第二章

第18話 俺、相方に監視されてるらしい

 試合翌日、筋トレを軽めに済ませた俺は山岳戦の分析を行っていた。

 攻撃が上手くいった理由、守備が上手くいかなかった理由を理解することで練習に昇華させられると考えたからだ。


「……ただ、俺も完璧じゃないからな。流石に昨日覚えた内容を完璧に書くのは難しいか」


 俺はあまり鮮明じゃないポジショニングをメモしながらぼやく。

 次回からは自分で映像を記録するかと考えていると、インターホンが鳴る。


「はいはい、誰ですか~~?」


 俺がインターホンごしに人物を確認する。

 そこに映っていたのは、怪しげな格好をしたおっさんだ。


「豆芝ボーイ。扉を開けてくれ」

「Mr.Jか。分かった」


 口調からMr.J本人だと理解した俺は部屋に招き入れた。彼は革靴を脱ぎ整えた後、リビングの椅子に座る。


「アポイントなしで来るなんて珍しいな。何かあったのか?」

「豆芝ボーイに二点伝えたほうが良いことがあってな。こうやって来たわけさ」

「それって良い知らせ? それとも悪い知らせ?」

「……良い知らせが一つ、悪い知らせが一つさ。どちらから聞きたい?」

「じゃあ、悪い方からで」


 俺の返答を聞いたMr.Jは表情を険しくしながら俺に伝えてきた。


「……二子石高校の誰かが、ボーイの情報を斉京学園の誰かに流している、って昨日調査していた仲間が教えてくれたのさ」


 Mr.Jは俺にスマホ画面を見せてくる。そこには、二子石高校で指定されたジャージを身に着けた女性が斉京学園から出てくる姿が記録されていた。顔は見えないが体格から察するに同年代ぐらいの人間だとすぐに理解できた。


「身内を疑って疑心暗鬼になることはあまり良くないが……下手にほおっておくと、我々の復讐計画がバレる恐れもある。少なくとも、君の素性は絶対にばらさないほうがいいだろう」

「つまり、斉京出身だとバレなきゃいいんだろ? ……あれ、俺言ってないかな?」

「大丈夫さぁ。だって君には常に尾行をつけているからねぇ。初日に二子石高校のキャプテン・副キャプテンを家にいれたときは流石にひいたけどねぇ」

「……………………………俺にプライバシーはないのか?」

「残念ながら……ないと思ったほうがいい。衣食住提供してもらっているんだから、それぐらい我慢してもらってもよいとは思わないかい?」


 Mr.Jの発言を聞いた俺は確かになと感じた。父親が事故にあった時点で、あの時の俺は犯罪に走る非行少年になるか死ぬかの二択しかない状況だった。


 そんな俺に衣食住を提供してくれてるMr.Jは間違いなく命の恩人だ。そんな彼への恩義がある以上、下手な行動はしないほうがいいのは確かだ。


「分かった。これから気を付けてみるよ」

「それは良かった。じゃ、最後に良いことを少しだけ伝えよう」


 Mr.Jは手さげかばんに入っていた財布を開ける。

 その中に入っていた紙を手渡してきた。

 

 中学生クラブチーム、二小山FC監督と書かれた名刺だ。


「ミーの知り合いが中学男女混合サッカークラブのコーチをつとめていてね。練習試合が出来る相手を探しているらしい。ユーたち練習試合相手がいないだろうから折角と思って渡しに来たんだ」

「ありがてぇ話だが……グラウンドを借りる時、費用が掛からねぇか?」

「二子石市サッカー連盟に加入しているなら無償利用できる河川敷のサッカー場がある。人工芝の試合場だから、強豪と戦う前に場馴れとして活用できるだろう」

「なるほどな……ありがとう、Mr.J。後で連絡かけてみるよ」

「礼を言うならこっちの方さ。私が見込んだ通り、君は斉京に臆せずチームを強くし見事勝利に導いた。それは私だとできなかったことだ。本当に感謝しているよ。それじゃ……私はそろそろお暇しよう」


 Mr.Jはそういいながら席から離れようとする。まだ時間があるのになぜだろうかと思いながら問いかけると、思いがけない返事が返ってきた。


「数分後にボーイを慕っている部員が来るらしいからね。私がいると君との関係性を聞かれて面倒くさいことになる」

「確かに、下手に話しかけられてぼろを出すのもあまり良くないな」

「それじゃ、私はこれで失礼するよ」

「あぁ。またよろしくな」


 Mr.Jが俺の部屋を後にし、数十秒静かになる。本当にあの二人が来るのだろうかと思っていると、インターホンの音が鳴る。


「師匠~~! 来ちゃいました!」

「僕たちと一緒に練習しましょう、豆芝さん!!」


 本当に来た。町に監視網を張っているのは確実だなと理解した俺は少し恐怖したが下手に勘付かれてもいけない。そう考え、すぐに平常運転に戻す。


 Mr.Jがいたとバレないために鍵を閉めてから再度開ける作業を挟む。

 にぎやかな声を出しながら、二人が扉を開けて中に入ってきた。


「お邪魔しま~~す!」

「失礼します!」


 双方靴を丁寧にそろえて、部屋に上がる。練習着を二人とも着ており、準備万端という感じだ。ボール練習が出来るように桜木が球を持参しているので、そこに関しても問題ないと言えるだろう。


(サッカージャージで筋トレしててよかったな。下手に女子の前で着替えたりすると最悪の場合が発生したかもしれないし。いや、それは過剰に考えすぎか)


 そんなことを考えていると、桜木が急に諭吉を取り出す。


「おい、なんで諭吉を出した?」

「練習を教えてもらうからですよ。豆芝さんの練習で勝てたといっても過言ではないですから!!」

「でもなぁ……お金を取るほどじゃないんだよなぁ」


 山岳戦は練習の効果が少しは出たかもしれないが、結局のところ前線が技術でごり押しただけという感じだった。攻めの起点もほとんど相馬経由となっており、相馬がいない場合の試合が全く想定できない状況だ。このままだと、主力が怪我したときに試合が回らなくなる恐れがある。


 故に、今の指導方法で俺はお金をもらうことが出来ないと思った。

 だが、桜木は結構頑固なタイプだ。無理やりでもお金を支払おうとするだろう。

 なら、違う代価を俺が貰うようにするしかない。


「桜木、相馬。聞きたいことがあるから椅子に座ってもらっていいか?」

「わかりました! 師匠の言う事なら、変なことはないと思うので!」

「僕も、豆芝さんなら変なことしないという確信があるのでいいですよ」


(俺、こんな風に思われてんだ……そこまで信用されることしてるか? 弱小チームを勝たせたことぐらいで、そこまで心象よくないと思うんだが……)


 後頭部を擦りながらそんなことを思いつつ、俺はサッカー本が置かれた棚にある勉強本を数冊取り出す。その後、俺は机にどさっと置いた。


「……頼む。勉強を教えてくれ」

「……はい?」

「実を言うと、相馬と同じぐらい勉強が苦手なんだ……」

「うわぁ……僕並ってなると、相当ですね。ま、まぁ。勉強できなくたって、死にはしませんから! 大丈夫ですよ、はい!」

「そういいながら、中学サッカー部時代は補修に呼ばれて練習出られないとかあったじゃない。今のチームの中心なんだから、抜けられるのも困るわ」

「いやぁ、手厳しいねぇ……」


 桜木の苦言に対し、相馬は苦笑いしながら頭を擦る。


(もしかして俺と相馬って割と似てる人種なのかな……と言っても、こいつの場合は桜木っていうむね割って話せる友人がいるから違うか)


 そんなことを思いながら、俺は桜木に提案する。


「桜木。お金をもらう代わりと言っちゃなんだが、勉強を教えちゃくれないか? 金にするよりも今の俺には勉強の知識が必要だと思ったんだ。練習を教える代価として考えちゃくれないか?」

「なるほど……確かにそうですね。将来何したいかを考えるとき、学んできた知識というのは必ず活かせますから。そうしましょうか!」


 桜木が快諾してくれたことで、俺は彼女から勉強を教えてもらい、選手としての技量を伸ばしていくという手段を手にすることが出来た。金銭的な関係でなくなるためかなり健全になったといえるだろう。


「それじゃ、よろしくお願いします」


 俺は軽く頭を下げてから、彼女から勉強を教えてもらうことにした。



「……たまげましたね。中学校二年生の内容すらあやふやだと思いませんでした」

「僕と同じですね、豆芝さん! ははっ!」


(誰か、俺を殺してくれ)


 俺は今、桜木に冷徹な視線を向けられていた。

 こうなった理由は、桜木が即興で作った英語問題をほとんど間違えたからだ。


「よくこれで中学校卒業出来ましたね」 

「へへっ、それほどでも……」

「褒めてないです」

「アッハイ」


 淡々とした態度の桜木が非常に怖い。

 心臓を無理やり握り潰されるみたいな気分になる。


「とりあえず、一緒に勉強しましょうか」

「……お願いします」


 俺は桜木によってマンツーマンで勉強させられた。幸いだったのは、桜木の教え方が非常に丁寧だったことだ。英語であれば、形容詞と副詞を覚える際はどこに着目すればよいか、因数分解や平方完成等、基本的な箇所はスラスラと頭に入った。


「すごいな……同年齢だと思えないほどわかりやすい」

「勉強するときは、他人に教えられるようにすることを意識してますから。師匠も、サッカーに関してはそうですよね? だから師匠もサッカーでのやり方を勉強に昇華させれば行けると思います」

「そうか……次から意識してみるわ」


 俺がそんなことを言っていると、相馬が席を立ちあがる。


「豆芝さん、キッチン使ってもいいですか? 僕はそこまで勉強教えられないので、代わりにお食事だけでも作っておきます」

「おぉ! ありがとう! 助かるよ!」

「桜木が必要だったらその分も作るけど、どうする?」

「私はいいかな。先に食べてきたし」

「僕も事前に食べていたから、別にいっか。じゃあ、豆芝さんの分だけ作りますね」


 俺は桜木に教えてもらいながら、相馬に飯を作ってもらった。

 二十分ほど経過した頃、「料理終わりました~~!」と言いながら相馬が持ってくる。


 三人分の皿に取り分けられた炒飯だった。ごろっとした卵と油で炒められた米のにおいが食欲を増進させる。


「相馬の料理、かなりおいしいですから期待していいですよっ!」


 俺がそう感じていると、桜木がむふーとした顔でそういってきた。

 金持ちである桜木が言うのだから、飯を作るのが上手いのは確実だ。


「へぇ~~そうなんだ。結構自炊するのか?」

「はいっ! 両親が共働きなので、ご飯は一人で作っています!」

「おぉ~~偉いな。俺も結構自炊してた方だからわかるよ」


 意外な共通点があるもんだなと思っていると相馬が「そろそろ食べたほうがいいですよ! 冷めちゃうんで!」と言ってきた。


 確かにと思った俺は、「いただきます」と口にしてから料理を食べる。


 両手を合わせてからスプーンで炒飯を口にする。

 咀嚼するたび、香ばしい旨味が口内に広がっていった。


「うまい! マジでうまいっ!!」

「おぉ~~それは良かったです!! ジャンジャン食べてくださいね!」

「おぅ! ありがとうなっ!」


 相馬の旨い飯を食い切った俺は、ふぅと一息つく。金を支払う代価で作ってもらわない飯が久々だったことも要因かもしれないが、非常においしく感じられた。


 誠心誠意を込めてお礼を伝えようと思った俺は、元気よく「ごちそうさまでした!」と伝えた。それに対し、相馬はフフッとほほ笑む。


「お粗末さまでした。それじゃ、僕たちはそろそろ現地に向かっていますね」

「おぅ、分かった。桜木も勉強教えてくれてありがとな」

「いえいえ! 師匠にお礼が出来るなら、これぐらいたいしたことないですよっ! それじゃ、失礼しますねっ!」


 二人が部屋からいなくなってから、俺は歯磨きなどを軽く終わらせる。その後、荷物の用意をしてから玄関の鍵を閉めて外に出るのだった。


 普段通り練習して、今日一日を終わらせる。

 そのはずだった。なのに――


「やぁ、豆芝」


 過去に聞いたことのある声が、俺の耳を揺らす。

 振り返るとそこには――この地域にいないはずの男が立っていた。


「てめぇは……神門!?」


 斉京学園キャプテン、神門 壮太みかどそうたがそこには立っていた。

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