【SIDE】二子石サッカー部祝勝会
今回は本編とはちょっと違う回です。
※
山岳戦終了後、桜木と相馬は夕焼けを眺めながら一緒に帰っていた。
「ねぇ、桜木。今日の試合、満足した?」
部活指定のジャージを着ている相馬が桜木に質問する。
「満足、っていうと?」
「自分の全力を出せたかってことだよ」
「ふ~~ん……相馬はどうだった?」
桜木が質問し返すと、相馬がぱぁっと顔を明るくする。
「僕は出せたよ。前回負けた須王さんにも完勝したしね!」
相馬は自身の平たい胸に手を当てながら嬉しそうに微笑む。
山岳戦でボランチとしての仕事を完璧にこなせたのだから当然と言えた。
「そうなんだ……私は、正直あんまりかなぁ」
「えっ、そうかな? 一ゴール一アシストしてる時点で相当いいと思うけど」
「結果は確かに良かったけど……キャプテンとしての仕事はダメだった。ひより先輩だったら、得点が決められたときにちゃんと声を出せていたはずだよ……」
桜木は理想とする先輩の名前を口にしながら自らの失態を悔いていた。
実際、山岳戦で途中出場してきた志満先輩がいなければ試合のペースは持っていかれていた可能性が高いだろう。
試合の流れを変えるうえで、ポジティブな言葉を口にできる選手は非常に重要だ。
その仕事をキャプテンである彼女が出来なかったのは大きな課題である。
「……僕の持論だけどさ。先輩がいたときのサッカー部と今のサッカー部の違いって、なんだと思う?」
険しい表情の桜木に相馬が問いかける。
「……豆芝さんが入ってきたこと、かな?」
「そういうのじゃなくてさ。他のことであるかな?」
「他のことか……う~~ん、思いうかばないなぁ」
桜木が少し考えてから声の調子を落とすと、相馬が答える。
「僕的にさ。今のサッカー部は距離感が薄い気がするんだよね。例えば中学サッカー部の時にはひより先輩が時々勉強会を開いてくれたじゃん? 自主参加性のやつ」
「そういえば、そんなのあったね」
ひより先輩が中心に開いていた勉強会を思い出す。先輩方数人に分からないことを聞きつつ、みんなでワイワイするというのは楽しかった覚えがあった。
「僕たちにはさ、皆で集まって何かをするってのがない気がするんだよ。ただ部活に励んで、練習して、それで解散ってさ。なんというか、寂しく感じない?」
「確かに……言われてみれば、寂しいね」
「でしょ? だからさ……折角だし、勉強会でもどうかなって思ったんだよね」
相馬の提案を聞いた桜木はなるほどと思った。
勉強会という名目であればどんな部員たちも来る可能性が高い。名前を上手く変更して祝勝会も兼ねておけば、勉強目的が面倒くさい人間も釣れるだろう。
そしたら、以前みたいにメンバー同士の交流を深めることが出来るかもしれない。
「勉強会に祝勝会を兼ねようと思うんだけど、どう?」
「いいと思うよ。その方がみんな楽しんでくるだろうしね!」
桜木の提案に相馬がグッドポーズを作って返す。
「よし、そうと決まれば今日中にグループに送っちゃおう!」
こうして、とんとん拍子で勉強会兼祝勝会が決まったのである。
※
そして時は流れ、当日――
カーテンが開く音と共に太陽の光が差し込んでくる中、桜木はベッドで体を左に転がした。瞼をあけた先には、太陽の光があり、まぶしく感じる。
「まぶしぃ……」
右側にごろんと転がると、自身の側近である同年代の従者が一人立っている。
金髪のポニーテールをなびかせる緑の瞳を持った少女だ。
「おはようございます、お嬢さま。本日はご学友の方々とお勉強会ですね」
少女は柔らかな物腰で入ってから、桜木をベッドからはがす。
寝間着姿の桜木が「寒い~~」という中、従者は蒸しタオルを用意する。
「お嬢様、こちらを目元にかけさせていただきます。失礼します」
「うぅ~~なんだかあったかいよぉ~~」
「蒸しタオルですから。当然です」
桜木は甘えん坊な姿を見せながら顔にタオルを当てられる。
数秒ほどたつと、だんだん彼女の意識が覚醒し始めた。
「いかがですか、お嬢様?」
「…………ありがとう。少し、頭が回り始めた気がする」
「よかったです。真面目で凛々しい、お嬢様に戻ってくださったようで」
「フフッ、お世辞がうまいわね。さて……そろそろ朝食をいただきましょう」
「かしこまりました。それではお洋服を選んでまいります」
従者はそういいながらてきぱきと衣服を用意する。
黒髪ボブカット姿の桜木が似合う落ち着いた色合いのワイシャツと、シャツに近い色合いを持った機能性のあるズボン、靴下をあっという間に選定した。
「いかがでしょうか、お嬢様?」
「うん。下手なドレスなんかよりも、俄然親近感を持たれやすそうな服装ね。完璧よ。それで……今日の勉強会会場は整っているの?」
「はい。勿論、整えております」
「それは良かった。みんながどんな反応するか、楽しみね!」
桜木は従者に笑いかけながら純真無垢にそんなことを言う。
こんな場所に連れてこられたら普通の人間じゃないと思うだろ、と思う従者であったが彼女にはそのことを一切伝えようとはしないのだった。
※
時は流れ、お昼ごろ。二子石駅にて集まってから桜木宅へ向かうことを計画していた相馬は部員たちを集めていた。
「ねぇ、相馬ちゃん。今日って何する予定なの~~?」
「志満先輩、今日は勉強会らしいです。祝勝会も兼ねる予定です」
「そうなんだぁ~~メッセージ流し見してて知らなかったよぉ……ふぁぁ、眠い……」
縦ラインの入ったセーターとクリーム色のニットスカートを着た志満先輩はずっと眠たそうな様子を見せている。相馬が一瞬でも目を離したら床に倒れるのではと思うほどグラグラとする彼女を心配しながら見ていると、二人のメンバーが到着する。
「こんにちは、副キャプテン。それと、志満先輩」
「こ、こんにちはっ、相馬さん……先輩っ……」
次にやってきたのは三好姉妹だった。
三好姉が男っぽいかっこいい系の衣装に身を包む中、三好妹は少し落ち着いた色合いの服をまとっている。性格、能力、言動も姉の方が派手な印象だ。
「おい、志保。私の背に隠れるなよ」
「だ、だって……」
「だってじゃなくてなぁ……はぁ……」
竜馬はため息をつきながら相馬の顔を見る。
「こいつ、極度な人見知りなだけなんだ。あんたのことを嫌っているとかじゃないからさ。邪険に扱わないでやってくれよ」
「そうなんですか……わかりました。お二人とも、今日はよろしくお願いします」
「二人とも~~、今日はのんびりと行おうねぇ~~」
「お願いします」
「は、はひゅ……ぃっ……」
竜馬がしっかりと二人の目を見てあいさつするのに対し、志保は怯えた様子で頭を下げる。そんな状況に対し二人は特にツッコもうともしなかった。
「とりあえず、これで四人ですね。後、十人ですか」
「いや、これで八人だ」
「ワシら含めたらな」
相馬が声の聞こえた方向に顔を向ける。
直後、彼女の顔がさ――っと青く染まった。
「な、な、何してるんですか!? 長島さんに南沢さん! ふ、ふ、ふくに血が!」
相馬が目にしたのは、男っぽい服を着た二人の胸元についた血液だった。
二人はそれに気が付くと同時に、軽い返答を返す。
「あ~~いや、ね。さっき昔絡んでいた敵対連中に絡まれてさ。勝負になっちった」
「安心するがよい、相馬。ワシらは誓って殺しはやっとらん。半殺しにしただけじゃ」
南沢が「だっはっはっ!」と大声で笑う中、周りから白い視線が向けられる。姉は彼女らをにらみつけ、妹が青色の顔でプルプルとおびえ、先輩はうつらうつらと目を細めながら首をカックンカックンさせている。
もはや自分しかまともに動けないと悟った相馬は玉砕覚悟で問う。
「……お二人は、その……元ヤンキー、だったりするんですか?」
相馬が聞きづらいことを率先して動くと、長島が答えた。
「あぁ。私は元々武闘派のヤンキーさ。あんころは結構抗争とかやってたな」
「いじめてたとかみたいな感じですか?」
「それは違う。あくまで強者と闘いたいだけって理由でやってたからな。たま~~に悪いことしてる連中を単騎でボコしにいったりもしたな」
「ワシはそんなこいつに惚れ込んで、活動してるってわけじゃ。がっはっはっ!」
わかるようでわからない二人だけの話を繰り広げる中、相馬が告げる。
「お二人がどんな感じなのかは分かったんですけど……可能なら、乱闘騒ぎは避けてほしいです。もしニュースで取り上げられたら、二人が出場停止になるので……」
「ほうなのか? サッカーってのは面倒くさいルールじゃのぅ。お前もそうは思わんか、長島?」
「いや、さすがにそうは思わないな」
「ほうか。ならワシも同じじゃ! 喧嘩せんワイ!」
南沢が嬉しそうに大声で笑う中、相馬は疑問を抱いた。喧嘩が好きという割には、すんなりとこちらの証言を聞いたからだ。
「……すんなりと守ってくれるんですね。その、なんでですか?」
長島に問いかけると、奴はこのように答えた。
「あの人に迷惑をかけたくないからだよ」
「あの人って……いったい誰ですか?」
「お前にはまだ教えねぇ。私だけの秘密さ」
「……そうですか。まぁ、喧嘩をやめてくれるならいいですよ。それじゃ、待っててくださいね」
相馬が短く締めてから少し待っていると、水木達が一斉にやってきた。
島石や田中、武田といった目立たないメンバーたちだ。
「こんにちは、皆さん」
「…………」
「あの、水木さん?」
「…………」
三人が挨拶を簡易的にする中、水木だけはぺこりと頭だけ下げる。口を全く開けずに寡黙を貫き通す彼女の表情はどこか固く、真意を読み取ることが難しい。
「……どうしたんだろ、水木さん?」
「きっと、昨日の試合でつかれたんだよ~~あぁ見えて、動いていたからねぇ」
志満の指摘を聞いた相馬はなるほどと思いながら彼女から視線を逸らす。
その時だった。近くから音楽が聞こえてきた。
「さて、後は四人か……って、何だろう、この音?」
相馬が周りを確認するが、スマホで音楽を聴いている人間は見られない。いったいどこから音が流れているのだろうかと思いながら駅の外に出ると、相馬は目を丸くする。
そこには、駅のベンチに座りながらアコースティックギターを奏でる
モノローグ的な雰囲気のある歌詞を口ずさみながら奏でる音楽が彼女の周りに人を集め、注目の視線を向けさせる。聴衆の中には数円帽子の中に投げ入れるものもおりそれが激烈なファンみたいな人間であると理解させた。
「ふぅ、こんな感じかなぁ」
やがて、栗林が音楽を奏でる手を止める。
ギターを鞄にしまうと、相馬に気が付く。
「やぁ、副キャプテン。演奏、聞いてくれた?」
「聞きました。とてもうまくて聞き心地のある音楽でした」
「そりゃ良かった。今日向かうキャプテンの家でも弾こうかな」
「いいと思いますよ。桜木も喜ぶと思うので」
「へへっ、そりゃよかった」
栗林が嬉しそうに鼻の下を指でなぞると、聞いていた三人がやってくる。
一番身長の低いロりっこの菅原、ピンク髪の月桃 、普通の半田だ。
皆、栗林の音楽に聞き入っていたらしい。
「普通にうまい音楽で聞き入っちゃったよ」
「本当にうまくてびっくりしちゃった! 初めてお金投げたよ!」
「えっ、あれ初めてだったんですか!? 五百円二枚も!?」
「うん! よかったものにはお金を投げる主義だから! それに、アルバイトでお金をそれなりに稼いでるから大丈夫!!」
菅原が八重歯を見せながらニカッと笑う。
そんな様子を見ながら月桃や半田もつられるように笑っている。
四人とも、それなりに悪い人間じゃなさそうだ。
相馬はそのように感じていた。
「それじゃ……そろそろ集まったし、いきますか!」
こうして集まったメンバーは、桜木宅へ向かうことになるのだった。
桜木家へ向かう道を知っている彼女が先導する中、一つの不安がよぎる。
「……そういえば、豆芝さん呼んでいないけどいいのかなぁ」
それは、豆芝のことだった。
試合に勝った立役者である彼を誘うべきか桜木と話し合った結果、今回は勉強会という目的だったため外したのである。
「なんだか申し訳ないけれど……豆芝さんなら、許してくれるはず……」
相談を一つもしていないことに不安感を抱きながら、相馬は自問自答するのだった。
※
一方そのころ、何も知らされていない豆芝は一人寂しく勉強に励んでいた。
隣には、Mr.Jによって用意された家庭教師が座っている。
「……そういえば、今日はGW最終日だなぁ。あいつら元気にしてるかなぁ」
「あっ、豆芝君。そこの解法とここ、間違えているよ」
「えっ、マジっすか」
「うん。本当だよ。正直ビビってるよ、be動詞が分からないと思わなかったからね」
「へへへっ、それほどでもぉ……」
「褒めてないから。それじゃ、もう一度小テストからやろう」
豆芝は絶望しながら勉強にしばかれていた。
自らの勉強不足を呪いながら、彼は一日缶詰めにされるのだが……
それはまた、別の機会に。
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