第17話 ストーカーする男

「皆さん、良い試合を見せていただきありがとうございます」


 山岳高校への挨拶が終了し、部員がモップ清掃を行っている頃。俺と桜木・相馬はPTA室に呼ばれていた。本来女性顧問が来るのが正しいと思ったため、俺が掃除の管理をしようと提案したが断られてしまった。


 結果、俺がこうして来たというわけである。


「いえいえ。こちらこそ、日高様を楽しませられたようでよかったです」


 作り笑いを顔に浮かべながらぺこりと頭を下げると、日高が問いかけてくる。


「一点気になったのですが、あのオフェンスを構築する際にどのような練習を行ったんですの?」


 日高の問いかけは当然と言えるべき疑問だった。一月で攻撃方法を生み出すのは、いくら素材が良かったとしても難しいと考えるだろう。


 現に、俺も一月前は悩んでいた。フットサルを取り入れたチームプレーを学ばせることもできたが、それではどう考えても練習として間に合わない。より実践的な練習を取り入れる方法があると考えた俺は、あまりよろしくない頭を使って必死に思考した。


 結果考えついたのが――ゴール一つを用いたオフェンス五枚、GK含めた六枚での実戦形式だった。この方法ならグラウンドがハーフコートしか使えなくても、実践に近い練習を行える。そう考えたのだ。


 ディフェンス側はハーフラインにいる選手にパスを出せば勝ち、オフェンス側はゴールを決めれば勝ちというルールで行う練習は、選手たちにオフェンスするための考え方を意識させることが出来た。


 その成果が今回の試合だと存分に発揮できたのだろう。


(と、こう言う感じに説明するのありだが……長いと日高の機嫌を損ねるかもな)


 現在の日高を怒らせるのは、チームにとって悪影響になりかねない。短くまとめるほうが得策だろう。


「ハーフコートを用いた5VS6の練習をしていたんです。」

「なるほど。部員がぎりぎりの中であればフットサルなどを行って近距離練習を行うより、実戦形式に近い攻守練習を取り入れたという訳ですわね」

「えぇ、そうです」


 俺の返事を聞いた日高は、持参していたと思われる高そうな手帳に俺とのやり取りを簡易的に記録していた。下手に情報を出せば俺の目的がばれるかもしれないという予測は当たっていたようだ。


 話を逸らすのが賢明だろう。


「それで、支援金はいつ頃いただけるのでしょうか?」

「今月の中旬にはお送りしますわ。練習をよりよくするために、使ってくださいね」

「わかりました。ありがとうございます」


(くそっ、全然時間を稼げなかった……)


 俺は焦りを感じていた。日高の前で自分の名前を名乗ったことは一度もないが、こうして顔は割れている状況だ。斉京とかかわりがある関係者の前で下手なことを問われたら非常にまずい。


 体中からあふれる汗の警鐘が俺の動揺を強める中、日高はチラリと時計を見る。


「あらっ……もうこんな時間。私、この後用事がありますの」

「そうなんですか。因みにどのような用事ですか?」

「詳しくは言えないわ。守秘義務が絡んでいるから」

「なるほど。それは失礼しました」

「深々と頭を下げないでちょうだい。あなたのサッカーには楽しませてもらったのだから。それじゃ……私は失礼するわね」


 日高は俺たちに「では、ごきげんよう」と口にしてからその場を後にする。ほっと一息つきながらパイプ椅子の背もたれに寄りかかっていると、後ろの扉が開く。


 橙色のきれいな瞳を持った銀髪少女、須王が入ってきた。


「どういう風の吹き回しだ、須王。また嫌がらせに来たのか?」


 事情を知らない二人がいる中、俺はあえて須王にそのような言葉を口にする。


「先輩が守ったサッカー部を馬鹿にしたの、まだ許してないわ」

「そうだよ。僕たちの先輩を馬鹿にしたの、許してないからね」


 桜木と相馬が自分たちの受けた罵倒に対して怒りをぶつけると、須王はしゅんとした表情を見せる。このまま謝罪して話が終わる、俺はそう考えていた。


「けれど……今日の試合。あなたが本気で勝ちに来ていることはわかったわ」


 桜木の発言は、俺にとって予想外だった。先輩を馬鹿にされ、プレー中もばかにしてきた相手であれば、本来殴り殺してやりたいと思うほど憎いはずだ。

 けれど――彼女たちは違った。


「僕も桜木と同じことを思ったよ。DFでありながら前線にもハードワークをしていくプレーはチームに貢献しようって気がなければ出来ないと思う。サッカーに対して真摯に向き合っているからこそ、あぁ言うプレーができるんだなって思ったよ」


 相馬と桜木の言葉を聞いた須王は、ぽたりぽたりと涙をこぼした。須王からすればこの言葉は予想外だったんだろうと、俺は察していた。


 斉京ビルダーズの二軍として活動していたころは昇格したいと思う奴らのせいで、プレーに対して罵倒が飛び交っていた。敵を蹴落とし成り上がる。そのためなら手段を辞さないというのが実力を持った性格ゴミどものやり方だった。


 そんな連中のなかに混ざりながら必死に頑張ってきた彼女にとって、あおる言葉は自分を守る自己防衛だったのだろう。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさいっ……!」


 土下座をしながら、彼女は必死に謝罪の言葉を口にする。表面ではなく、本心から謝っている言葉なのだろうと俺たちはすぐに理解することが出来た。


「須王。お前のやったことは最低だ。必死に頑張っているやつらの色々なものを馬鹿にした。努力している人間を馬鹿にしたお前の罪は、果てしなく重い」

「…………」

「でもな。お前はちゃんと謝った。自分が悪かったことを考えて、ちゃんと心から相手に謝った。その時点で、凄いよ」


 俺は自分に言い聞かせるように須王へ言葉を伝えた。

 もし、あの時――俺が自分の非を認めていたら。俺は斉京学園の選手として活躍できていたのかもしれない。そんなチャンスを手放したのは――琴音でもスカウトマンでもない。


 俺自身が、ただただ謝れないクズだったからだ。

 

 俺みたいなクズになるな、須王。お前は、ちゃんとした道を歩め。

 

「だから――次からは、共に戦いあうライバルとして、切磋琢磨しよう」

「はい……はい……っ!」


 俺が伸ばした手をつかみ、立ち上がった須王が俺の言葉にまっすぐな返事を返す。その顔はとてもまっすぐで、まじめなサッカー少女の顔だった。


「次に会うときは……もっと強くなって、帰ってきますからね!」

「おぅ、望むところだ!!」

「私たちも負けないからね! 須王さん!」

「僕だって、次は完封して見せますから!!」


 須王の強気な発言に、二人の気持ちが強くなる。ライバルが生まれたことで、彼女たちの力はより強くなるだろう。


(……良かったな、須王)


 窓から夕焼けが差し込む中、俺はそんなことを思うのだった。



 同日、夜――


 サッカーの名門校である斉京学園のサッカー棟に一人の女性が入っていた。すでに電気が消えており、人の気配がほとんどない。広々とした空間で足をならせば、音が反響する。


 夜の学校をテーマにした怪談話の内容が生じるのではないかと感じられる中、女性は明かりのついた部屋の前に止まった。隙間から、一人の少年がサッカー本を読んでいる姿が確認できる。


 百八十近い身長を持つ少年は女性に気が付くと、扉の鍵を開けて中に招いた。机に置かれた本を閉じてから、椅子に腰かけて挨拶をする。


「初めまして。斉京学園サッカー部キャプテンを務めている神門 壮太みかどそうたと申します」


 女性との形式的なあいさつを終えた後、神門は今回の議題を振る。


「今回呼びたのは他でもない……斉京学園のスカウトを蹴った、豆芝国生についてです」


 それを聞いた女性が目を丸くする。自分が知っている人物だからだ。

 そんな彼が、斉京学園から推薦を貰っていた。


 予想外の事実が、彼女の脳に疑問を飽和させていく。

 思考を回しすぎたことで女性の目が回る中、神門は落ち着くように諭す。


 少し間を開けてから、神門は口を開いた。


「僕から依頼したいことがあります。豆芝について定期的に情報を流してください。彼がどのようなことをやっていて、彼がどのように成長しているのか。それを知っておきたいんですよ」


 両手を重ねながら言葉を漏らす神門に対し、女性が疑問を投げかける。


「なんで情報を流す必要があるのか、ですか。言いたくなるのもわかりますよ。そうですね……知らなくていいですよ。でも、この仕事を頼むのは君以外にはいません。だって君は斉京学園の推薦を貰えなかった落ちこぼれなんですから」


 それを聞いた女性が鋭い眼光でにらみつける。言葉数が少ない彼女でも神門の空気が読めない発言に苛立つのは当然と言えた。そんな彼女の感情を無視して、神門は餌を吊り下げる。


「もしも――彼が推薦を蹴った理由を僕に伝えられたら君が編入できるように上層部へ交渉することを検討しましょう。編入入学してきたサッカーの上手いメンバーは、割といますからね」


 神門がふふっと笑いながら提示した内容は女性からすれば魅力な内容だった。故に断る理由などなかったのである。


「引き受けてくれてありがとう。これからも……二子石高校女子サッカー部コーチの豆芝をよろしく頼んだよ」


 神門はそういって、女性とのやり取りを終える。

 一人きりになった部屋の中、神門は閉じていたページを開く。


 そこには――豆芝がプレーしていた状況の写真が事細かに記録されていた。犯人に対するプロファイリングのようなことを一枚のノートに丁寧に収めている時点で、彼への執着心が異常に強いことは明白だった。


 神門は一ページ一ページをにやけながら、ゆっくりと捲る。

 その姿は、まるで恋人を懐かしむような感じだった。


 夜が更ける中――神門は、一人で笑い続けていたのだった。

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