第11話 出会いは試合直前に(2)
「ストレッチはちゃんとやっとけよぉ~~ケガするからなぁ~~」
「はい、わかりました! 皆、ちゃんとやってね~~!」
ベンチに座りながら俺が声を出すと、桜木が全員に聞こえる声で指示拡散させた。周りの選手たちは硬い顔をしながらストレッチに励んでいる。体がそこまで硬くなりにくい特性であるためか、部員たちは柔軟性があるように見える。
特に、菅原や水木などの選手たちはその強みが色濃く表れているようだ。
そう思っていると、一通りストレッチを終えた菅原が立ち上がり壁に向かった。
ムードメーカーの癖に何をやっているんだと思っていると、彼女は足をぶらぶらと動かし始めた。
「それ、いったい何をやっているんだ?」
「股関節を柔らかく動かせるようにしているんです。私は走ることが取り柄なので、サッカーでもいかせるんじゃないかって思ったんです」
「なるほど。因みに、何秒だ?」
「百メートル走十三秒一です」
「おぉ~~相当速いな」
「ありがとうございます。友達が走るの好きだったので、自然と学んだんですよ」
言われてみればふくらはぎの部分が発達しているように見える。
長所を伸ばすために努力したんだろうなって思い、少し共感する。
「ま、いいか。五分後にボール練習始めるからそれまでやってていいぞ」
「ありがとうございますっ!」
菅原はニカっと笑いながら頭を下げる。
世の中全体練習だの、統率を取れだの言うが、没個性になるだけ。
ちゃんとやることをこなせたと思うなら、自己責任でやりたいことやればいい。
俺はそういう主義何でな。
「ふぅ……今日は少し暑いなぁ」
ベンチに座りながら不満を漏らしつつ、次のボール練習を見る。桜木や相馬はパス精度が非常に高い。ミスしている姿はほとんどなく、淡々とこなしているようだ。
「おい、南沢! ホームラン打つなって!」
「すまんすまん! ついついボール強く蹴りたくなってのぅ!」
「あっ、ごめん半田さん! パスが弱かった!」
「大丈夫だよ、月桃さん。ほら、パス!」
「あっ、あぁ……」
ボールを強く蹴って他部活の方へぶち込んだり、弱いパスを撃ったり散々だ。
「あ、やめやめ」
俺は部員たちを止めてから注目するよう指示を出す。
「皆、相馬と桜木の蹴り方を見てみろ。二人とも、地面につけている足が相手の方を向いているだろ? そう、パスを蹴るときはちゃんと向きを決めなきゃならないんだ。わかるか?」
「ふ~~む、なるほどなぁ。じゃが……なんでワシはホームラン打つんじゃ?」
「簡単だよ。お前はボールをけるときにインステップ気味になっているからだ」
「インステップ……? なんじゃそれは?」
南沢が首をかしげると、他部員も同じ様子を見せた。
初心者だからしょうがねぇが、自分で少し調べてほしいものだ。
(まぁ、プロになりたいとか思っていなきゃ自分で調べるとかはせんか)
俺は一人で自己解決してから、説明する。
「インサイドは足の横側で蹴ることだ。インステップは靴の表面、まぁここらへんにボールを当てるってわけ。シュートを放つときはここにのせて蹴るといいんだ。体に体重を加えてシュートを放つことが出来るからな」
「なるほど。シュートは靴の表面、パスは靴の横側ってことですね」
「あぁ、その認識で合っているぞ。竜馬。それとパスを出す際は相手の顔をみながら名前を呼んで蹴れ。実践でもいかせる技術だからな。はい、もどろう」
俺はベンチに戻ってから、パス練習を再開させた。
選手たちは互いの名前を呼びながら、相手にパスを出す。
向きがずれたり威力が足りなかったりするが、それなりに出来ている。
(まぁまぁ、やれる技量はありそうだな。安心したわ)
俺はほっと胸をなでおろしてから、ベンチに座り思考する。
(GWまでにチームを鍛えるには生半可な練習だと難しいな。特定戦術を選手に学ばせるのがいいかもしれないが、実践できる状況ではないと意味がない。どうやって状況を解決すればよいか……)
俺が思考を巡らせていると、一つのアイデアが下りてきた。
(この練習、相当きつくないか? 選手たちからしてもかなりきついだろうし……)
練習を終え、給水しているメンバーを見ながらそんなことを思う。
「そういえば、中間試験近いよねぇ~~勉強してる?」
「してるけど、中々難しいねぇ。島石もそうでしょ?」
「私もきついなぁ……桜木さんに、教えてもらおうかなぁ」
「今日の練習の光景、音楽にして歌いたいなぁ」
「おぉ~~いいね、栗林ちゃん! 私、聞いてみたい」
「それなら、今度家で弾いてあげるよ」
メンバーは楽しげに談笑しており、重苦しい雰囲気は感じられない。
斉京ビルダーズFCみたいにいじめや嫌がらせが一切発生しない、いい成長環境が広がっているなと感じていた。
(……けれど。こいつらの中でサッカーを話しているやつらはいないな)
俺は昔から給水している時も自らのプレーや行動を思い返していた。
シュートを打つタイミングやドリブルで仕掛けるときの動き方、攻められている時のカウンター方法を考えていたものだ。
そうでもしないと生き残れないほど、斉京は難しい環境だったからである。
(斉京は決して悪い環境ではないが、選手たちは集まっていた。そんな奴らがまじめに練習していたからこそ、うちのチームは常勝軍団として勝てていたんだ。そんな、斉京の精鋭が集まっている斉京学園を打ち倒すには生半可な気分だと難しいだろう)
「おい、桜木。ちょっといいか?」
俺が呼び寄せると、桜木は尻尾を振る犬の様に目をキラキラと輝かせる。
「なんでしょうか、師匠! 今日の夜練習内容ですか!」
「いや、そうじゃねぇ」
「なぁんだ……がっくし」
「まぁまぁ、安心しろよ。いずれまた夜練習、教えてやるからよ」
彼女の機嫌を取ってから、俺は桜木に質問する。
「桜木。お前から見て今のチームはどうだ?」
「そうですね……長島さんや南沢さん、三好竜馬さん辺りは練習試合でもそれなりに貢献できる選手かなって思いますね」
「なるほど……つまり他の選手はまだ難しいというわけか」
「はい、そうです」
「………………なるほどね」
ちゃんと選手を見ているかと思ったが、意外と見れていないようだ。
第一、南沢はガタイは良いものの、感情の起伏が激しすぎる。守備として使うにしても、下手に暴力なんてされたら相手のフリーキックになる。使えないだろう。
長島や三好はそれなりに質の高いパスを出してはいるが、まだまだ粗削りだ。試合を見ていないから判断できないが、まだ主力とは言えないだろう。
「桜木。お前的に、試合までどんな練習をしたらいいと思う?」
「そうですね……ボールに慣れてもらうことを優先するべく基礎練習を積んだ方が」
「それもそうかもしれないな。けど、それじゃだめだ。時間が間に合わない」
「なら、どうするんですか?」
「簡単だよ。半コートでやれる練習をやればいい。それは、五対六だ」
「五対六……GKを入れた場合でですか?」
「あぁ、そうさ」
五対六。
攻撃側はフォワード一枚、トップ下二枚、サイド二枚。
守備側はボランチ一枚、サイドバック二枚、センターバック一枚、ゴールキーパーで行われるミニゲーム形式だ。大きなゴールを配置し取り組むことで実践に近い練習を実現することが可能になるだろう。
何より、俺の試したい戦術である4-1-4-1が実現できる。
これを浸透させることが、練習試合で勝てるための方法だろう。
「さぁ、始めて行こうか」
俺は桜木にそう言ってから、「集合!」と声をかけて全員を集める。
練習内容を伝えると、選手たちは「面白そう!」と声を上げた。
「ただその前に一度デモをした方がいいな。俺が見本を見せる。選手はこちらで勝手に決めさせてもらうぞ」
俺は腕を組みながら選手たちを決めた。
攻撃側
トップ:桜木
トップ下:三好姉、豆芝
右サイド:水木
左サイド:菅原
守備側
ボランチ:相馬
左サイドバック:南沢
右サイドバック:長島
右センターバック:田中
左センターバック:武田
ゴールキーパー:栗林
(よし、こんなもんでいいか。それと、シュートは撃たないでおこう)
俺は選手として出られない以上、シュートを見せびらかすことに価値はない。
それを理解したうえで、俺は規定位置に立った。
「よし、それじゃ始めるぞ!」
俺が声とともに、竜馬へパスを出した。
俺がパスを出すと同時に、相馬が周りを見ながら指示を出す。
「長島さんは菅原さん、南沢さんは水木さんの前に立ってください! 抜いてきそうな場合は、相手を押し倒したり突き飛ばすことは可能な限り避けつつ、ボールを自由に触らせないように!」
「了解しました、副キャプテン」
「長いのぅ。まぁ、ボール奪えばいいんじゃの! わかったわい!」
長島と南沢はそれぞれ反応を見せてから守備につく。長島はそれなりに筋が良い。ファウルをしないように心がけている。理解力が高いようだ。
それに対し、南沢は馬鹿なようだ。
現に、ファウルぎりぎりの行動を仕掛けている。
それに対し、水木は冷静に対処していた。
(意外と彼女冷静だな。よし、試してみよう)
「竜馬、パス」
「はい、コーチ!」
竜馬からパスを貰った俺は、「水木!」と声を出しながらパスを出す。
グラウンダーのダイレクトパスが水木に向かう。彼女がトラップしようとする瞬間後ろから圧力をかけることで南沢はボールを奪い取ろうとしていた。
「なっ! ボールが消えた!?」
(ノールックダイレクトパス!?)
俺は驚いていた。ボールを見ながらダイレクトで横にはじいたのだ。
そのボールは偶然にも、走りこんでいた竜馬へ渡る。
「ナイスパス、水木さん!」
水木は返答を返さずに南沢の裏を取る。
俊敏性が非常に高く、上手いようだ。
(ほぅ……あそこまでやれる奴がいるとはな)
地味だし、目立ちにくいプレーだが……俺には、計算され切ったものに見えた。
もしかしたら、それなりに強いサッカーチームに所属していたのかもしれない。
そう思いつつ、俺は再度竜馬からパスを貰う。
「菅原!」
俺はダイレクトで左サイドに展開する。
「うおりゃっ!」
菅原は素早い速度でサイドを駆け上がり、ボールをトラップする。
体が柔らかいためか、ボールのコントロールが上手いようだ。
「いかせないよっ!」
それに対し、長島が対応する。中にはセンターバック二枚と相馬一枚。相馬が支持を積極的に出しており、マークは中々振り切れない状況だ。
「菅原さん、パスちょうだい!」
菅原の視線に竜馬が映る。センターバックの間に走りこむ形となった竜馬を見たセンターバックの武田は彼女をマークしにむかっている。だが、パスを出すしか彼女には思いつかなかった。
「竜馬さん!」
竜馬へのパスは田中が足を出して軌道をそらす。縦の方向には進まなかったが、少しラインがずれる。これにより、竜馬がとることはできなかった。
「ナイスパス、菅原さん!」
だが、そこには一人の少女がいる。
キャプテン、桜木だ。
桜木は左足にボールを落とし、足裏で落ち着かせる。
「いかせないよ、桜木」
それに対し、相馬が対峙する。
二人とも自分たちの個性を理解しているため、後は運次第だろう。
「はぁっ!」
「ふっ!」
互いに声を出しながら、ボールの駆け引きをする。
センターバックやサイドバックは彼女たちの邪魔をしないようにしつつパスコースをつぶしていた。
(俺がフリーになっているが……桜木は、出さないだろうな)
桜木は理解している。戦場に、俺は存在していない。
誰かに頼らずに、いずれは強者に立ち向かう必要がある。
それを果たすには、単独で勝たなくてはいけないのだ。
「私が、かぁつ!」
「なにっ!」
桜木は上半身を活用したフェイントで相馬を見事に抜き去った。
後はシュートを放つだけだったが……
少々力んでしまい、ゴールの上を超えたようだ。
「がー! くっそぉ!!」
桜木は地団太を踏みながら悔しがっていた。
俺はそんな彼女を見つつ、思う。
(なるほど。俺のシュート方法を学んでいるがまだ形にはできていないってことか)
桜木と相馬に拉致られ指導したときに教えた技術を、彼女は形にしようとしている。俺のプレイスタイルを吸収しようとする彼女の姿勢は、非常に素晴らしい。
(いつか超えられたりしたら嫌だからな。俺も努力し続けよう)
俺はそんな決意を固めるのだった。
※
時間はあっという間に流れ、試合当日。
俺は試合開始の四時間前に対戦高校である山岳のポジションを確かめていた。
山岳の傾向は4-2-3-1。
サイドハーフに運動量のある選手を置くタイプのチームだ。
攻撃時にサイドアタックを重視してくるとなると横側への数的不利を作り出さないことが重要になる。
(構成としては、これで良いか。後は、試合の天運次第だな)
俺は荷物の用意を終えた後、二子石高校へと向かう。
天気は快晴であり、勝負するには絶好の天気日和だ。
(戦術にまともについてこれそうなのが桜木と相馬ぐらいだから、どうやって試合をコントロールすればよいか考えなきゃな)
そんなことを考えつつ、部室をノックする。
数秒ほど待ってみたが、返事がない。
誰もいないのだろうと考えてから、中に入るべくドアノブをひねる。
予想通り、部室には誰もいない。磨かれたサッカーボールが入ったかごも、部員が用いているロッカーの道具も、全てそのままだ。
「いないよな……? まさか不審者が紛れ込んでいたりして……」
俺がそんなことを思っていた時だった。
俺よりも背が高い女性が、目をこすりながらむくりと起き上がったのである。
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