第11話 全体練習(1)

「落ち着け、桜木!!」

「僕たち試合前に問題起こすわけにはいかないよ!!」


 いち早く事態に気が付いた俺と相馬は協力して桜木と須王を離した。


「弱小校の先輩、慕ってるんだね~~☆ 雑魚たちで傷の舐めあいしてるなんてかっわいいねぇ~~」

「この……どぶカス野郎が!!」


 SPたちが羽交い絞めに加勢する。何とか落ち着かせようとしているようだが桜木は顔を真っ赤にしたまま暴れ続けている。当分止まる気配がないだろう。


「……君、須王だっけか」

「そうだけど、どうしたの? もしかして、惚れちゃった?」

「プレースタイルには惚れ惚れするものがあったのは確かだけど、そういう目的で話しかけに来たわけじゃないよ」

「へぇ~~じゃ、なんで話しかけてきたのさ」


 当然の質問が俺に向けられる。

 俺は少し間をおいてから、彼女にこう伝える。


「桜木たちに、謝ってくれないか? いくら何でもさっきの言葉はひどすぎる」


 俺は二人の顔を見つめながらそのように伝える。

 俺ですら不快に感じたのだから、当然のことだろう。


「雑魚は雑魚らしく日陰場所で泣いてればいいじゃんね☆」

「それは……謝罪しないってことで良いか?」

「うん、謝る気なんてないよ。そもそも、私たちは斉京グループに守られている立場なんだから、悪いことしてももみ消されるにきまってるって☆」


 須王の態度は最悪だ。人間として終わっている。

 だが……奴の言うことが本当だとすれば、手出しできないのは事実。


「…………そうか。君、斉京グループに守られているのか」

「そうだよ☆ 私たち、この地区でもそれなりに強い部類だからねぇ~~☆ そんなチームに私みたいな最強の小悪魔系少女が入っちゃったから、あんたらには勝ち目、ないない☆」


 須王はニヒッと屈託のない笑みを浮かべている。悪口を口にしているとは全く思えないほどきれいな笑顔に少しだけくらってきそうになるが、そうも言ってられない。


「…………須王。君は、なんでそんな風に攻撃するんだい? 何か君を苛立たせる様な事を口にしたかい?」


 俺がそんな風に問いかけると、須王は俺に詰め寄ってくる。


「……あんただよ。私を苛立たせているの」


 須王は俺を金網の方へ押していった。

 ガシャンと音が鳴ると同時に須王が俺に耳打ちしてくる。


「あなた、斉京ビルダーズFCの豆芝さんですよね?」

「なっ……なんで俺の名を!?」

「あなたは知らないかもしれないですが、私、あなたと同じチームにいたんですよ。ずっと二軍でしたが、運良く推薦を貰ったというわけです。そんなあなたは今、女子サッカー部のコーチとしてお遊戯をやっていらっしゃる……普通に考えたら、おかしいですよね」


 須王は俺に対し理詰めを行ってくる。無茶苦茶言葉遣いが悪い癖に頭がキレるとか、この上厄介すぎる敵だ。


「そこで思ったんです。もしや、豆芝さんは斉京からバレないように動いているんじゃないかって。そんなことを思ったら思いついちゃったんですよね。豆芝さんと勝負できる賭けを」

「賭け……?」

「えぇ、そうです。もし私たち山岳やまがくが勝ったら、豆芝さんが二子石高校でコーチ業に励んでいることをお世話になっていたコーチに伝えます。ついでに、女子サッカー部で不純行為しているってことも広げてあげますね。もし負けたら先輩の人生は終わり……燃えますよねぇ」


 ……なんだこのクズ女。俺を脅してるのか?


 俺はわなわなと震える拳を必死に握りながら怒りを収めようとする。下手に暴力に走れば、あっという間に復讐がバレてしまう。何としてでも避けなければならない。


「……分かった。その賭けを飲んでやるよ。その代わり、一つ条件を提示させてくれ」

「なんです?」

「もし俺たちが勝ったら、お前が煽った彼女たちに反省の意思を見せてくれ」

「ふぅ~~ん……人間味のないロボットみたいな人かと思っていましたが……意外と人間だったんすね。それともあれかな? 面食いとかかな? アハッ☆」


 須王は嬉しそうに俺から離れた。


「まっ、いいや☆ 約束、守ってくださいね。先輩☆」


「勝負は一月後。そこで、決着をつけようか」

「そうこなくっちゃ。それじゃ、雑魚ども育成頑張ってね☆ キャハッ♡」


 須王は嬉しそうに微笑みながら、俺の下を離れていった。



 須王が去って、数分ほどたったころ。

 

「大丈夫か、桜木?」

「ごめんね、豆芝さん……迷惑をかけちゃって……けど、許せなかったんです。ひより先輩が頑張って残してくれたこのサッカー部を馬鹿にされるのは、先輩も馬鹿にされているような感じがして……本当に、本当にっ……悔しかったんですっ……!」


 桜木は消えてしまいそうな声を口に出しながら、涙をまたこぼす。彼女にとって、先輩の存在は相当なものだ。いうなれば――信仰に近いのかもしれない。

 

 俺は彼女の背中をさすりながら、どうやって対処すべきか考えていた。彼女が泣きやむ方法を、俺は知らないのだ。単純に退陣経験が全くないことが、ここにきて重しとしてやってきたのである。


(どうしようか……ここで下手な行動をとると、信頼関係に傷がつきかねない。かといって、女の子を泣かせ続けるのも男として……)


 俺がそんなことを思っていた時だった。突然、ボールが転がってきたのである。

 桜木が驚きながらボールを両手で受け止め、顔を上げる。


 視線の先には、お嬢と名を口にしていたSPが立っていた。


「お嬢。強く成りやしょう」

「……強く?」

「えぇ、そうです。あんなガキに負けないほどに強く、強く、強く! 鍛錬して、誰にも負けない強者になりやしょうよ!」


「……そうだね。あんな子に負けないように強くなれば、誰もひどいことを言わなくなるからね。ありがとう、私、強くなるよ!!」

「その意気ですよ、お嬢!!」


 SPによって、彼女は自分らしさを取り戻したようだ。

 一難乗り越えた彼女は、きっと強くなるだろう。

 

 俺はそんな親目線で彼女を眺めつつ、夜練習をもう少しだけ行う事にした。



 桜木と相馬に練習を教えるようになって数日が経過し、全体練習日を迎えた。

 先生は忙しいらしく、部活に来ないらしい。高校ってのは大変なんだなぁと思いつつ俺は自己紹介する。


「今日から皆さんの練習を教える豆芝国生です。チームを強くするために努力しようと思っています。厳しい練習になるかもしれないですが、お願いします」


 俺が頭を下げると、女子部員たちが自己紹介を始める。


栗林 優衣くりばやしゆいで~~す。ギターが趣味です。ポジションは、GKになると思います。お願いしま~~す」


 ギター趣味か。それなりに身長も高いし、よさそうな素材だ。

 俺がそう思っていると、三人が自己紹介する。


武田 陽菜たけだひなです。囲碁将棋が趣味です。お願いします」

田中 陽子たなかようこです。サッカー初心者です」

島石 角都しまいしがくとです。サッカー初心者です」


 三人の自己紹介が終わると同時に、俺は最低なことを思う。


(こいつら……無茶苦茶地味だなぁ。地味―ズだ。ま、初日に来た時に激しい練習を拒絶していたメンバーだからな。納得できるわ)


 俺が真顔で彼女たちを見ながらそう思っていると、次の少女に視線が向かう。

 背丈が俺の高さに近く、顔もきれい系だと思った。


「…………」


 ただ一つ違ったのは、彼女が一つも言葉を発しないことだ。

 自己紹介なのにどないなってんねんと思ってると、桜木が向かう。


「彼女は水木みずきさえちゃん。昨日入部届を貰ったんです」

「へぇ~~そうなんだ」


(昨日入部か……これまた、骨が折れそうだな)


 初心者四人。あんまりチームが良いとは言えないな。

 俺がそう思っていると、続きの自己紹介が始まる。


「私は長島 遥ながしまはるかです。それなりに、単独で戦える実力はあります。サッカーは初心者ですが頑張ります」

「ワシゃ長島永遠のライバルであり、よき仲間である南沢 龍二みなみさわりゅうじじゃけ。乱闘なら任せんしゃい。殴りに行ったるけぇ。がっはっはっ!」


 続いて自己紹介したのは金髪ぼさぼさ少女とゴリラ女。

 美女と野獣というのがふさわしいかもしれないと思ったが、まぁそれなりにやれそうな体つきをしている。南沢は横幅も広く守備で活躍できるだろうし、長島は太くてしまりのある足で強靭なシュートを放てるだろう。


(うん、いい素材だなぁ)


 次の自己紹介は、顔が似ている少女たちだった。

 勝気な顔をしている人物と、自信なさげな顔をしている人物。

 どちらを使いたいかと言われたら、前者だと思いつつ聞く。


「私は三好 竜馬みよしりょうまです。よろしくお願いします」

「み、三好 志保みよししほ、です……お、お願いします……」

「……二人は、姉妹なのか?」

「志保が妹で、私が姉です」

「なるほど」


 勝気な顔は姉としての自信か。なるほどな。


「次は……あれ、いないか?」

「います! いますって!」


 声のする方に視線を向けると、俺は少し驚いた。

 身長百五十センチ台の少女がぴょんぴょん跳ねているからだ。

 少女は八重歯を見せながら、自己紹介を始めた。


「ど、どうぞ」

「はいっ! 私は菅原 葉月すがわらはつきです! チームのムードメーカーとして元気にしていけるよう、頑張っていこうと思います!!」


 菅原は目をパチンとしながら「ブイブイ!」と口にしピースをつくった。

 チームのムードメーカーか。試合で役立つかはわからないが……それなりに元気がある。チームの仲を取り持つ役割を果たしてくれるかもしれないな。


「私は月桃 洲桃げとうすももです。運動神経はあまりないですが、皆さんに負けないように頑張っていこうと思います」

半田 最中はんだもなかです。よろしくお願いします」


 一人はピンク頭の少女だ。容姿は奇抜だが、どれぐらい運動ができるのだろう。

 もう一人は黒髪黒目の普通な少女。それなりの見た目だ。


「さて、これで自己紹介は終わりだな。よし、練習を開始しよう」


 俺は両手を軽くたたいてから、練習を始める指示を出したのだった。

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