第15話 山岳高校戦(2)

 先取点を奪い取った桜木を中心に、二子石イレブンが喜びを表す。その渦は止め処を知らず、無限に加速し続ける。最早制止不可の状況にあった中、コーチの豆芝が手を叩き大声を出す。




「試合はまだ始まったばっかだぞ! 意識を切り替えろ!!」




 びくっと肩を震わせながらメンバーが時計を見る。


 二十五分も前半が残っていることを理解した彼女たちは各フォーメーション戻っていく。桜木や相馬、他数名以外の表情が引き締まる中、試合再開の笛が鳴る。




 山岳高校はトップの十番からトップ下の十一番、ボランチの七番と後ろに下げる。あくまで引きの姿勢を見せる中、桜木は冷静にトップ下へのパスコースを切るようにプレスをゆったりかけていく。




 パスコースを限定された敵は、ロングフィードを蹴るか横パスで繋ぐようになる。横パスを繋ぎ続けることは、インターセプトされるリスクに繋がる恐れがある。敵側からすれば、これほど面倒くさい状況はないだろう。




 左から崩そうとすれば水木が、右からビルドしようとしたら菅原が、それぞれ守備しに飛んでくる。ボランチが落ち着かせようとすればトップの桜木と連動する形で、ルールを決めた三好姉妹がプレスを仕掛ける。これにより、山岳の攻めはあまり良いとは言えない状況に追い込まれていく。




 刻々と時間だけが過ぎる中、あわや失点という場面が山岳側に生まれた。前半二十五分、ボランチに渡ったボールを三好竜馬が奪い取りミドルシュートを放ったのだ。ゴール右横にそれたシュートはゴールポストを僅かに捉えなかった。




 その後も二子石優勢で進んでいた前半は、山岳のシュート数ゼロという状況で終わりを迎える。ハーフタイムを迎えた二子石高校は得点を決めた桜木を囲うようにして喜びを爆発させていた。




「花菜ぢゃん! がん”どう”じだ”よ”わ”だじぃ”!!」


「ちょ、菅原ちゃん。鼻水つくからやめて……志満先輩も、子供じゃないんだから撫でないでくださいよぉ~~恥ずかしいじゃないですかぁ~~」


「よしよ~し。得点決めて、よいこよいこぉ~~」




 キャプテンマークを付けた桜木が恥ずかしがる中、もみくちゃに喜び合っていた。そんな中、コーチを務める豆芝が両手を叩き指示を伝える。




「よし。今のペースで試合をコントロールすれば、追加点も狙えるだろう。このペースを維持しつつ、試合を戦っていこう。それと、志満先輩。後半途中で変える指示を出すので、CBに入ってください」


「わかったよぉ~~ふぁぁ……ただ、五分だけ寝てもいい?」


「ダメです。ストレッチをちゃんと行って、怪我対策ちゃんとしてください。あなたみたいにガタイの良い人、うちのチームには全くいないんですから」




 豆芝が両腕を組みながら志満に指示を出していた時だ。


 突如、一人の少女が彼の胸ぐらをつかんだ。ベンチに入っている南沢だ。




「おい。なんでワシが試合に出れんのじゃ!?」


「……手を離せ、南沢。お前みたいなラフプレイする奴を出す余裕ねぇんだよ。特に今回みたいな、ギリギリ実力で上回っているチーム相手だとな」


「知ったこっちゃないわっ! 小手先の戦術とらやで勝ち切ろうとするのは雑魚の思考! 漢やったら、力だけでのし上がったらんかい! っておい! 無視すんな!」




 投げ飛ばされた豆芝が傷を軽く腕で拭い、南沢から背を背けた。


 怒り狂う南沢を長島やベンチメンバーが止めている中、豆芝が次の戦術を告げる。




 一方で、山岳高校監督はというと。




「良い良い。こういうこともあろぅ。とにかくいつもの、気持ちで負けないプレーじゃ」




 気迫が重要という、いかにも前時代的な教えを説いていた。メンタルで勝てる前時代的なサッカーは党の昔に終わっているのにもかかわらずだ。




「やっぱ今日のじぃさんもだめだな」


「あぁ、ボケてやがるぜ。たまにバチンって采配はめてくれることもあるけれど、こういう日はとことんだめだからなぁ」




 周りの選手たちがそんなことを言う中、キャプテンを務める三番が手を叩く。




「みんな、前半は結構難しい試合だった。その理由はただ一つ。自分たちで考えて、自分たちで動くという対応が取れていなかったからだ。後半はそこを重視してこちらが試合をコントロールするサッカーにしていこう」




 周りの選手たちがキャプテンを見つめ、「おぅ!」と声を出す。カリスマ性のある人物がチームを引っ張るという中、須王だけが反論する。




「それで……また、後ろに下げるサッカーをするんですか?」


「なに?」


「後ろに下げてボールを落ち着かせたところで、攻め手が機能しないんじゃ意味が無いじゃないですか。敵はきっと、また同じプレスを仕掛けて今度こそ勝ち目が無くなりますよ。だから、こちらも戦術をいじるべきです」


「って言ってもな……須王、お前には考えがあるのか?」


「ありますよ。ここぞという秘策がね」




 須王はキャプテンを見つめながら、不敵に笑っていた。


 そんな彼女の状況に気づくことはできなかった。







 後半を開始しますという主審の声とともに、各チームの選手がグラウンドに入る。直後、豆芝は視界に映る光景に目を疑った。山岳のフォーメーションが3-4-3に変化していたからだ。




 フォーメーションを変更しないと考えていたからこそ3-2-4-1に変更した豆芝からすれば、この状況はあってはならなかった。




「志満先輩、すみません。アップを急いでください。まずいことになりそうです」


「わかったぁ~~少し上げてくねぇ~~」




 志満先輩のアップを急がせる中、試合開始の笛が鳴った。




 山岳ボールで始まった後半、右サイドハーフに入った須王にボールが渡る。須王はボールを貰うや否や、対応してきた三好 竜馬を簡単に躱す。




 チーム内で一番身長が低いマスコット系スプリンター、菅原は右ウィングに入った十一番とのワンツーであっという間に抜いてみせる。豆芝はたった数分で自らの選択が過ちであったことを理解させられた。




 二子石高校の弱点は個々の実力差が大きいことだ。




 前線を張る桜木や三好竜馬、中盤の相馬や水木は上手い部類といえる一方で他の選手は一芸特化や単純に下手という感じだった。今回は得点を奪って勝つしか道がない以上、守備力を捨てて攻撃を取るしかなかったのである。




 その結果……二子石はGKやSBが必死にクリアしたボールを回収され、シュートを放たれ続ける状況となった。甘い守備によって生み出されるチャンスが狙いすましたシュートを何度も生み出していく。




 回収に奔走する守備陣の精神と体力が疲弊していく中――




 後半十五分。


 セカンドボールを回収した須王のゴールシュートが、ゴールに突き刺さった。




 試合時間残り十五分、負けたら廃部。


 そんな状況で――試合は最悪の展開を迎えてしまっていた。




「あ~ぁ。負けだぁこれ。ワシを出さんから負けたんじゃ」


「こらっ! そんなこと言わないのっ!!」


「なんじゃこのくそ顧問。自分は何にもしねぇで椅子に座ってるだけなのに、注意をするだけかい。へぇへぇ、いい御身分じゃのぅ」




 南沢が腐り、他のベンチメンバーも小さくなる。


 ピッチは声出しする人間がおらず息苦しさが増す。




 変える手段がもはやないか――そう思われていた時だった。




「やぁ、みんあぁ~~まだ負けたわけじゃないんだから、元気出してこぉ~~」




 ニコニコと笑みを浮かべた志満が、グラウンドに足を踏み入れる。


 ほんわかした雰囲気を出す中、桜木や相馬以外の選手たちは誰も反応しない。特に顕著だったのは、スリーバックに入っていた田中と武田だ。




 失点が絶対に許されない状況で守備を任された二人は、志満の顔を見ることすらできなかった。足の震えを呼吸でごまかしながら、必死に怖さを紛らわそうとする。




「え~~い」




 そんな二人に対し志満が行ったのは――わき腹への軽い突きだった。




「なっ……!?」


「なにするんですか!?」




 志満を同時に睨みつける中、当の本人は嬉しそうに笑う。




「よかったよかった。二人とも、まだ反応できるぐらいの精力は残っているみたいだね~~」


「いやいや、そりゃわき腹さされたら誰でも反応しますって」


「へへぇ~~それもそうかぁ~~」




 志満は呆れた表情の二人を見回しながら、こんなことを言った。




「二人とも。失敗を恐れないでプレイしてね。失敗しても、後ろには私がいるから」




 そういった後――運命の笛が、鳴り響いた。

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