁ、そうだ。君は斉京学園の推薦者になりえる逸材だ」


 お父さんはそう言いながら補足する。


「私はこの目でしっかり確認してからじゃないと、推薦は出さない。豆芝君のような逸材でも高校で燃え尽きる選手は数多くいるからね。そして私から見た君は――非常にサッカーに熱意を入れられる人間だと感じられた。君は将来日の丸を背負える逸材だと、はっきりと理解できたよ。もし、入学してくれたら――相応の待遇を用意しよう。いい返事を期待しているよ」

「ありがとうございますっ! では、失礼しますっ!」


 俺は有頂天の気分で、部屋を後にする。

 琴音が「どうだった?」と首をかしげると、俺が口をひらいた。


「琴音……俺、推薦貰っちゃった!」

「ほ、ほんと!? すごいじゃん!!」


 琴音はぴょんぴょん飛び跳ねながら、喜んでくれた。彼女が喜んでくれているこの事実がとてもうれしくて、俺は正直涙が潤んでしまった。


「入学したら、一緒に通おうね!!」

「あぁ……そうだな!!」


 俺は彼女と抱き合いながら、そんな口約束を結んだ。


 この時、こんなことを言わなければ――人生は変わったのだろうか。

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