第14話 山岳高校戦(1)
二子石高校 対 山岳高校 スターティングメンバ―:
二子石のフォーメーション:4-1-4-1
センターフォワード:11番(桜木)(キャプテン)
トップ下:7番(三好 竜馬)8番(三好 志保)
右サイドハーフ:14番(水木)
左サイドハーフ:25番(菅原)
ボランチ:5番(相馬)
センターバック:13番(武田)、31番(田中)
サイドバック:20番(長島), 32番(島石)
ゴールキーパー:12番(栗林)
山岳のフォーメーション:4-2-3-1
センターフォワード:10番
トップ下:11番
サイドハーフ:9番、8番
ボランチ:6番、7番
センターバック:2番、3番(キャプテン)
サイドバック:4番、5番(須王)
ゴールキーパー:1番
※
二子石高校ボールで始まった試合は、山岳高校がいきなり牙を見せる形となった。センターフォワード桜木に対し、敵十番が左コースを限定するプレスを行ったのだ。限定されたコースにはトップ下が待ち構えており、大きなドリブルを仕掛ければ刈り取られる形が形成される。
地力がなければ後ろに下げたところを連動して狩りに行く。そう示しているかの様な流動的なプレスがまだ上がっていない二子石イレブンに行われていた。
そんな状況で、桜木が限定されたコースに向かっていく。FWが後ろからトップ下が前からプレスを仕掛けてきているため、もはや後退できない状況だった。
無理攻めだと、彼女のことを知らない誰もが思っていた。
「……舐められたものだね。そんな温い守備じゃ、止められないよ」
桜木はトップ下の選手を簡単なボディフェイントで躱して見せた。重心をずらした相手を簡単に抜き去る個人技は、舐めてかかっていた山岳高校に驚きをもたらす。
開始一分にしてチャンスを作られる中、ボランチが二人がかりで桜木を止めに行く。が、止められない。無駄な動きが一切ない、水のような滑らかさで、彼女は山岳の陣形を破壊していく。
「止めろ止めろ! 打たせるなっ!!」
GKの激を聞いたセンターバックが彼女を止めようとするが、瞬時にその判断を取り消した。トップ下、
下手に守備が出れば、フリーの選手を生み出すことになる。
一方で、桜木を止めなければペナルティエリア内に侵入させる恐れがある。
どちらをとっても、深手になる恐れがある状況。こんな状況に、守備陣たちが思考を巡らせ続けている中――
「ワンマンプレーでここまで来れちゃうなんて、褒めちゃいたいよね☆」
嬉しそうにウィンクしながらSBの須王が中に絞ってきたのだ。本来であればありえない。左サイドを守ることを放棄してまで止める必要がないからだ。
「ほらほら、私と対戦しなよ☆ あの時の公園で負けたこと、引きずってるんでしょ☆」
須王はへらへら笑いながら桜木に体をぶつけると同時に、ボールと桜木の間に腕を滑り込ませようとする。それに対し、桜木はボールを遠くに置きキープする。
敵に奪われないという方法であれば、桜木の手段は最善とあるといえる。だが……彼女は理解していなかった。この場所は公園とは違い、敵がちゃんといるのだ。
「がっ!」
桜木は戻ってきたボランチによってボールを奪われ転倒する。
「だっさ~~☆ 味方使えばいいのに固執するなんて……初心者かな☆ もしかして、先輩もそんな感じで下手だったりして☆」
「おい、須王。試合中に敵をあおるな。イエローカード出るぞ」
「はいは~い☆」
キャプテンマークをまいた3番からとがめられた須王は面倒くさそうに右サイドバックのポジションについた。
桜木が砂を払いつつ顔を上げると、敵側が攻め込んできている姿が確認できた。
※
サイドハーフの
島石は素人ながらに必死についていこうとするが、簡単にダブルタッチで抜き去られる。守備の要であるSBが抜かれたことで、数的優位が山岳に生み出される。ズブの素人が守備していることを考えれば、現在の状況がまずいことは二子石のメンバーは理解できていた。
「
そんな状況で、ボランチを務める相馬のコーチングが響き渡る。相馬の言葉を聞いた面々がマークにしっかりとつく中、相馬は中央側のペナルティエリア辺りに立ち、ミドルシュートに対応できるようにしていた。
頭を超えるクロスも、グラウンダーのクロスも、両方対応できる。相馬はそのように考えていたのだろう。
しかし――彼女の予想はSBを務める須王によって打ち砕かれた。須王が内角に侵入してきたことで、マークの数を上回ったのだ。結果的に誰かが飛び出す必要のある状況を生み出すことになった。
「くそっ……くそぉっ!」
指示を出す時間がなかった相馬が、必死にプレスを仕掛ける。シュートを打たせないために全身でシュートコースを防ぐ守備を行っていく。
「わっ、こわぁ~~い☆ そんなふうにがっつかなくてもいいのにねぇ☆ それに……斉京グループ出身の私に、あんたらみたいな田舎もん達が勝てるわけないじゃん☆」
須王は笑みを浮かべながら、ボールを後ろに引き左側を見る。そこには、相馬がマークに当たっていた選手が一人待ち受けていた。フリーで打たせれば、GK経験がほとんどない
相馬の中で、一瞬の葛藤が生じる。
それは、敵に仕掛けるチャンスを与えることと同義だ。
「あはっ☆ 味方を囮にするなんて当たり前なのに、そんなこともわからないんだね☆ だから……雑魚なんだよ、バァ~カ」
審判に聞こえない程度の声で須王が煽りながら、インステップでシュートを放つ。少し右側に張っていた栗林は、シュートに触ることすら出来なかった。先制点は山岳が取ったと、須王含め全員が考えていた。
「ぶぉぇっ!」
バチンと乾いた音が鳴った後、栗林の両手にボールが吸い込まれたのだ。シュートを止めたのは、彼女ではなく――右サイドバックとして入っていた長島だった。右サイドハーフに入ってきた
金髪を団子にまとめた彼女は、自身の胸に親指を立てながら叫ぶ。
「シュートがなんぼのもんじゃい! てめぇのへなちょこシュート、両手を使わずに何度だって止めてやるよ!!」
顔面ブロックを決めながら強気の発言をする長島により、チームに熱が入る。
栗林からボールを貰った相馬は単独で上がりながらチーム全体に檄を飛ばした。
そんな中、右SBである須王が立ちふさがる。彼女は、攻撃を遅延させることと、奪い取ってメンタルをへし折ってやるという目的で仕掛けてきていた。
「苛立つなぁ……私に、ボール頂戴よ……☆」
「弱弱しいですね。もっといつものように、罵倒飛ばしてくださいよ。最も、あなたの言葉を聞いても嬉しくないですけれどね……」
「なんで……なんで、取れないの!?」
「残念です。まさかと思っていましたが……あなた、公園で戦ったあの日から一ミリも成長していないんですね。サッカー界で名だたるチームにいたって聞きましたけれど……それじゃあ、僕たちには勝てませんよ」
「――! このっ、くそ女ぁ!」
相馬の煽りに対し、須王が感情を爆発させる。自分が格下だと思っていた女に負けるわけがないという考えが否定される。何としてでも避けなければならないと、彼女は考えたのだ。
だが――彼女は、勝つことが出来なかった。
疲労が原因でもなければ、技術が劣化したわけでもない。
単純に、対策されただけだ。
相馬は須王の守備に対し、自分も手を使うことで対抗したのだ。手を使う守備は初見殺しになる半面、対策を理解している相手からすれば容易。そのことを証明するかのように、彼女は勝ち筋を失う。
「得意のディフェンスで奪ってみてくださいよ」
「こっ、このっ!」
センターサークルまで上がった相馬に対し、須王が必死に足を伸ばす。しかし小柄な彼女の身体では、相馬からボールを奪うことはできなかった。
「なっ……なんで!? 何で取れないの!?」
「決まってるじゃないですか。僕は、豆芝さんに指導されてるんです。厳しくも優しい、甘美な暴言を受けながら指導を受けてるんです。そんな僕に……あなたみたいな、他人に頼らない人間が勝てるわけないじゃないですか」
相馬は喋りたいことを口に出し終えてから、前方から来た敵と須王を引き付けて、右サイドにインフロントのロングボールを蹴った。弧を描いたパスはジャンプするディフェンスの頭上を越え、右サイドに入っていた水木に渡る。
水木は止まることを警戒していた左サイドバックの四番をトラップだけで抜きさった。右サイドをあっという間に抉った水木は、ペナルティエリアの中を確認する。
ボランチとセンターバック含め四枚に対し、桜木と三好姉妹の三枚。二子石の数的不利でありグラウンダーのクロスを放っても成功する確率は低い状況だ。
水木はしばし考えてから――もう一つの選択肢にたどり着く。
後衛から上がってきた右サイドバック長島にボールを預け、自分がペナルティエリアに侵入することにしたのだ。これによって、数的不利が消失する。
「吹き飛べおらぁ!」
長島のシュート性クロスはペナルティエリアを襲うが誰の頭も届かない高さだった。ラインを割りゴールキックになりそうな状況で、一人の少女がそれを防ぐ。
チーム内で最も小柄な快速スプリンター選手、菅原が走りこんでいたのだ。
「桜木さん、頼みましたっ!」
菅原は難しいボールを利き足の左でダイレクトに渡す。
膝ほどの高さに浮いてしまったボールは、桜木を少しだけ困らせる。
敵がトラップを狙ってきていると、理解できる状況だったからだ。前線が上がっている中、この攻撃をフィニッシュさせないわけにはいかない。
そして何よりも――エースとして得点を取りたいという気持ちがあった。桜木は、流れてきた浮き球を右のインステップで軽く撫で、フリックさせる。トラップすると読んでいたDFが予想外の状況に足を止める中――彼女だけが、ボールに向かう。
彼女の視界に広がるのは、DFの注意を引き付ける三好姉妹とGKだ。どこのコースも狭くシュートを一撃で納めるのは難しいとどんな選手でも口にするだろう。
そんな状況で――
彼女は、笑っていた。
浮いたボールに対し、右足を叩きつける。コントロールを捨てた体重全乗せのシュートは、GKの左腕をはじきゴールネットへと吸い込まれた。
てんてん、とサッカーボールが跳ねる中――審判の笛が鳴る。
研ぎ澄まされ続けた一閃で、得点を奪った桜木は――
ガッツポーズしながら喜びを爆発させるのだった。
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