第20話 互いに負けられない戦い

(本当にこの選択肢で問題ないんだろうか……?)


 公園に向かう道を歩きながら少しの不安を感じていた。

 桜木や相馬の身体に練習試合の疲労が蓄積しているからだ。

 いくら技術があろうと、実力を出せなければ勝つことは難しい。

 正解を選ぶとしたら、また翌日にしてくれと頼むことだろう。

 だが、その選択肢を選ぶのは少しばかりリスクがあった。

 

(神門がどのような情報を持っているかが分からない。もしかしたら俺の復讐条件について把握している可能性もある以上、下手なリスクは残さないほうが良いだろう)


 経験則に則り方針を決めた俺は公園に入る。

 既に桜木と相馬はボールを用いたパス練習を行っていた。

 彼女たちは俺が来たことに気が付くと急いで向かってきた。


「豆芝さん、お疲れ様です!」

「師匠! 早速サッカーの技術を教えてよ!」


 二人の顔はそこまで疲労感を感じさせない。


「……二人とも、疲労はたまってないのか?」

「はいっ! 僕は全然動けますよ!」

「私も師匠に会ってから、自分なりに体力つけてるので昨日の試合で感じた疲労感は全くないですっ!」


 二人の元気良い声を聞いた俺は嬉しくなった。

 チームが出来て一月。

 まだまだ俺を信用していないメンバーも多い中、彼女たちは俺が前に伝えたことをちゃんとこなしている。

 自ら強くなろうという向上心を持って、自立した選手として動いている。

 そんな成長を聞いて喜びそうにならない人間なんていないだろう。


「それは良かった。じゃあ、折角だから……今日は対人戦しようか」

「対人戦……ですか。以前僕たちがやった三対二ですか?」

「あぁ、そうだ。前にやった時よりやりがいのあるメンバーを連れてきたぞ。二人とも、自己紹介してくれ」


 俺は後ろに立っていた須王と神門に声をかける。

 

「やっほー! 二人とも☆ 今日はよろしくね☆」

「須王さんが相手の一人目か……あの守備は厄介だったなぁ」


 桜木は須王の守備に対して面と向かって勝利した経験がいまだない。

 ディフェンスの仕方を見抜き勝利した相馬と比較すると、緊張感が強くなるのは仕方ないというものだった。


「ほら、桜木。落ち着いていこうぜ」

「そ、そそそうですねっ! 落ち着きますっ!!」


 俺が肩をポンとたたき声をかけると奴の顔が少し赤くなる。

 声のトーンが高くなり、どこか恥ずかしそうだ。

 そんな風に思っていると、須王が不敵な笑みを浮かべる。


「……☆ 今日……全力出すね☆ 豆芝さん☆」


 須王の目に狩人のような熱意がこもっている。

 油断をすれば命が奪われるのではないかと錯覚するほどだ。


「うぉぉっ! 僕も負けませんからね!!」


 共鳴するように相馬が反応する。彼女の顔色はいつも通りだ。


(相馬は昨日の勝負で須王に勝っている。マッチアップは任せてよさそうだ)


 相馬に対し期待感を抱いていると、神門が軽く咳払いする。

 視線が集まる中、彼は凛々しい表情で自らの紹介を始めた。


「俺の名前は神門壮太。斉京学園キャプテンさ」

「さ、斉京学園ってあの名門校ですか!?」

「うん、そうだよ☆ 私の先輩なんだ☆」

「須王さんが強いのはそんな人とサッカーしていたからなんだ……なるほどなぁ」


 二人の視線が神門に集まる。

 神門は俺のことを見ながら「いやぁ、モテてごめんね」と髪を少し上にあげる。

 俺をあおりたいらしい。


「おい、神門。俺は精神攻撃とかされても特にぶれないぞ」

「えっ? 別に攻撃してないけど……」

「えっ?」

「えっ?」


 ……やべぇ、死にたくなってきた。


「わ、私も師匠みたいなサッカーの上手い人間になりたいと思っていますよ!」

「僕もそう思っています!」

「……ありがとうな、二人とも」


 二人の優しさに感謝を伝えた後、俺は神門に視線を向ける。


「それで神門。三対二のルールはどうするんだ?」

「攻撃側と守備側を交代しながら対戦するやり方で良いんじゃないかな」

「それはそうかもしれないが……ゴールを決めるマーカーがないぞ?」

「……確かにそうだな。どうせだから……違う場所でやるのはどうだ? 公園より、そっちの方が実際の試合な感じがしてやりがいがあると思うんだ」

「確かにな。でもそんな場所なんて……」


 ないと言おうとした時、俺はとあることを思い出した。

 Mr.Jから教えられた河川敷のサッカー場の存在だ。


「なぁ、勝負するんだったら河川敷でやらないか? あそこなら広いし、より実践に近い勝負が出来ると思うんだ」

「そんな場所があるのか。豆芝はその場所への行き先わかるのか?」

「そういわれるとわからないな。誰かわかる奴いるか?」

「はいはい! それならわかるよ☆」


 俺が質問すると須王が俺の右腕に体を押し付けてきた。

 周りの視線が集まる中、彼女は調子を決して変えようとしない。


「それじゃ、案内するね☆」


 須王はパチンと片目を閉じながら案内を開始する。公園を出て街を歩いていると、数人の視線が集まる。その中には「お熱いわね」とか言ってくる人々もいるがそんなことはみじんも感じなかった。


 そうこうしていると、人工芝のグラウンドに到着した。

 使用しているチームはおらず、自由に使えるようだ。


「須王、案内ありがとうな。離れていいぞ」

「えぇ~~もう少しだけくっつかせてくださいよぉ~~」


 にやりと笑う須王の奥にいる二人をちらりと見る。

 恐ろしい形相をしている桜木とムッとした相馬がいた。

 相馬はともかく、桜木をキレさせるとまずい。殺されるかもしれん。


「……俺は少し疲れたから、離れてくれないか?」

「えぇ~~嫌ですよぉ」


 須王はとりもちのようにべったりとくっついてきた。

 くそ面倒くせぇなと思い始めていると、桜木が近寄ってくる。


(やべぇ、殴られるか?)


 一抹の不安をよぎらせる中、彼女は俺ではない人物に手を伸ばした。

 その人物は、俺に引っ付いている須王だ。


「師匠が嫌がっているじゃないですか。離れてください」

「えぇ~~別にいいじゃないですか。へるもんじゃないですし……それに、あなた達は先輩に指導してもらってるんだからこんな時ぐらいいいじゃないですか」

「…………私は、嫌」

「勝手な人だなぁ……☆ なら、一対一の勝利回数で決めましょうよ。もし私が勝ったら今日一日先輩にくっつき続けますからね」


(え、普通に嫌なんだが)


 ツッコミを入れたくなったが、俺の声を出す暇は無くなった。

 とんとん拍子で物事は進み、一対一がとり行われていた。


 スポコンかよとツッコみたくなるほどの勢いだ。

 

「すげぇなあいつら。試合翌日にあんな動いて疲れねぇのかな」

「疲れないでしょ。楽しいことってそういうもんだから」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ」


 神門がふふって笑いながら軽い返事を返す。

 そんな奴の顔を見てから、俺は問いかける。


「神門、斉京のサッカーって楽しいか?」


 神門の眉がぴくっと上にはねる。女子たちのにぎやかな声だけが聞こえる中、神門は自分の思いを口にした。


「……正直、重たいかな」


 俺は神門が漏らした弱音に少し驚いた。

 奴がそんな言葉を口にすると思わなかったからだ。


「だから……正直、羨ましいんだ。今の豆芝の顔は昔よりも楽しそうに見える。勝利や結果に固執ばかりしてしまわない、一人のサッカー好きとしての感じがあるんだ。まぁ、主観ではあるけどね」

「そう見えるか?」

「あぁ、見えるさ。現に、今のお前はちゃんと俺の目を見て話してる。昔のお前なら俺とこうやって話そうとすらせず、練習に一心不乱だったろ」

「確かに、そうかもな」


 半年前に見た俺を最後だとしたら、今の俺は相当変わっているように見えるのも当然かもしれない。推薦が貰えず体を壊してでも強くなろうとしていたんだから、本当にイカレていたものだ。


 少しばかり反省しつつ、俺は奴に伝える。


「……ならよ。勝負なんてせずに俺をコーチのまま活動させちゃくれねぇか?」

「それは無理だ。豆芝は斉京学園に必要な人材だからな」


 神門の視線が鋭くなる。奴の決意はやはり、変わりそうにない。

 斉京学園キャプテンという重荷が、奴に決意を抱かせているのだろう。


 だからこそ、このように提示するのが奴に刺さると思った。


「分かった。分かったよ。勝負を引き受けてやるよ。ただな……一つ条件がある」

「条件?」


 奴が疑問を顔に浮かべる中、俺はこのように提案する。


「あぁ。もし俺が勝ったら……お前、キャプテンの座を降りろ」

「……は?」


 奴が阿呆みたいな表情を見せた。


「待て待て、なんでそうなる? 俺がキャプテンをやめたってお前は得しないだろ」


 神門は俺の提案に突っかかった。当然の行動だ。

 神門がキャプテンをやめるのは奴が痛みを伴うだけで俺には何にも得がない。斉京サッカー部に入部できるわけでもコーチとして活動できるわけでもない。


 ただただ単純に、他人が何かを失うという結果だけが残るのだ。 

 

 それでいいじゃないか。勝負事なんて、ほとんど不条理が毎回だ。

 だって、考えてもみろ。


 不条理じゃなければなんで俺は推薦を飛ばされたんだ。

 俺は悪いことをしていない、犯罪だってしていない。


 それなのに、この世の中は俺を否定した。選手としての未来を握りつぶした。


 だったら……一度ぐらい、そんな理不尽を強いたって罰は当たらねぇだろ。


「意味がある、ないじゃねぇ。こっちは自分の人生賭けてるんだ。てめぇだって自分の未来を賭けれるぐらいの覚悟あんだろ?」


 神門は少しばかり困っている。奴の困り顔を見た俺は内心嬉しかった。

 それと同時に、自分ってクズな人間だと心底思わされる。


 俺がそんな風に自分を分析していると、神門がはぁと息を吐いた。


「これで互いに負けられない状況になったってわけか」


 神門の顔がこちらを向く。

 奴の口角が少しだけ上がっていた。


 俺は疑問に思う。普通こういう状況に追い込まれれば焦って動揺するはずだ。

 それなのに、神門は決して平静を変えようとはしない。


「嬉しそうだな。キャプテンの座が奪われるかもしれないってのに」

「……お前に負けるような人間ならキャプテンなんてやめたほうがいいだろ」

「そう考えるか。舐められたもんだな」


 俺がそういうと、神門がベンチをゆったりと立ち上がった。

 俺もつられるようにベンチを立つ。


「勝負は一回。俺が守備、お前が攻撃だ。いいな?」

「望むところだ、神門。キャプテンとしてのお前を、終わらせてやるよ」


 負ければ終わりのデスマッチ、笑みを浮かべながら――


 俺たちは、グラウンドへ入るのだった。

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