第12話 天才、性癖が破壊される
(なんだこれは……たまげたなぁ)
俺は起き上がった女性を眺めながらそんなことを思っていた。
たまげた理由は単純、褐色系の巨人系女性だったからだ。
黒色のショートカットに、少し垂れた目。纏っているデニムパンツと大き目な白色の無地服が肌を際立たせている。そして何より体がデカい。胸がデカくてけつがでかい。ボンキュッボンってやつだ。
(まさかこんな場所で、ドストライクな性癖の女性に会うとはな……)
「君は……誰?」
女性はジト目になりながら頭部の高さまでかがむ。胸元が近くまで来たことに興奮を抑えようとしている中、ぽんと女性が手をたたき思い出したような表情に変わる。
「思い出した。君、うちのサッカー部でコーチとして活動してくれてる子だよね。いや~~ありがとうね。私たち上級生がいなくなってから部活が運営できるか心配になっていたんだよぉ~~」
ぽわんとした感じの雰囲気を醸し出しながら、女性は頭をさすっている。
「うちのサッカー部ってことは……もしかして、部員の方ですか?」
「あ、そうだった。まだ名乗ってなかったね。私は、
志満さんは俺の頭をなでながら「小さいのに頑張っててえらいねぇ~~」と中々傷つくことを言ってきた。性癖に刺さるような方じゃなかったら切れてただろう。
「……それで、志満先輩は何でこの部室で寝てたんですか?」
俺が質問すると、志満先輩は撫でていた右手を引っ込めてから、
「眠るの好きだからだよ~~」
「……どういうことですか?」
俺が本当に困惑している中、志満先輩は補足してくれた。曰く、先輩は去年からサッカー部に所属しているが三度の飯より休みが好きなほどのさぼりまらしい。
「部室で寝ていれば、皆起こそうとしないでしょ?」
「いや、起こしますよ。普通に迷惑じゃないですか」
「えぇ~~? 迷惑かなぁ……」
志満先輩は首をかしげながら唇を尖らせる。ほわほわ系で可愛らしいが、さすがに迷惑をかける人物をほおっておくわけにはいかない。何より――うちのチームはこれから強くなる必要があるのだ。特別待遇というわけにはいかないだろう。
「やっぱダメですよ。俺よりも年上ですけど、後輩の見本になってもらうような行動してくれないと……」
「うぅ~~ん……でも面倒くさいんだよねぇ。練習ってきついしつらいし厳しいし……それなら、寝ていたほうが良くない?」
ダメだ、話が平行線になってる。どうやって解決すればよいんだ。
俺が額に汗を浮かべながら解決策を模索していた時だった。
「おはようございま~~す」
「おはようございます」
俺の厳しい練習についてきた桜木と相馬が一緒に部室へ入ってきた。彼女たちは俺に挨拶すると同時に、志満先輩へ視線を向ける。
「……初めまして、桜木です」
「僕は相馬って言います。えぇと、志満先輩で合っていますかね?」
「そうだよぉ~~フフッ、二人ともまじめだねぇ~~」
志満先輩は他人事のように微笑んでいる。そんな彼女を見つめながら、俺は桜木と相馬を手招きしこそこそと話を振る。
「二人とも。先輩とは面識がないという認識で良いか?」
「面識はないですねぇ……ひより先輩からはぐうたらしてる先輩がいて困ってるって話を聞いたことはあるけど、特に問題行動を起こさないからほおってるって言ってたのは覚えてます」
「なるほどな……相馬は?」
「僕は桜木よりも情報知らないです。使い物にならなくてごめんなさい」
「そうか……二人ともありがとうな。それと、今日の試合はよろしくな」
俺は二人に頭を下げてから、先輩の下へと向かう。
「志満先輩。今日は試合なんで、もしよければユニフォームとかに着替えておいてください。試合次第ですが、先輩にお力添えいただく必要があるかもしれないので」
「分かった~~のんびりと準備しとくねぇ~~それじゃ、おやすみ~~」
志満先輩はホワイトボードの前に置かれたパイプ椅子に座ると同時に、顔を突っ伏して眠る。柔らかな吐息が聞こえてくるため、ガチで眠っているのだろう。
「……困ったな、こりゃ」
「まぁ、大丈夫だと思いますよ。前にひより先輩から聞いているんですけど、試合前になったら意識がちゃんと覚醒するらしいですから」
「へぇ、そうなのか。というかひより先輩と本当に仲が良いんだな」
「えっへん! 私こう見えて、顔が無茶苦茶広い美人で可愛い少女ですから!」
(自画自賛えぐいな……)
「それじゃ、俺は失礼するわ」
俺が部室を後にしようとしていた時だった。
相馬が俺に声をかけてきた。俺が振り向いた途端、相馬は顔を赤らめる。
「豆芝さん……その、試合に勝ったらご褒美を貰ってもいいですか?」
顔を赤らめながら爆弾発言する彼女に対し、桜木の殺気が向けられる。
「どういうことですか豆芝さん!? あなたもしかして……相馬に手を出したんですか!? 答えてくださいよ!!」
怒涛の剣幕で桜木が詰め寄ってくる。当然ながら俺はこいつに手など出していない。俺が出すとすれば志満先輩のようなけつとたっぱが大きい系女性だ。けれど、ここで性癖トークなどしたものなら本当に終わりかねん。
なら、事実を少しだけ改ざんして伝えるしかないだろう。
「公園で、相馬の練習を見てるんだよ」
「えっ……?」
俺は事実を伝えた。
あの日桜木が乗り込んできた翌日、相馬は俺の家に突してきたのだ。
「僕、桜木やそれ以上の相手にも互角に戦えるようになりたいんです! 指導してくださいっ!!」
玄関に入り土下座する相馬の覚悟を見た俺は、その日から彼女の練習に付き合っていたのだ。つまり、いかがわしい意味はないのである。
「だから俺は、こいつに手を出していな……」
「ずるいですっ!!!!!」
そんな俺の発言を、桜木が怒涛の勢いで防ぐ。何事かと思っていると、桜木は以前口にしていたことを引っ張り出してきた。
「前に言いましたよね、豆芝さん。私を弟子として迎え入れるって。それにしては、練習する頻度が本練習の後ぐらいしかなかったじゃないですか。私だけだから仕方ないって思ってたのに……相馬には、たくさん練習させてたんですね!!」
(しまった……これとんでもない地雷だった)
俺は過去の発言を思い返した。確かに俺は桜木を一番弟子として迎えているのだ。その認識が桜木にあるのは明白だ。試合前なのに彼女たちの結束をバラバラにするのはまずい状況としか言えない。
どうにかして、バラバラになるのを回避する必要がある。
そんなことを考えていた時だった。
俺に天啓が舞い降りた。
「桜木。俺が何で相馬に多くの指導をしていたか分かるか?」
「そんなの、私より相馬をひいきしてるから――」
「違う。単純に、相馬に沢山の稽古をつけないと忘れるからだ」
相馬はサッカーの知識であれば一週間で覚えられる。逆に言えばそのペースでしか練習で身につけた技術を生かせないのだ。
「それに対し、桜木は頭が良い。俺が教えたことであれば、翌日には出来るようになっているだろう。それを考えたら、どちらの練習を増やすべきか明白だろ?」
「ぐぬぬっ……そういわれれば、確かにっ……でも、一番弟子は!」
「僕ってことだよね、豆芝さん」
悔しがる桜木の前で、相馬は俺にぴたりと体をくっつける。まるで自分のものだと言わんばかりのその態度に、俺は目を丸くする。
てっきり、相馬から嫌われているとすら思っていたのだ。
理由は単純、相馬が物覚え悪すぎることにいら立ち暴言を吐いたからである。
「このくそバカ女! パスはこうしろっていったろうが!!」
「首が触れていない! もっと視野を広く持て!! このポンコツ!!」
普通に考えたらコンプライアンスでしょっ引かれそうな暴言だ。
「僕に浴びせてくれたあの言葉の数々……あれは、僕のことを思って与えてくれた、愛の鞭ってやつだよね……♡」
瞳がとろんと溶けている。やべぇ。こいつMだ。
「豆芝さん、今日の試合の後、僕のことをまたいじめてね……僕、豆芝さんのように強くなれるように、努力するから……♡」
言葉に吐息が混じっている。メスのにおいが醸し出されている。
俺の脳が警鐘を鳴らし続けていたころ――それは起きた。
「このっ……浮気者ぉ!!」
怒りの感情に飲まれた桜木が高く飛びあがり俺に殴りかかってきたのである。相馬によって身動きが取れなくなっていた俺は、そのパンチをもろに食らってしまった。
「ぐへぇっ!!」
無様な声を出しながら、壁にたたきつけられる。
そんな俺に、桜木は追撃を加えてくる。
腹に膝蹴り、両肩にパンチ、下腹部にパンチと流麗に繋がるコンボを浴びながら、俺は嗚咽を漏らす。俺が瀕死になっていることに構わずに彼女は攻撃を続けてきた。
(女って、こえぇや……)
意識が途切れそうになる中、俺は心の中でそう思ったのだった。
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