第22話 チーム強化のために

 神門との戦いを終えてから数日経過し、全体練習日を迎えた。

 あちらこちらから女子たちの爽やかな声が聞こえてくる。

 そんな中、俺は部員たちに今日の練習メニューを伝えた。


「お前ら。今日は自分の限界に挑戦してもらう練習になっている。水分補給をしっかりとしろよ。油断していると、熱中症になりかねないメニューだからな」


 俺の発言を聞いたメンバーがざわざわとし始める。


「あの、そんなにきついんですか?」


 俺の問いかけに対し、島石やベンチ数名が不安げな声を出す。奴らに下手な安ど感を持たせてしまうのはあまり良くないだろう。そう思い、ストレートに伝える。


「あぁ。かなりきついだろうな。帰る頃には足が棒になると思う」

「そんなにですか……!? その、軽くするとかは……」

「あぁ、無理しない程度でもいいが……可能ならメニューはこなしてほしいな。強豪と戦っていける実力をつけるなら、こなせることが最低限なメニューだからさ」


 強豪という言葉を聞き、部員の反応が変化する。

 その中でも、特に楽しそうな反応を見せるのは南沢だ。


「がっはっはっ! 強豪か、そりゃいいのぅ。ならず者から成りあがる王道物語って感じでよさそうじゃないか! そう思うじゃろ、長島?」

「まぁ、言いたいことはわからなくないな。それに……あの人ならちゃんとやり遂げるだろうしな」

「思ってたんだが、あの人って誰なんじゃ?」

「ヤンキー時代の時、世話になった人だよ。そんなんは置いといて、話を聞け」

「分かったわい」


(……元ヤンキーだったのか。金髪なのはその名残なのかな)


 そんな風に分析しつつ、俺は全員に練習メニューを伝えた。


「まず最初に行うのは、スタミナセブンターンだ」

「セブンターン……ゲームソフトにありそうですね」

「半田っち、それ多分セガサターンだよ」


 普通に男受けがよさそうな黒髪少女、半田 最中はんだもなかに対しチームで一番小柄な菅原がツッコミを入れる。セガサターンってなんだろ、って思いつつ俺は続ける。


「スタミナセブンターンってのは、二十メートルを七回切り返す練習だ。サッカーで重要な攻守の切り替えを行う際の速度の切り替えを学べるから真剣に取り組んでくれ。では、さっそく開始しよう」


 俺は左側のマーカーに全員立たせてから、笛を鳴らす。

 選手たちがマーカーで切り返すのを眺めながら、俺はストップウォッチを見る。

 

(……絶望的に時間が遅いのは月桃洲桃げとうすももぐらいか。奴を今年中に全国レベルに持っていくのは、難しいだろうな……それ以外の田中 陽子たなかようことかは速度は少し遅いが、バテてはない。何とかなるか?)


「よし、つぎっ!」


 俺はそんなことを思いつつ、二週目を開始する。

 桜木や菅原、三好姉等の練習試合で活躍したメンバーは一本五~七秒で切り返す中、控えに甘んじている選手や体力に自信がないメンバーは総じて時間が伸びる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……何本、続くんだよこれ……」

「疲れてきたっ……ボール触りてぇ……」


 四本ほどスタミナセブンターンを行うと、段々そんな声が聞こえてくる。

 体力のあるメンバーをはじめ、数名が疲労を顔に出している。下手に無理させても怪我をする可能性が上がるため、一旦給水を入れることにした。


「ぷはぁ~~! 生き返るぅ! 今の心情をギターに表してぇなぁ。部室からギターでも取ってこようかなぁ」

「だ、ダメですよ……ちゃんと休まないと……」

「えぇ~~志保っち厳しすぎぃ~~でもまっ、いっか!」

 

 GK、栗林 優衣くりばやしゆいの行動を三好 志保みよししほが止めた。三好妹は影が薄い小心者だと思っていたが、チャラい系の栗林を止められるのを見るにそれなりに度胸はあるようだ。


(ていうか……なんかこいつら仲が良いやつら多いな? なんでだ?)


 俺は少し疑問を感じた。

 試合した時には仲が良さそうに見えなかったからだ。


「ちょい桜木、こっち来てくれ」


 俺は給水している桜木を呼び寄せる。


「どうしたんですか、師匠?」

「なんというか部員の何人かが仲良さそうに話していたからさ。何か交流会でも行ったのかなって思ったんだよ」

「あぁ、それだったらGW最終日に勉強会したからだと思いますよ!」

「……え?」


(ちょっと待ってくれ、初耳なんだが?)


「……いつの間にそんなこと計画していたんだ?」

「試合が終わった翌日に相馬と話し合って決めたんです。師匠が知らなかったのは、コーチである師匠をグループに招いていないからです。師匠のことを苦手に思っているメンバーが数人いたので、黙っていました。ごめんなさい」

「あっ、あぁ。別に大丈夫だ。ありがとな、取りまとめてくれて。それじゃ、戻っていいからな」


 俺は桜木を返してから現在のサッカー部の状況について理解する。

 最初の課題だった結束という課題は、俺を省くことで上手く回せたらしい。


(下手に俺が関与すると空気が悪くなる可能性もあったからな。うん、仕方がないってやつだ……でも……やっぱ、つれぇわ)


「はぁ……」

「あの、すみません……少し、いいですか……?」

「あっ、あぁ。どうしたんだ、月桃?」

「あの……コーチから見て、私ってどうなんですか?」

「どうってのは?」

「選手としてって意味です……その、知っておきたくてっ……」


 月桃はおどおどとしながら言葉を伝えてくる。

 俺は奴の身体をまじまじと見る。

 平均レベルの背身長。

 スポーツに必要な肉がついていない貧相な四肢。

 少し暗めな垂れている黒色の目、相反するピンクの髪。


「………………後ろ向いて」

「……え?」

「いいから、早く」

「は、はいっ……」


 俺はじっくりと奴の背中を見る。

 猫背になっている背中。

 貧相な大臀筋。

 あまり膨らみのないふくらはぎ。


 ……あまりにも、足りないものが多すぎる。


「月桃。こっちを再度向いてくれ」

「は、はいっ……その、どうでした……?」


 月桃はおどおどとした様子で俺に質問してくる。

 俺は悩んでいた。奴に本心を伝えるべきか、リップするべきかだ。


(月桃を悲しませることを言うのは、正直酷だ。選手として彼女の道をつぶすことに繋がりかねない。奇跡だって起きる可能性はあるって、何かしら希望を持たせることを言えたらどれだけ良いだろう。でも、俺は神様じゃない。一流の人間みたいにゼロから百を生み出すことはできない)


「月桃。率直に言わせてもらう。お前が上手くなれるっていう確証はお前の身体からはひとつも感じられない。とどのつまり……お前が一番サッカーをするに恵まれていない身体だってことだ」


 俺は率直に伝えることにした。

 俺の言葉を聞いた月桃が残念そうにうつむく。


「そうなんですか……私そんなにダメなんですか……」

「あぁ、そうだ」


 俺は月桃自身がどの位置か、ちゃんと理解させるために言葉を選んだ。

 彼女はうつむきながら俺の言葉を泣きそうな顔で聞く。

 

「とまぁ、こんな感じだ」


 俺が彼女への現状を伝えると、少し悲しそうな表情になる。


「そうですか……やっぱり、私は向いてないんですね……」

「才能という面で見れば、お前はノミ以下だ」

「ノミ以下ですか……」

「あぁ。そうだ。お前には才能がない。これは断言できる。でもな……俺はお前が成長できると思ってる」


 俺の言葉を聞いた月桃がゆっくりと顔を上げる。


「成長できない人間ってのは自らの弱点から目を背けて逃げ続ける。傷つくのが怖いから、必死に背けようとする。けれど、土壇場でその弱点に向き合うときが来たら――そういう人間は必ず失敗する。自分の弱点に向き合い立ち向かう意識を持つ人間は、土壇場で必ず誰かを助けられる。だから、月桃—―俺についてきてくれ。いつかお前が花ひらくときまで――俺が、しっかりと見守っていてやるからよ」


 少しだけ俺たちの間に沈黙が流れてから、彼女が目を閉じる。

 そして、ゆっくりと目を開き俺の顔を見た。


 彼女の顔には、不安そうな感情が一つ足りともなくなっている。

 自分が弱いということを認め、恐怖に立ち向かうことを決意したのだろう。


「ありがとうございます、コーチ。私……自分なりに、頑張ってみます」

「そりゃ良かった。もし気になったことがあったら、連絡してくれ」

「わかりました。ありがとうございます」


 彼女は嬉しそうに微笑みながらその場を後にした。

 正直、申し訳ないと感じている。


 彼女が上手くなれるとはお世辞でも言えない。

 試合にだって出せるかは確約できないし、努力が必ず報われるともいえない。


 けれど、彼女の目を見たら諦めろとはいえなかった。

 例えいばらの道だとしても、諦めずに頑張ろうという意志が読み取れたからだ。

 それは成長する上で最も重要な気持ちで、無くしてはならないことだ。


(それに……彼女みたいなやつが頑張ると皆も頑張るからな)


 俺は再開した練習風景を見ながらそんなことを思う。

 必死に汗をかきながら足を動かす月桃につられ、全員が足を動かす。

 顔には熱意があふれ、一心不乱に努力するという姿勢が見られた。


(……これなら次の練習試合も期待できそうだな)


 俺はみんなが頑張る姿を見ながらそんな風に感じるのだった。

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