第24話 陸上部員を求める少女との勝負
桜木たちの前に現れたのは、耳元が隠れるほどに伸びた緑髪、潤んだ少し垂れ目の黒瞳、もちっとした頬肉、そして引き締まった脹脛を持つ少女だった。
「えっと……ごめんなさい。あなたは誰ですか?」
桜木が足を止めて声をかけてきた人物に質問する。桜木の問いかけに対し、少女は顔を上げると同時に姿勢を整え、桜木たちの顔を見て自己紹介を始めた。
「わ、私! 一年三組の
森川と名乗る少女は舌をかんだらしく、野太い悲鳴を上げながらひっ、ひっと声を出している。
「だ、大丈夫~~? 保健室とか、行く?」
「大丈夫れふ……いひゃい……」
心配な表情を浮かべながら志満が問いかけると、森川はちょっと涙を浮かべながら両手を用いて自分が問題ないことを伝える。同時に、再度要求を行った。
「本題に戻りまひゅ……あの、陸上に興味がありまふぇんか?」
「陸上か……う――ん、私はないなぁ。志満先輩はどうですか?」
「陸上かぁ、懐かしいね。前にひよりちゃんが駅伝出ようとか言ってたなぁ」
「へぇ~~そうなんですか」
ほぉんと言いたげな表情で桜木が相槌を打っていると駅伝という言葉を聞いた森川が子犬のように目をキラキラと輝かせながら志満の前に来る。
「も、もしかして……駅伝、やったことあるんですか!?」
「いや、それはないんだぁ~~ごめんねぇ~~」
「そ、そうなんですがっ……あ”ぁ”っ”! まだがんだぁ!」
「……無茶苦茶、ドジなんですね」
オーバーリアクションを取る森川に桜木が小声でぽつりと呟く。
一旦落ち着いた場所で話そうということになり、自販機前のベンチに座る。
「なるほどね……森川さんは陸上がやりたくて部員を集めているんだ」
「はいっ、そうれしゅ……部員を集めているんですけど、私が思っている以上に皆さん陸上をやって下さらないんですよ……皆でタスキを繋ぐの、楽しいのに……」
「でも、それって一人で良いんじゃないの?」
「一人じゃダメなんですよ。一人だと、結果を残しても自分でやり切った結果しか残らないんれす。それはもう中学時代で十分経験したので、高校ではみんなと何かを繋ぐって経験をしたいんれす」
それを聞いた桜木は相槌を打ちながら彼女の考えを理解する。
森川の行いたいこと、それは個人競技ではなくグループ競技であるということだ。
「……それって、陸上じゃないといけない理由ってあるんですか?」
「……だって、陸上以外で皆と繋ぐスポーツ、知らないですもん。生まれてこの方、陸上ばっかりやってきていたのでそれ以外のスポーツは全く知らないです。因みに、自慢ですが……足には自信ありますよ。百メートル十二秒九です」
「五十メートル大体六秒前半……!? 無茶苦茶すごいじゃん!」
桜木が目を丸くするのも当然の記録だ。
まず、女性の百メートル平均タイムは十七秒程度だ。
桜木は十五秒、志満は十六秒であり、二人はそれなりに平均に近い。
そんな状況の中、森川は十三秒を切っているのだ。相当早い部類である。
「いやいやいや、陸上だと普通ですよ。十二秒前半ないと勝負になりませんから」
「いや、それでもすごいよ……違うスポーツやれば俊足選手としてやれるよ」
「でへへぇ~~それほどでもぉ~~~~~」
桜木の言葉を聞いた森川は目尻を細めながら口にハートを作る。無茶苦茶ちょろい印象を感じた桜木は隣に座っている志満に耳打ちする。
「先輩、私思ったんですけど、この子サッカー部に入れるのどうですかね?」
「う~~ん、そうだねぇ……一旦、豆芝君に聞いてみるのがいいかもねぇ~~」
「なるほど。確かに師匠だったら何かしらの意見をくれそうです。でも……どうやってこの子を逃さないように連れて行きますか?」
「それなら、私にいい考えがあるよぉ~~」
志満は桜木に耳打ちして自らの考えを伝える。
「……それ、本当にうまくいきますか?」
「行くと思うよぉ~~だって、森川ちゃん。ちょっとドジっぽいし」
「……意外と先輩も、思ったこと口にするタイプなんですね」
「うん~~結構いうよぉ~~それじゃ、さっそく決行しようかぁ」
志満合図の下、桜木が自分なりに考えた笑顔で問いかける。
「ねぇ、森川さん。一つ勝負しない?」
「勝負、ですか?」
「うん。うちのサッカー部のコーチとさ、勝負してみない? もし貴方が勝ったら私と先輩が入部してあげる」
「えっ……? あぁ、そうですか。でも、戦力になるんですか……?」
「私はどうなるかわからないけど、志満先輩は伸びる可能性あると思うよ。試しに、だまされたと思って肩車されてみてよ」
「……えっ!? 肩車!? 嫌ですよ、中学生じゃないのに、恥ずかしいです!」
「別にいいじゃん。恥ずかしいなんて思ってたら、部員集まらないよ?」
桜木の言葉を聞いた森川の表情が確かに問いたげな顔に変化する。
桜木の予想通り彼女は結構信じやすいタイプのようだ。
「それじゃ、私の肩に乗ってね」
「は、はいっ。お願いしますっ……!」
森川は志満の両肩に足を載せ、肩車される体勢となった。
普段以上に高く見える景色は、彼女に空を制した気分を与えた。
それと同時に、彼女は志満の凄さを理解する。
体幹が一切ぶれていないのだ。
陸上において重要なボディバランスの良さが、かなり備わっているのだ。
足をさらに鍛えれば、陸上メンバーとしてやっていけるだろう。
そう思った森川の答えはかなり早かった。
「……私、決めました。サッカー部コーチとの勝負、挑みます!」
※
俺は三好チームと長島チームのフットサルを眺めながら斉京学園に勝つための道筋を必死に考えていた。
U-18男女混合大会となれば、俺がかつて斉京ビルダーズFCでプレイしていた一軍の仲間たちと戦うのは確実だ。
J1の下部組織と互角に渡り合えるほどの精鋭が集まる相手との実力差を埋めるには生半可な練習だと絶対に無理だ。
(俺が選手として出られたら、少しでも確率を上げられるかもしれないが……斉京に目をつけられている以上、リスクがデカすぎるな)
Mr.Jに以前見せられた血だらけスカウトマンの写真を思い出す。
下手に逆撫ですれば俺が同じ状況に追い込まれる。
最悪の場合……選手生命どころか、命を奪われかねない。
俺が死ねば、Mr.Jと復讐する約束が途切れることとなり、親父の入院も止まる。
そしたら――おやじもろとも俺たちは死ぬことになる。
俺を食わしてくれた親父を殺すのは、絶対に避けたい。
選手として活動する道は絶対にないと考えたほうが良いだろう。
だが、あまりにも二子石の選手層は薄い。
二子石高校だけで強豪に勝利するのは、あまりにも不可能だ。
(……Mr.Jに指導者を新しく呼んでもらうか? いや日高が斉京へ情報を流している可能性がゼロではない以上、舵を切るにはリスクが高い。他校の選手をスカウトするという手もあるが、大会規定が分からない以上無駄骨になる可能性もある……ダメだ、八方ふさがりだ……)
脳内で自問自答しながら、現在の状況に弱音を漏らす。
(何か、強烈な変化が欲しい。チームの意識を変えるような何か……ん?)
俺が左を向いた時、二人の部員が戻ってきていることに気が付いた。
桜木と志満先輩だ。そこまでなら普通だが、問題は志満先輩の両肩だ。
だって、おかしいだろ。
なんで先輩の両肩に学校指定ジャージを着ている少女が乗っているんだよ。
「戻りました、師匠」
「おぅ、おかえり。それと、志満先輩。その子は一体、誰ですか?」
疲労によって生み出されたものじゃないか確認すべく、質問する。
俺の問いに答えたのは、肩車されている少女だった。
耳が隠れるほどの長さに整えられた緑色の横髪を揺らしながら少女は手を上げる。
「私、
「へぇ、そうなんですか。陸上部の方が一体どのようなご用件で?」
俺が問いかけると、志満から地面に優しくおろされた少女は自身の両一指し指を重ね合わせながら申し訳なさそうに口を開く。
「実は……陸上部に所属してくれる部員を探しているんです。二子石高校で陸上部として活動しようと思っていたんですけれど、部員になってくれる人がいなくて……」
「へぇ、そうなんですか。申し訳ないですけど、部員をあげることはできません」
「……え?」
森川と名乗った少女の顔が曇る。
「俺たちは全日本高等学校女子サッカー選手権大会で勝てるように練習を行っています。そして、全員頑張ってついてきてくれているんです。そんな彼女たちを一人でも売るみたいな行為をするんだったら、ここで自分の腹にドスでも刺しますよ」
「そ、そんなに覚悟を決めていらっしゃるんですか……!?」
「まぁ、そのぐらいの気合はあるってことです。なので、新入部員勧誘ってことでしたら断らせてください」
俺が頭を下げながら現状を伝えると、森川はへなへなと下を向く。
下手に部員を取られたらこっちは死活問題だ。なんとしてでも避けたい。
そんなことを思っていると、彼女が突如顔を上げる。
「……でも……諦めるわけにはいきませんっ!」
森川は俺の顔を見ながらびっと風切り音を鳴らして指をさしてくる。
「豆芝さん! 私と足で勝負してくださいっ!」
「……は? なんでそうなる?」
「もしあなたが勝ったら……私はこの部活に入部してあげます!」
「聞けよ、おい」
俺の話を聞かずに、彼女はゴールの両方を指さす。
「ゴールのある個所を起点として、スタミナセブンターンで勝負しましょう!」
俺はスタミナセブンターンという名前を聞き、少し驚いた。
「スタミナセブンターンについて知っているのか?」
「あぁ。知っているぞ。ちょうど練習に組み込み始めたからな」
「へぇ~~そうなんですか。ちゃんと調べているんですね」
森川の発言に一瞬だけむっとしたが、ある意味ちょうどよいかもしれない。山岳戦までは部員たちに練習を教えるばかりで、実力を示したことはなかったからだ。
俺の実力を知ってもらえば、練習としてちょうどよいかもしれない。
「桜木、ストップウォッチ任せておくわ。十五分になったら試合を切ってくれ。試合はセルフジャッジさせているからわからない箇所があったら志満先輩と一緒に協力して何とかしてくれ」
「わかりました、師匠!」
俺は二人にフットサルの試合管理を任せてから、森川と横並びになる。
「負けたら、部員貰いますからね……!」
「おぅ、望むところだ。やって見せろよ……!」
俺が掛け声を出すと同時に、勝負の火ぶたが切られる。
正直余裕で勝てるかと思っていたが、予想以上に彼女は食いついていた。
一回切り返したタイミングで、差は全くない。
ターンが上手いというのもあるが、足腰がしっかりとしているためか地面の蹴り方がかなりうまい。俊敏性という面ならチーム随一になれる素材を持っている。
(こりゃ凄いな。もう少し力を出すか)
俺はさらにスピードを上げる。
ターンが出来るギリギリの速度まで必死に足を動かし、腕を振る。
「すごいですね……でも、私も負けていられませんね……!」
森川のギアが一段階上がる。
フォームがより低くなり、足の回転数がさらに向上する。
少し前まであった差は最早胸一つ分ぐらいになっている。
「負けませんよっ……!」
「俺だって、まけねぇっ!」
俺は全力で声を張り上げながら最後のターンを終える。
ラスト直線一本、距離差はほとんどなく速度で決まる状態。
このまま全力をこちらが出せれば、勝利は確実だ。
だが――予想外の事態が生じた。
フットサルで生じたパスミスのボールがこちらにやってきたのだ。
そのボールは俺がとらなければ、森川に衝突する。
俺がボールをよければ、彼女は体勢を崩して勝てなくなるだろう。
確実に勝てて、良い素材を持つ選手を手に入れられる。
まさしく、最高だ。
だが――それでよいとは思わない。サッカー選手としてプロになるなら、ボールは避けるものではない。自分でコントロールし扱えるようにすることだ。
「うおりゃっ!」
俺はボールが来る直前まで距離を稼いでから飛び跳ねる。
それと同時に、浮かせた右足の踵でボールをかちあげる。これにより、上側へ力が加わったボールは彼女に当たることなくきれいに通り過ぎて行った。
「ぶはぁっ!」
だが、むちゃな動きをすれば受け身が取れないのは当然だ。
俺はバランスを崩しながら砂のグラウンドで転がる。
周りの奴らから大丈夫かという視線が向けられる中、俺は立ち上がる。
「……何とか、俺の勝ちだな」
俺は、森川に対して自らが勝利したことを伝えるのだった。
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