第16話 山岳高校戦(3)

後半戦のフォーメーション


二子石のフォーメーション:3-2-4-1


センターフォワード:11番(桜木)(キャプテン)

トップ下:7番(三好 竜馬)、20番(長島)

右サイドハーフ:14番(水木)

左サイドハーフ:25番(菅原)

ボランチ:5番(相馬)、8番(三好 志保)

センターバック:13番(武田)、3番(志満)、31番(田中)

ゴールキーパー:12番(栗林)


山岳のフォーメーション:3-4-3


センターフォワード:10番

右ウィング:11番

左ウィング:9番

サイドハーフ:8番、5番(須王)

セントラルミットフィルダー:6番、7番

センターバック:2番、4番、3番(キャプテン)

ゴールキーパー:1番



 審判の笛が鳴り、二子石ボールで試合が再開する。絶対に勝利しなければならない状況の中、守備に入っていた島石と志満を交代させた。


 攻撃力・守備力共に志満の技量を測れていないという問題はあったが――


「みんなぁ~~後半十五分、ちゃんと声がけして戦っていこう~~!」


 両手を強く鳴らしながら後ろから声掛けしてくれる時点で、交代に意味があったのは確実といえるだろう。


「二人ともぉ~~ラインあげるから、私に揃えてねぇ。それと相手からボールを無理に奪おうとしなくていいからねぇ~~私がすべて、カバーするからぁ~~」

「は、はいっ!」

「わかりましたっ!」


 堅い表情を浮かべていた田中と武田が返事を返しながら、ラインを合わせる。自陣のセンターサークル付近までラインを上げることでCBが攻撃のビルドに参加することが出来るようになる。


 後ろから状況を把握できる選手が後衛にいることは、敵からすれば脅威だ。


「桜木ちゃん!」


 パスを貰った志満が太い右足で鋭いグラウンダーのパスを出す。名前を呼ばれた桜木が敵のボランチを背負いながらトップ下の三好竜馬にボールを預ける。

 利き足である右でシュートを放てるポジションに持っていきたい竜馬が体勢を整えようとする中、トップ下に入っていた相手選手が襲い掛かる。


「竜馬ちゃん、左サイドあいてるよ!」


 後ろから志満が声を出し、竜馬に左サイドがあいていることを認識させる。竜馬が右足で左サイドのスペースへパスを出すと、走りこんでいた菅原が内側に切り込んでいく。


 ペナルティエリアには山岳の選手が四枚、二子石はFWの桜木とトップ下の竜馬、長島の三人だ。数的不利かつ、厳重に行われるマークによってクロスが難しい。


「なら……自分で打つしかないよね!」


 菅原は小柄な体を大きく動かしシュートを放とうとするが、大振りだったためキャプテンを務めている三番にボールを奪われた。


 三番は奪ったボールを須王へ渡すとともに、チーム全体のラインを上げる。守備的ではなく、あくまで勝ちに行くぞという意思が指示からは読み取れた。


「そうだよね……☆ サッカーはやっぱり、攻めだよね!」


 得点を奪ったことで余裕を取り戻した須王が不敵に笑いながら、単独で仕掛ける。サイドを駆け上がる中、ボランチを務めている相馬が一人カバーに向かった。


「ここまでだよ!」

「おっと……ボランチなのに、ポジション捨てていいの?」

「そんな暇ないよ。僕たちは、勝たないといけないからね!」


 相馬は短く返答してから須王に鋭いタックルを仕掛ける。体重が乗ったタックルに須王の重心が一瞬ぶれるが、すぐに立て直した。


「いいねぇ……☆ その守備、今まで一番倒しがいがあるよ!」


 須王は右足裏でボールを見ずになぞりながら顔をしきりに動かす。守備側からすれば相手の狙いがキープではなく抜いてくるのではないかと思わせられるだろう。


「って思ったでしょ。私は個人技だけで生き残ったタイプじゃないから☆」


 須王は上がってきた七番にボールを預けるとともに、右から相馬を躱した。

 二子石の中で最も怖い選手の相馬を躱したのは、最高の結果だ。

 

 後はこのまま、個人技でシュートを放つだけだと彼女は考えていた。


「いかせないよぉ~~」


 その前に障壁が一つ、彼女の前に立ちふさがる。

 島石と交代で入った背丈百八十の志満だ。


「豆芝先輩が控えから出場させた選手。交代カードが残っているのに使わない辺り、相当あなたできる選手ですね。これは……ふざけている余裕がないです」


 意識的に行っていたメスガキ煽りを辞めた須王は低い体勢を取りながらゆっくりとした足取りでドリブルを仕掛ける。味方が上がるまでゆっくり攻撃を仕掛けるという算段だ。


「いい選択だけどぉ~~あんまり、良くはないかもぉ~~」


 それに対し、志満は素早くボールを刈りに行く。身長差が二十センチある選手とのマッチアップをすることになれば、いくら須王といえど勝つことは難しかった。


「くそがっ……」


 須王は苦い顔をしながら味方にパスを預ける。同時に志満の裏を突き、オフサイドラインぎりぎりまで走り始めた。行いたいことを理解したキャプテンが浮き球を蹴ることで、ぎりぎりまで走りこんでいた須王の前にボールが跳ねる。


「完璧だよ、先輩っ……!」


 須王の前に送られた絶好球はGKとの一対一を生み出す。トラップすればシュートを狙って放てるが、捨て身状態となったGKはボールに向かってとびかかっていた。

 右足で抑えてトラップするには、少しばかり難しい。かといって、コーナーキックにするのは志満がいるためあり得ない選択肢。


 だとすれば、彼女に残された選択肢はたった一つ。

 一か八かの、ダイレクトボレーシュートだ。


 須王は体勢を崩しながら足の甲でシュートを放つ。ボールにとびかかっていたGKの頭上をきれいに超えたボールは、ゴールを確かにとらえていた。

 

 だが、無情にも――ゴールポストに弾かれる。

 我を出した須王が必死に体制を整える中、死に玉のボールを武田が回収し志満へとパスを出す。志満は一秒で現在の時間を確認した後、全員に対して声を出す。


「残り時間五分だよ! みんな、攻めよう!!」


 砂埃を舞いさせながら、志満がセンターサークルまでボールを運ぶ。

 敵の七番が必死に奪い取ろうとするが、重戦車のようなガタイを持つ彼女を止めるには至らない。ファール覚悟で止めた相手を振り払った彼女は、走っていた相馬へとパスを出す。


「相馬! 私にちょうだい!」


 相馬が顔を上げるとそこにはCB二人の前に立つ桜木の姿があった。桜木が抜けば勝利をものにできると考えた相馬は、すぐにパスを出した。


「いかせるかっ!」


 それに対し、敵CBが裏を向かせまいと厳しいチェックにつく。桜木の技術がいくら高いとしても、がっつりとシュートを打たせないように守備されれば困難だった。


「よこせっ、桜木!」


 トップ下に入った長島が大きな声でパスを要求する。

 CBが二人付いたことでフリーになっていることを理解した桜木は、右足でパスを出した。ふわりと浮いた浮き球がワンバウンドしたタイミングで、長島が強烈なシュートを放つ。GKの右手から破裂音のような音が響くと同時にシュートがゴールから外れていく。


「だークッソ――! 決まると思ったのにっ!」

「まだ試合は終わってないから、切り替えていこう!」

「おぅ、そうだな!」


 桜木の誉め言葉に長島がサムズアップで返す。

 時計の残り時間はわずか三分。チャンスを逃せば負けという状況のため、捨て身の覚悟で敵陣地に選手が集まる。


 準備を終えた相馬は息を長く吐いてから、狙いすましたボールがペナルティエリアに入った。ドンピシャなボールが志満の頭上にたどり着く。横回転のかかったボールにしっかり体重を乗せ、ヘディングをたたきつけた。


「はいれっ! はいれっ!!」


 枠に入ったシュートを見ながら豆芝が大声を出すが、山岳の厳しいディフェンスによってシュートが防がれる。浮き球に対し捨て身の覚悟で長島が突っ込むがギリギリの位置で敵のキャプテンにボールをクリアされる。


 そのボールは無情にも――前線から張っていた須王に届こうとしていた。

 このままボールを収めれば豆芝と交わした勝負は勝ちになると考えた彼女の口角がニヤリと上がる。


「残念だったね……この勝負、私の勝ちだ」


 彼女は嬉しそうに言いながら、ボールをトラップしようとしていた。




 それは刹那のことだった――


 彼女がトラップしようとした直前に、横から割り込んだ三好 志保がボールを奪取したのである。


「…………は?」


 勝ちを確信した少女にとって、彼女は全く確認しなくてよいほどの存在だった。

 一時間も試合があるにもかかわらず、ボールに触った回数が一桁。それもトップ下やボランチといった、ボールに触る回数がそれなりに多くなる場所でだ。


 須王からすれば、ずぶの素人。敵にすらならない雑魚であった。

 それなのに――彼女は今、ボールを奪われたのだ。


「ナイスだ志保! ボールをよこせ!!」


 呆然とする須王に一瞥すら行うそぶりを見せずに、彼女は姉の竜馬へパスを出す。竜馬はパスを受け取ると同時に左サイドをちらりと見てから桜木へパスを出す。


 桜木の前には、敵と味方でごった返したペナルティエリアが広がっている。無暗にシュートを打ったところで得点につながらないのはすぐに理解できた。


 だからこそ――彼女は自分がたった一人で磨き上げてきた個人技で勝負することにした。視線誘導をフル活用しながら、ボディフェイントと繊細なボールタッチで針の穴を通すようなドリブルを決める。一人、一人と抜くたびに彼女の中で欲望が走る。


 シュートを放ちたい、打ちたい。自分の手で勝ち取りたい。


 FWというポジションで生きる人間ならだれもが持つ自分自身のエゴが、ふつふつと沸き上がり熱を抱く。自分で勝利も、敗北も、決めたい。そんな欲望がシュートを放つという選択肢に体を移行させる。


 誰もが、彼女がシュートを放つだろうと理解し必死に体を投げ出す。最早シュートコースは存在していない、絶体絶命の状況だ。


 だからこそ――彼女は最善の選択肢を選ぶことが出来た。

 振りかぶった右足のアウトサイドで、鋭い横パスを出す。その先には――シュートチャンスを待ち構えていた長島が待ち構えていた。


「Good jobだぜ、桜木!」


 完全フリーの状態で受けた長島が強烈なシュートを無人のゴールに放つ。がしゃんと音を鳴らしたゴールから転々とボールが落ち転がる。ゴールを確認し終えた審判の長い笛が鳴り響いたのは、そこから数秒後のことだった。


 長島を中心に歓喜の渦を生み出しながら二子石イレブンは初勝利を喜ぶのだった。

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