第19話 勝手な勝負

「元気そうでよかった。怪我したんじゃないかと思って心配していたんだよ」


 神門はほっとしてから微笑みかけてくる。


「そりゃどうも。そっちは調子はどうなんだ?」

「最近は、斉京学園一軍の試合に出場している感じだね」

「へぇ~~そうなんだ。ポジションはどこやってるんだ?」

「ボランチか攻撃的MF。前線にパスを供給するのが役割って感じ」

「そうか。プレースタイルは斉京ビルダーズFC時代と同じなんだな」


 俺が歩めなかった斉京学園での華々しい活躍を聞きながら返答を返していると、奴から質問が来る。


「そういえば……斉京の推薦を蹴ったって本当なのか?」


 俺は目を丸くする。斉京の推薦は蹴ったわけじゃない、取り消されたのだ。

 なのに、神門はそのように認識しているのだ。


「ちょっと待て、その話はどこから流れてきた?」

「琴音に聞いたら、豆芝が「斉京学園の推薦は貰わないって聞いたよ」って教えてくれたんだ。もしかして違うのか?」


 神門の言葉から察するに、琴音はあの一件を誰にも伝えていないようだ。選手一人に対して脅したことがバレたりしたら琴音自身の人生も終わるだろうからな。納得が出来る。


 それなら、俺もあやからせてもらうとしよう。


「それで合ってるよ。斉京の学費たけぇし、レギュラー取れる可能性が低いって思ったからな。だから蹴ったってわけさ」

「そうなんだ。因みに、今は何をしているんだ?」

「バイトしながら生活しているよ」

「高校には通ってないのか?」

「残念ながら、全部落ちたんだよね。だから今は通ってない」

「そうなのか……てっきり、どこかのサッカー部に入っているかと思ったぞ」


 神門が少し、目を輝かせた気がした。

 直後、奴が俺の両肩をつかむ。


「豆芝。お前、今のバイトをやめて斉京学園の外部コーチとして働かないか?」


 予想外の提案だった。


「今のお前では斉京学園の入学試験を受けることはできない。多分、何かしら事情があったんだと思う。けど、コーチとして活動するってんなら悪い話じゃないはずだ」


 神門の提案は魅力的だった。

 日本屈指の環境でコーチとして活動するのは俺にとって力となるだろう。


「いい話だな、神門。確かに俺にメリットがある。サッカーを学ぶなら最適だ」

「だろう、なら――」

「だが、断る」


 俺は神門の目を見て返事を返す。

 神門は明らかに動揺したそぶりを見せながら俺の両肩をつかむ。


「なんでだ豆芝!? お前がコーチとして活動している二子石高校なんて弱小高校じゃないか! そんなチームを育てる博打に出ていいのか!? お前のサッカー人生が無駄になるかもしれないんだぞ!?」

「……神門。無駄になるか、ならないかはてめぇの主観だろ。俺は今の環境が、自分の力になると思っているんだ。だからこそ――俺は決して変える気がない」


 神門は悔しそうに手を放し後ずさった。


「くそっ……なんでお前は、斉京に来なかったんだよ……」

「事情はさっき伝えただろ。それより――俺の質問に答えてもらうぞ」


 俺は奴が逃げないように、右腕を掴みながら問いかける。


「お前、なんで俺が二子石高校サッカー部のコーチになっているって口にした?」

「……!?」


 神門の顔に焦りが生まれる中、俺は口を少しだけつぐむ。

 奴がどのように出てくるか理解するためだ。


「知らねぇよ。ランニング中に見かけたからだよ」


 神門は予想以上に陳腐な返答を返す。

 ありえるわけがねぇだろと正直思った。


「ランニング中来るわけないだろ。何キロかかると思ってるんだ? というかお前のウソは下手なんだからさっさと吐けよ、な?」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる神門の腕を握る手に力を込める。

 奴を逃がしてしまえば、スパイをあぶりだすことが難しくなる。

 何とかしてでも、吐き出させなければならない。


 そう思っていた時だ。


「豆芝さんに神門さん☆ 何をしているんですか?」


 銀色の長髪と橙色の目を持つ少女、須王ミナモだ。

 ジャージに身を包んだ彼女の顔には多量の汗が浮かんでいる。


「須王か。今日はランニングしているのか?」

「はい。昨日負けたことが悔しくて、鍛えようと思ったんです。そういう先輩も一体何をしているんですか?」

「ちょうどよかった。一つ聞いてもいいか?」


 俺は神門から手を離してから、須王の両肩に手を置く。

 須王は俺の急な行動にぐるぐると目を回していた。急に置かれたことに対して驚いているのだろうかと思いながら、俺は質問する。


「須王。前回の賭けのルールはちゃんと守ってるよな?」

「も、もちろんですっ! ちゃんと言われたとおり、誰にも教えていませんよ」


 須王の目に迷いや悪意は感じられない。言っていないだろう。

 そう思った俺は彼女の肩から手を離した。


「そうか。呼び止めて悪かったな」

「ちょ、ちょっと待ってください! このためだけに呼び止めたんですか!?」

「あぁ、そうだけど……何か問題でもあったか?」


 俺の返答に対し、須王は「ぎぎぎぎ」といいたげな顔を向けてくる。

 なんでそんな顔を向けられなきゃならねぇと思っていると、神門が声を出す。


「おい、そこのアンタ。須王って言うんだっけ?」

「え、えぇはい。そうですけど……」

「昨日練習試合があったんだろ? 結果を教えてくれよ」

「結果ですか……悔しいですけど、一対二で負けてしまいました」


 須王の残念そうな返答を聞いた神門は相槌を打って俺に聞いてくる。


「一つ、いいことを思いついた。俺とお前を結ぶのは、サッカーだ。小賢しいことはせずに、サッカー勝負で物事を決めないか? そっちの方が勝ち負けがはっきりとしやすいと思ってな」

「……なんでそうなる。そもそも俺にメリットがなくないか?」


 動揺しながらそんな言葉を伝えると、神門は「ふむ」と間をおいて答える。


「もし豆芝が勝ったら、当分の間は二子石での活動を認めよう。負けた場合は斉京学園のコーチとして活動してもらう」

「因みに、断った場合は?」

「何度でもここにきて、勝負を要求する。それでも応じなかったら、監督か学園長にでも泣きついて、お前をコーチとして雇ってもらうように交渉するさ」


 それを後ろで聞いた須王が目を輝かせる。


「えっ、豆芝さんオファーされてるんですか!? 断る理由なくないですか!?」

「俺はあいつらを強くするって決めてるんだ。引き受ける訳にはいかねぇよ」


 俺がそう告げると、須王は頬をぷっくりと膨らませながら「私だって貰いたい」と小声でぼやく。そんな彼女の言葉に反応せずに、俺は神門に勝負内容を質問した。


 神門は後ろにいる須王を見てから、このように提案した。


「勝負内容は三対二にしよう。俺が君の後ろにいる須王って子と組むから二子石高校の生徒を二人呼び寄せてよ」


 ……面倒くさいやつが相手だなぁ。


「……分かった。引き受けよう。その代わり、勝ったら教えろよ? それと……賭けの内容は二人に絶対伝えるな。いいな?」

「うん。約束するよ」


 こうして俺は、昨日に引き続き人生を左右する賭けをすることになった。

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