第23話 代理のキャプテン探し、そして贖罪
それは全体練習を開始してから一週間が経過した頃のことだった。
「……なんか、今日人数少なくねぇか?」
俺はとある状況に気が付いた。ガラは悪いが真面目な南沢、副キャプテンの相馬、背が一番小さいマスコット枠の菅原、GKを務める栗林の姿がないのである。
「あいつらに限って練習サボるとかはないだろうし……桜木、何か知ってるか?」
全体練習をする集合をかける前、俺はリフティングを行っている桜木に質問する。桜木は俺からの問いかけに対し、リフティングしながら返答してきた。
「……四人とも、テストの成績がまずかったので補講に駆り出されました」
「――へ?」
「補修ですよ。強制的に受けさせられる奴なんで、四人とも出られないと思います」
「マジかよ。因みに、誰が一番まずかったんだ?」
「……私も信じたくはないんですけど、相馬ですね。あいつ何故かやらかして三科目も赤点取りやがったんですよ。勉強会していたはずなのに、どうして……」
桜木が青汁を飲んだ表情を浮かべながら苦言を呈す。桜木は成績に自身があるらしいため、そんな彼女から教えられたのなら成績が安定するだろうと正直高をくくっていた。
だが、あまりにも奴らは阿保だったようだ。いや、高校の勉強を家庭教師に教えられた俺もちんぷんかんぷんだから特にとがめることはできないが……下手に練習参加が出来ない状況を続いてしまうとまずいだろう。
「どうするべきかなぁ……桜木、何かいいアイディアあるか?」
「そうですね……やっぱり、練習日の後に自習室に強制するとかですかね」
「自習強制かぁ……普通に遊び始めるやつらいそうだなぁ。でもまぁ仕方がないか。なら、とりまとめは……」
「あっ、それなら私がやるよぉ~~」
俺が桜木に頼もうとした直後、後ろから名乗り出る声が上がる。振り向いた先にはいつも通りのほほんとした表情を見せる志満先輩の姿があった。
「名乗り出てくれてありがとうございます、志満先輩。ありがたいです」
「いいよいいよ~~それに、去年も同じように勉強会参加していたからどういう風にまとめればよいかわかるし~~」
「去年っていうと、ひより先輩がいたころですか?」
「うん、そうだよぉ~~私たちは強くなかったけど……それなりにのほほんってやってたよぉ~~」
志満先輩は目を細めながらのんびりとした抑揚で回答する。それに対し、リフティングを止めた桜木がそわそわとした雰囲気を見せる。
「もしかして、志満先輩から話を聞きたいのか?」
「はい。でも……そろそろ時間ですし……」
「う~~ん、そうだな……あっ、それならいいこと思いついた」
俺は桜木を見ながらとある提案をする。
「今日は別メニューとして二人には外周トレーニングを課しておきます。一周で五百メートルあったので、八周をとりあえず行ってください」
「おぉ~~結構強度ありそうだねぇ~~」
「……でも、いいんですか? キャプテンの私がいなくて……」
「大丈夫だよ。それにさ、万が一お前がケガをしたりした時のシュミレーションも一旦行ったほうが良いと思っていたときだ。志満先輩は来年卒業しちゃうから、一年生で適任な副キャプテンを探して置く必要があると思うんだ」
「なるほど……でも、それ相馬でよくないですか?」
桜木が首をかしげながら問いかけてくる。桜木のいうことはもっともだ。
相馬のパス力とコーチング力は、チームに安定感をもたらす際に重要である。
けれど――それは彼女が桜木と同じように選手として出れた場合だ。
「さっきの理由と同じさ。万が一相馬が試合に出られなかったとき、今のチームには志満先輩ぐらいしかコーチングできる人がいない。そんな状況だとメンバーが欠けたときに本調子を出せないまま負ける可能性がある」
「つまり……今日の練習では万が一の事態に陥ったとき、任せられる人物を探す目的もあるってことですか?」
「あぁ、そういうことだ」
俺の意図を素早くくみ取った桜木は「なるほど、納得しました」とほほ笑む。
「それじゃ……今日の練習は任せましたよ、師匠」
「行ってくるねぇ~~」
俺はグラウンドを後にする二人を見送ってから、集合の声を出す。
集まる部員は、全部で十名と少なくなっている。
「今日、人数少ないですね。キャプテンと副キャプテンはどこ行ったんです?」
「桜木は志満とともに別メニュー、相馬たちは補修だ」
「マジっすか……副キャプテン勉強会真面目に受けてたのに……」
「世知辛い世の中だなぁ……」
部員たちの哀愁あふれる声が漏れるが、そんなことは言ってられない。
俺はいつも通りメニューを伝える。
「前半はいつも通りストレッチを入念に行ってから、走り込み系の練習を行う。今日は最後にフットサルを軽く行うから、楽しみに待っていてくれ」
「フットサル……って、何ですか?」
「フットサルってのは、五対五で行うサッカーの小規模バージョンさ。ルールは後で教えるから、楽しんで練習に取り組んでくれ。それと……今日の練習は、可能な限り声掛けをしっかりと行っていこう」
「声掛けってのは?」
「それは、自分たちで考えてみてくれ。よし、それじゃあ始めよう!」
俺は両手をたたいてからベンチに戻る。
座りながら教室の窓を確認すると、窓側で何かが蠢いている。
そこにいたのは、補修組に選ばれた南沢と菅原だった。
巨体を持つ南沢に菅原はなぜか肩車をしてもらっているらしい。いやなんでだよ。
そんな風に思っていると、教員に見つかりこっぴどく怒られている。
うん、そりゃ怒るだろうな。
「なーにやってだ、あいつら……」
呆れながら見つめているとストレッチを終えた二人がやってくる。
誰がとりまとめを行うかという情報を一切伝えていなかったことから彼女たちは自ら考え行動したのだろうと俺は理解する。
(長島と三好竜馬か。二人とも運動神経はチーム内で高い方だな)
俺は二人を見ながらそんな風に分析する。
片方は金髪のぼさぼさ系少女、片方は黒髪の真面目系少女。
片方は元ヤンキーで、片方は妹の志保をカバーする完璧超人。
(ヤンキーと、真面目系少女って……どっかでありそうなコンビだな)
「どうしたんですか、コーチ?」
「早く次の指示をください」
「あ、あぁ。すまん。それじゃ、マーカーの準備してくれ」
俺は事前に用意したマーカーを二人に渡し、用意させる。
二人は手際よく用意を終えた後、すぐに戻ってきた。
「用意終わりました!」
「ありがとう。それじゃあ、今回は五、五に分けるから二人が管理してくれ」
「えっ、管理ってどういうことですか?」
「まぁ、あれだよ。いわゆるキャプテンみたいな感じだよ」
それを聞いた長島が目をキラキラと輝かせる。
「つまり、私が部隊長ってことですか!?」
「部隊長……? まぁ、そんな感じじゃないかな……?」
どういう意味なんだろうと思ったが、下手に聞いて練習時間を失うのは惜しいと思ったため、スルーした。
「それじゃ、いつも通りスタミナセブンターンをこなしていってくれ」
「かしこまりました、コーチ」
「了解しました! やったりますよ!」
二人は異なる雰囲気を出しながら五名を集めて練習を開始した。
スタミナセブンターンを実際に行い始めてから数日経過したためか、皆どのように切り返せばよいかが分かってきているようだ。ストップウォッチで一人一人の時間を確認しているが、少なくとも一秒は縮んでいるように見える。
全員真面目に練習をこなしていることで結果がついてきているのだろう。
やはり継続は力なりだ、と俺は改めて感じていた。
そんなことを感じていると、スタミナセブンターンの練習が終わる。また、二人が次の練習を質問してきたので、次はボールを活用した練習を行う事にした。
パスを出して走るだけのパスアンドゴーもありだが、今回は少し趣向を変えた。
パスを出した後、受け取り手に対し相手が守備をかけるということである。守備といっても今回は相手からボールを完璧に奪うというより、パスコースを限定することを意識させるような練習にした。
サッカーではボールを奪うよりもパスコースを限定するという動きのほうが重要だ。特にボランチに優秀な選手がいる場合は前線の選手がボールを奪うのではなく、そこにパスを渡すためのコースを防ぐという意識で守備することが多い。
それを全員に学ばせるというのが今回の練習意図だ。
(さて……あとは二人がどう出るかだな)
俺がそんなことを思っていると、竜馬が突如パスアンドゴーを止める声を出した。
「お、おねぇちゃん……ど、どうしたの?」
「志保。さっきパスを出したときと今パスを出したとき、何か違いはあったか?」
「確か……パスコースが、違っていた気が、する……かな?」
「あぁ、そうだ。私は途中から横に動いてパスを貰おうとしていたからね」
竜馬の発言を聞いた四人がざわざわとする中、彼女は続ける。
「今回の練習はパスを正確に出すのもあるけど、それ以上に味方選手がちゃんと自ら考えて貰いに動くって動きが重要だと思うんだよね」
「自ら考えて……動く?」
「そうだよ、島石さん。例えば、左サイドバックに島石さんが入ったらオーバーラップしてボールを貰いに来ると思うんだよね。そのときにちゃんと要求しないと、パスの出し手は気が付かないかもしれない。だから、この練習はパスの出し手をちゃんと把握してパスを貰うという攻め側の連携が重要だと思うんだ」
竜馬の説明を聞いた四人はそれぞれ納得したそぶりを見せる。
それを確認した後、竜馬は練習を再開させた。
「武田、パスちょうだい!」
「ほい、島石!」
「田中、パス!」
先ほどの説明を聞いた地味三銃士は声を出しながらパスを貰う。先ほどよりもより攻め側がパスを貰う際の動きにフォーカスするようになり、練習効率が上がった。
(うん、自ら考えて提案できる姿勢は竜馬の方が上っぽいな。それと比較すると……長島の方はちょっと甘いな)
俺は長島の方に目を向ける。長島は自身は積極的に自ら動くという行動を試合中から行っていたため、パスアンドゴーの練習でも自発的に行えている。
だが、他のメンバーが行えていないという状況には自らの意識を向けられていないようだった。上側に立つとして、ちゃんと周りの状況を把握した動きが出来ないというのはあまり好ましいとはいえないだろう。
(今の状況だと……万が一二人を欠いたときは、竜馬にキャプテンを任せた方が良いだろうな。うん、そうしよう)
俺は練習風景を眺めながら、そのように感じるのだった。
※
一方そのころ――
「結構いいペースで飛ばしてるけど、桜木ちゃん大丈夫そう?」
「大丈夫ですよ……はぁっ、はぁっ……」
「そっか。疲れたらいつでも言ってね」
外周練習を行っている桜木と志満はそんなやり取りを交わしながら走っていた。
周りには野球部やテニス部、吹奏楽部の部員たちが外周練習に励んでいる。
「……外周多いですね。吹奏楽に関しては重そうなリュック背負ってるし……」
「あぁ見えて、肺活量重要だからねぇ。まぁ、あぁいうこともあるんだろうねぇ」
「なるほど……それより、志満先輩。ひより先輩はどんな感じでした?」
五週目に入ろうというタイミングで桜木は志満に質問する。志満は少し考えてからゆっくりと彼女について説明し始めた。
「ひよりちゃんは、かなり気遣いが出来る理想のキャプテンだったねぇ。私が練習をサボったりしても怒鳴ったりせず、一緒に練習をやりたくなるまで待ってくれたりとかしてくれたから、かなりいい子だと思うよ。ただ……最近は学校にも来てないね」
「えっ? 学校にも来ていないんですか?」
「うん……三月の春休みから今日に至るまで、見てないねぇ……保健室登校かもしれないけれど、事情は分からないなぁ~~」
志満は困った様子で答える。
桜木はひより先輩がそのような状況になっていると初めて知り動揺していた。同時に、彼女の中で一つの欲求が高まる。
「ひより先輩は、なんで学校に来なくなったんですか?」
「……多分。私たちが原因だと思うんだ」
志満は腕を動かしながらゆっくりと話し始めた。
「去年の六月ごろ、私的理由で学校をやめたサッカー部顧問の先生の代わりに男性の先生が顧問として付くことになったんだ。……その人は正直言って……あんまりよいとは思えない人だった。言動も悪いし、性格もちょっと酷いなって思うところがあったんだ。それでも、ひよりちゃんは必死に皆をまとめようと奮闘していたんだよ」
「……そうだったんですか」
去年の六月から先輩が苦しんでいたことを知った桜木の顔が曇る。
「ひよりちゃんは本当に頑張ってた。先生がやってくれないチームの交流会や練習する際の場所確保、さらには練習内容の選択まで全てやってくれたんだ。私はそこまで部活動に熱を入れてなかったから、ただただ凄いなって思いながら見てただけだったんだよね」
「……先輩から、一つも相談されなかったんですよね?」
「うん……ひよりちゃんは、全部一人で頑張って解決しようって奮闘する子だったから、私たちに頼ろうって考えが抜けちゃってたんだと思う。そんな彼女の奮闘に、私たちは答えようとしなかった。顧問が怖いからって理由で何人かは部活をやめちゃったし、雰囲気もあまり良いとは言えなくなっていった」
志満の声のトーンが下がり、目が少し開く。
目の中には光が一切入っていなかった。
「ひよりちゃんは、どんどん疲れが顔ににじみ出るようになっていった。何というか休むときに休めていない、っていう感じがあってさ。いつか爆発しちゃうんじゃないかって思ってたんだよ。そう思ってたら、顧問の先生が
「……そうなんですか。その、顧問の先生はなんで懲戒されたんですか?」
「ごめんね、それはわからないの。同じクラスではあったけど、途中から私もサッカー部にあまり顔を出さなくなっちゃったからさ……」
志満は申し訳なさそうに言葉をこぼす。
「そうなんですか……それなら仕方がないですよ。先輩が来なくなっちゃったら、サッカー部を取りまとめられる人がいないでしょうから」
「うん、実際そうだった。副キャプテンとかも決めていなかったから、ひよりちゃんに全ての皺寄せがいっちゃった。もし誰かが率先して彼女の力になろうとしたら……きっと、ひよりちゃんは今も来ていると思うんだ」
志満は暗い顔でそう言ってから少し顔を背け、頑張って笑みを作った。
「だからさ、今の状況は結構いいと思うんだ。桜木ちゃんも、相馬ちゃんも、二人で協力してチームに貢献してくれてる。そうやって、互いに協力し合える関係があるのはとても良いと思うんだ……!」
泣きそうな笑顔で褒める彼女の言葉を聞いた桜木は、真剣な表情で返す。
「ありがとうございます、志満先輩。そういってくれると、ありがたいです」
「フフッ、桜木ちゃんはまじめだねぇ。よ~しよ~~し」
「ちょっ、撫でないでくださいっ! 恥ずかしいですからっ!」
一緒に走りながら頭を撫でられることに恥ずかしさを感じつつ、ランニングの七週目に入る。
あと一周終わったら、一度グラウンドに戻ろうと桜木が提案していた時だった。
「あのっ……! そこのお二方! 陸上部に入りませんか!?」
緑色の髪の毛の少女が、二人に唐突に提案してきたのだった。
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