第13話 天才は天国に旅立つ

 瀕死の状態から何とか意識を回復させた俺が最初に見たのは白色だった。司会中に広がる白に違和感を持つと同時に、後頭部に柔らかい感触が走る。ちらと横を見ると申し訳なさげな桜木と心配そうにこちらを見ている相馬がいる。


(確か俺は殴られたんだよな……そこまでは覚えてる。今は何が起きてる……?)


 薄く目をあけながら思考していると、


「あっ、起きた~~?」

「しっ、志満先輩!?」


 先輩の声と同時に、白色が近くなる。俺が目を丸くしながら横に転がると、宙に体が浮き地面に叩きつけられる。痛みに声を漏らしつつ、急いで立ち上がる。


 少し間を開けてから、俺は理解した。志満先輩から膝枕を受けていたらしい。白色の視界は先輩の豊満な胸だったらしい。パンパンに膨れた膝肉の感触がうなじに未だ残っている。


(あぁ、エデンはあそこにあったのか……もう少しいればよかった!!!!)


 俺は自分の行動を悔いつつ、先輩に軽く頭を下げる。


「志満先輩、ご迷惑をおかけしました」

「大丈夫だよ~~また疲れたときはいつでも言ってねぇ~~」


(天使だ……マジで天使だ……オアシスはここにあったんだ……)


「ありがとうございます。ただ、当分はご迷惑をおかけしないように立ち回るので、そういう機会はないかなと思います」

「そうなんだぁ……まっいいやぁ~~」


 先輩はほんわかとしながらまた眠りにつく。眠るの速すぎだろうと思いつつ、俺は後ろを振り向く。


「ごめんなさい、師匠。怪我負わせる気なかったから、本当に反省してる」

「別に師匠って言わなくていいよ。同年代だし、呼び捨てでもいい」

「じゃあ……豆芝くんって呼んでもいいですか?」


(???????)


 俺は目を閉じながら冷静さを保とうとする。生まれてこの方、女子から君付けされたことがなかった俺にとって、あまりにも劇薬だった。


「おぅ、いきなり変化したなぁ。まぁ、いいか」

「あの……僕は何て読んだらいいですか? 普段通りでいいですか?」

「うん、相馬は特に問題ないだろうからいいと思うよ」

「そうですか……」


 相馬は少ししゅんとしている。相馬も君付けしたいのだろうかと思ったが、下手に人数を増やしたら面倒くさいことになる。それに相馬は、練習でいつもしばいてるから愛着を下手に持たないような関係のほうが良い気がした。


「それじゃ、少し俺は外回ってくるよ。顧問の先生にやること聞かないといけないしな。二人とも、怪我しないようにちゃんとストレッチしとけよ」

「わかってるよ、豆芝くん」

「僕もちゃんと理解してるからね。怪我したら、豆芝さんの罵詈雑言を聞きながら体を鍛えることが出来なくなっちゃうから」

「あんた……変わっちゃったわね」

「変わってないよ。僕は元から、強くなりたい気持ちが強いだけだよ。ただ……愛情を含んだ言葉を言われたら少しうれしくなっちゃうだけだから」


(それって変わってるってことじゃないのか???)


 ツッコミを入れたくなったが、ここで手間取るわけにはいかない。


 俺は二人を置いて、職員室に向かった。GWであるにもかかわらず、教員が数名あくせくと働いている。皆忙しいんだろうなと思っていると、女性顧問が俺に問いかけてくる。


「サッカー指導は全て任せてしまっていますが、勝てそうですか?」


 女性顧問はサッカー素人とのことだったのでメンバーが出欠しているかなどの記録のみ任せていた。机の上に置かれているサッカー本に付箋がついていることからそれなりに学んでいることは確実だが、絶対に勝てるようになるには仕方がなかった。


「勝てると思いますよ。皆、厳しい練習についてきてくれましたから」

「そ、そうなのね! それは良かった……」


 女性顧問はほっと一息つきながら椅子に深く腰掛ける。


「それで一つだけ――お願いがあるんです」

「私で可能なことから、何でも引き受けるわ」

「なら、一枚紙をください。試合展開の内容を記述しとくので」


 俺は女性顧問に対し、即興で書いたメモを手渡した。今回の試合展開によって交代する選手を記述したメモだ。腕時計をつけているから、いつ交替すればよいかの指示ぐらい正確に出せるだろう。


「万が一私が審判として駆り出されたらその紙をベースにして指示を出してください。逆に、そういう仕事を務めなくてよい状況なら特に何もしなくていいです」

「こんなことまでしてもらっちゃって、ごめんね……サッカーの知識そこまで深くなくて……」

「いえいえ。試合に勝つことが絶対ですから。それでは失礼いたします」


 俺は淡々とやり取りを終えてから、また部室に戻る。ノックし、着替えを行っていないことを把握してから試合前に必要な応急処置の道具やジャグ、戦術を伝えるためのパネル準備を行っていった。


 そんなことをしているうちに、部室に部員が集まってくる。


「おはようございます――」

「おはざぁす~~」


 一か月まえであれば、声をかけてくるメンバーはほとんどいなかった。今は、大半のメンバーがちゃんと挨拶を行ってくる。完璧であればどれほどよかったかと思うが……世の中はそんなにうまくいかないらしい。


「俺を信頼してくれてるやつら八割、俺をぶち殺したいって悪態つく奴が一人、数名はやる気なし……十五名と比較的部員も少ない。けれど……やれないわけじゃない」


 俺は眩しい太陽を見つめながら、言葉をこぼす。今日のために、それなりに戦術を組んだ。後は選手がどれだけ貢献してくれるか次第だ。


 俺は、応援することを胸に決めるのだった。


 そんな時間が流れ、山岳高校の面々がうちの学校に到着する中――俺は顧問と一緒にPTA室に呼び出されていた。


「こんにちは、日高さん。今日も美しいですね」

「下手なおべっかはやめなさい。私は結果しか見る気はないわ」


(やっぱ嫌いだなこのババァ)


 俺は作り笑いを崩さないようにしつつ、対戦相手の戦績を思い返す。五戦中で二勝二分け一敗。敗退した試合も、0ー1と惜敗。守備力に関しては、非常に高いと言って過言ではない。


 そんな相手に、新設クラブといっても過言ではないうちが勝つのは至難の業だ。故に、今回の試合で勝つ方法として俺は裏技を使った。 


「そうですか。まぁ見ててくださいよ。結果で示して見せますから」


 俺は不敵に笑いながらそんな返事を返すのだった。



 ババァへの挨拶を終えた俺は女性顧問と一緒にグラウンドへ向かう。副審は対戦校選手がやってくれるらしく、こちらが用意しなくてよいようだ。俺はほっとしながら既にアップを終えたメンバーの顔を確認する。


 勝負の前に緊張している者、笑みを浮かべる者、険しい表情の者。

 各々表情は異なっているが、大抵はこう思っているはずだ。


 やるからには、勝ちたいと。


(なら、勝てるメンバーを選ぶか)


 三人は確定として、後は実力が横ばい。

 状況的に、選ぶ基準はただ一つ。


 戦術的に適切かという事と、意欲だけだ。


 俺は自分の哲学に則りメンバーを選定する。スタメンから外れたことに対し悪態を持つ人間もいたが、好き嫌いではなく戦術的に合っていなかったからだ。けれどそれを言ったとて、理解をしてもらえるわけでもない。


(ここでどうこう言っても意味がない。今は――ただ信じるだけだ)



 俺はそう思いながら、キックオフの笛を聞くのだった。

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