第21話 勝負の行方とスパイのヒント
互いの運命を分ける試合は、俺のドリブルで開始した。
軽く頭を振ると、桜木と相馬が互いにサイドぎりぎりに広がっている。
コートを狭めるルールではあるものの、有効な動き方だ。
「そんな流暢なドリブルでいいんですか☆」
俺が状況を分析している中、ボールを奪いに須王がやってくる。
「なるほど、そういう戦略か」
俺はぽつりと言葉をこぼす。
普通なら一対一の状況を避け、パスを繋ぐのが安定策なのだろう。
だが、相手は神門だ。下手なパスではとられる可能性がある。
ならば、この勝負。一対一で勝利するしかない。
「悪いが須王……この勝負、手は抜かねぇぞ」
「望むところですよ!」
須王は先手必勝と言わんばかりに激しいプレスを仕掛けてきた。
突き刺すような右足の突きがボールを穿とうと食いついてくる。
俺は右足裏でコントロールしながら奴の得意な守備である手を使ったディフェンスを封じた。それに対し、須王は負けじと後ろから圧をかけてきた。
「この体勢じゃキープしか出来ませんよね!」
「あぁ、確かにキープしか出来ないな。ただ……それは俺以外の場合の話だろ?」
俺は左側をちらりと見る。
前線から戻ってきた桜木が下がって貰いに来ている。
「桜木! そこで止まってろ!」
俺は奴の名前を口にしながら奴に向かってドリブルを開始する。
「な、何をしてるんですか!?」
須王が目を丸くしながら俺に向かって守備を行ってくる。
今の状況は須王にとって有利な状況だ。
横へのドリブルはボールを突かれる可能性があるためである。
が、それをさせない方法がある。左に重心を置きながら右足でボールを操ることで奴の得意な手を入れるディフェンスを防ぎつつ、足を伸ばせないようにする方法だ。
これにより、十八番である手を用いたディフェンスは無力化された。
戦型を有利に進めながら俺は桜木の近くにつく。
「師匠! パスくださいっ!」
桜木のパスを要求する声が響く。
須王の視線が桜木に向かうと同時、俺は狙っていたプレーを仕掛ける。
そのプレーは、単純。奴の頭上を抜くことだ。
パスを警戒して両足を揃えた須王にとってこのプレーは予想外だっただろう。
奴が両足を止めている中、俺は素早い速度で奴の横を抜けていく。
これで一対一が形成される。相手はもちろん、キャプテンの神門。
神門は横への抜けだしを警戒せず、冷静な顔で俺を見つめてくる。
「改めて敵になるとぞっとするなぁ」
「……」
「軽口にも反応しねぇか。まぁ、いいや」
俺は後ろで桜木をマークする須王を横目に、左にいる相馬を見る。
両足がしっかりと平行にそろっており、パスをするには最適だ。
パスをするかという選択肢が一瞬だけ脳裏によぎる。
だが、俺は瞬時にその選択肢を消した。
右足でボールをチョンと触り、奴を抜き去るべくドリブルを開始する。上半身を細かに動かしながら奴にフェイントの素振りを見せるが冷静にサイドステップで対応を行ってくる。
横から抜かれそうになってもフィジカルで勝てるという算段があるからこそ、冷静に立ち回れるのだろう。
(体が小さいって不利だな。フィジカルで勝てる面がほとんどねぇや。けど、諦める理由には一つもならねぇな)
俺はそう思いながら右足でボールを後ろに引きちょっとだけ浮かした。直後、俺の前に神門がサイドステップで立ちふさがる。一瞬で攻撃側のラインに入る瞬発性は、まさに天性のものだ。
(ディレイ狙いの守備なら正解だ。けれど……サイドステップには弱点がある)
俺は浮かせたボールを左足のインステップで挟みながら後ろに下がる。左足で持つボールを膝小僧の高さまで小さく浮かせシュートモーションに入った。
神門は俺がシュートを放つと考え右足を必死に出す。
(流石だよ、神門。お前ならそうしてくると思った)
俺はシュートを打つ直前で右足を止め、奴の後ろを抜く。重心が前に寄った神門は必死に踵でシュートを防ごうとするが、一歩遅かった。
左足で狙いすましたゴロシュートがネットを揺らす。
それは、俺が勝利したことを表していた。
「よっしゃぁっ!!」
俺がガッツポーズしながら喜びを爆発させる。
そんな俺を見ながら、神門は俺に手を伸ばしてきた。
「……やっぱり、お前はすごいな。豆芝。シュートフェイクを用いて逆重心をついてくる即興プレーが出来るとは全く思わなかったよ」
「そっちこそ、守備のキレが上がっているな。シュートフェイクに気が付いていたら俺の方が攻め手を無くしていたよ。パスしてもお前の場合ついてくるだろうからな」
互いに握手を交わしながら俺たちは互いの健闘を称えあう。
「それでよ、神門。お前的に今回のプレーはどうだった?」
「どうだったってのは、質って意味か?」
「違う。楽しかったかって意味だ」
「……楽しい?」
神門はきょとんとした表情で復唱した後、少し考えてから口にする。
「うん、楽しかった」
「そりゃよかった。因みに、俺は斉京でもレギュラー取れそうか?」
「そりゃそうだよ。お前みたいな足元あるFW、全国探してもいないだろうからな」
神門の表情に嘘は感じられなかった。他人から天才だとか言われる奴から見ても、俺の技術は突出しているらしい。
「……さてと。俺はそろそろ斉京に帰るよ」
「もう帰るのか? 今日は練習ないんだろ?」
「あぁ、練習はない。けれど……お前には負けてられないからな」
神門はふっと笑いながら俺から立ち去ろうとする。
「…………おい、待てよ神門」
「えっ?」
俺の声を聞いた神門が振り向く。
「なんだよ、豆芝。勝負はもうついただろ?」
「確かに勝負はついたな。けれど……お前はまだ俺と闘いたいはずだ。違うか?」
「あぁ、戦えるならいいが……そこの三人はどうなんだ? 俺が入っていると、邪魔なんじゃないか?」
神門が桜木たちを指さしながら質問する。
「師匠と渡り合える人が邪魔なんて思いません。むしろ、技術を吸収したいです!」「僕も同じです。守備する際のコツは絶対に知っておきたいですから」
「私も私も☆ それに、先輩ここまで来るのに相当金かかってるのに、一回だけとか勿体ないですよ☆」
三人の答えは、神門と対戦したいというものだった。
「……そうか、ありがとう。それなら、今日は対戦しまくるとするか!」
神門の表情が明るくなる。
奴も俺と同じように、強者と闘うことが好きなたちらしい。
「よっし! それじゃ、今度は四対一でやるか!」
俺が両手をパンと鳴らしてから提案する。
それを聞いた他メンバーは目を丸くした。
「そんな驚くなって。俺の実力はお前らがさっき見てわかったろ?」
「ま、まぁそうですけど……師匠としてもきついんじゃないですか? 相馬と同じようなキツイこと大好きな人間じゃあるまいし……」
「えっ、相馬さんそんな人だったの?」
「わっ、わっ! 言わないでよそんなことっ……!」
桜木の一言で須王が目を細め、相馬が恥ずかしそうに顔を赤めている。
ほんわかとした雰囲気が漂っており、勝負する雰囲気にはない。
こういう時は、言葉よりも実力で見せるのが一番だ。
俺はゴールに入ったボールを回収しペナルティエリア外から軽くシュートを放つ。勢いのある縦ドライブのかかったシュートはゴールネットに吸い込まれていった。
「どうだ? これでも四対一でできないと思うのか?」
奴らは口をつぐみ、神門を見る。
「神門さん。私たちを後ろからコントロールしてください。師匠を、しっかりと止めて見せます」
「……分かった。それなら、俺が一番アンカーを務めよう。ダイヤモンドの1-2-1で、セカンドDFがしっかりとカバーをする意識で行こう」
神門の端的な指示によってポジションが割り振られた。
一番前に桜木、中盤に相馬と須王、一番後ろに神門が入る。
「さぁ、豆芝。思う存分、戦いあおうじゃないか」
「上等だよ。さぁいくぞ!」
俺は神門に返事を返してから、ドリブルを開始するのだった。
※
試合数が三十本を経過した頃、俺と神門は互いに水を飲みながら互いの健闘を称えあっていた。グラウンドでは先ほどの続きと言わんばかりに女子三人組がゲームを行っている。
賑やかな声を聞きながら、俺は申し訳ない気持ちを伝える。
「すまねぇな、神門。俺がむちゃを言ったばかりに、お前をキャプテンからどかすみたいな真似をしちまって。お前を責めたって、何にもかわりゃしねぇのに」
「別にいいよ。サッカーの腕がなまっていないってのを知れてむしろほっとしたぐらいさ。それに……俺にはまだ、斉京キャプテンとして勲章を巻けるほどの実力は無いってことが、お前との対決で分かったよ」
神門は嬉しそうに笑いかけてきた。
そんな奴を見ていると、俺は少しだけ思ってしまう。
「やっぱり琴音は……お前といると幸せなんだろうな」
それは、琴音のことだ。
俺を救ってくれた恩人で、俺を地獄に叩き落した張本人。
そんな彼女と付き合っているっていう人物は、紛れもない神門だ。
「どういうことだ? 豆芝。なんで琴音の名前が出る?」
「だってよ。お前と琴音って付き合っているんだろ?」
「いや、付き合ってないぞ?」
「……え?」
即答してきた神門の顔を見る。奴の顔に嘘は感じられない。
どういうことだ。だって付き合っているのは本人が言っていたんじゃ……
(いや、待て。本当にそうか?)
俺はひとつ思い出した。琴音が付き合っているかどうか聞いたのは本人ではなく、あのくそ記者だったことだ。
「じゃあ、琴音に聞いたってのは?」
「あれは単純にお前を知ってそうなのがあいつしかいなかったからだよ」
……そうだったのか。
つまり俺は、勘違いでこいつからすべてを奪ってやろうって考えてたのか。
というか、キャプテンとしての枠を奪ったのか。
何とまぁ……ゴミなんだろう。
「ごめんな、神門。俺のせいでキャプテンの座を失わせちまって」
「別にいいって。それよりさ、また対戦してくれよ」
神門はボトルを持っていない手で俺にグーを向けてくる。
奴の性格がとても爽やかで、羨ましかった。
「あぁ、そうだな」
俺は軽く奴にタッチを返してから、少しだけ静かに黙る。
「それと……一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「お前に情報を流してた奴について教えてくれよ」
「あぁ、そんな話もあったな」
神門は少しだけ考える素ぶりを見せてから、俺のことを見る。
「なぁ、豆芝。お前は俺に隠し事をしているんだよな?」
「なっ……!?」
「別にいい、言わなくて。というか、斉京の推薦を断る時点で何かしらあるんだって馬鹿でも察しがつくよ。安心してくれ、斉京にもお前が何か隠してるとか絶対に言わないから」
神門はフフッと笑いながら「お前の驚いた顔、面白いな」と煽ってくる。
「うっせぇよ。それより……早く教えてくれ」
俺が急かすと、神門は空を眺めながら返答する。
「答えは絶対に教えない。その代わりヒントを教えてやる。お前の情報を横流ししたのは、お前のサッカー部に所属しているってな」
「……二子石にいるってのか?」
「あぁ、そうだよ。それ以外のヒントは教える気はない。自分で探しなよ」
神門は俺の求めていた回答を一部分だけ渡してくれた。
俺の情報を横流ししていた人間が二子石にいるとなると、会話に関しては相当気を使ったほうが良いということになる。何より斉京のスパイとすればどこかしらの試合で大きなミスをやらかしてもおかしくないだろう。
(斉京の人間は何をしてでも勝利をもぎ取ってくる。絶対に見つけ出さねぇとな)
俺はそんなことを考えながら時間を過ごすのだった。
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