第25話 いかがわしい保健室

 森川との決闘後、俺は保健室にて傷の手当てを受けることになった。

 桜木や長島に念のため受けろと言われたからだ。

 正直受けたいとは思っていなかったが、形だけでも行くしかない。

 俺は扉を先にあけた桜木の後に続く形で中に入る。


(ほら、やっぱり。だから嫌だったんだよ)


 俺は嫌な予感が的中したことに焦りを感じていた。

 白衣をまとった、推定Cはありそうな胸部を持つ女性。

 目元にあるクマは、女性の整った顔を引き立てるのにある意味役に立っている。

 これもあれだ。体の線がきれいだからなのだろう。


 性癖で考えるのは止めて、なぜ俺が危機感を覚えているか話そう。

 ご存じの通り、俺の性癖はけつとたっぱの大きい女性である。


 志満先輩みたいに大きくて豊満な体を持つ女性を見ると、少しばかり××がなりそうになるのだ。うん、流石にTPOを弁えているがマジでなりそうになるのだ。


 そんな女性が近くに来れば、性癖に刺さる男からすれば溜まりものではない。

 特に今回の場合は付き添いできた桜木と森川が立っている。

 下手に俺の生理現象がバレてしまえば――人生終了してもおかしくない。


 そういうわけである。


(精神統一しよう。そうだ、Mr.Jのヌードでも考えて抑えるんだ)


 俺はとち狂った妄想をしながら自らの××を抑える。実際、Mr.Jの奴を考えることは効果覿面だった。先ほどまで健康だった身体から吐き気が生まれるほどだ。


「大丈夫かい? えっと、何て呼べばいいんだっけ?」

「豆芝さんって呼べばよいと思います」

「おぉ、助かるよ桜木。それじゃあ、豆芝さんって呼ぶとしようか。それじゃ、足と膝を出して」


 俺は言われるがまま服をめくりケガしていそうな部位を見せる。

 少しばかり擦り傷が生まれているが、特に外傷には残らない。

 血も出ていないし、軽症だろうと俺は思った。


「擦り傷って言えるほど肌が剝けているわけでもないし、血も出ていない。問題は、なさそうだね」

「そうですか。ありがとうございます」


 俺は両眼を閉じながら保健室の先生に頭を下げる。

 目を閉じることで先生の身体を直視しない。

 これにより、××が反応することを避けられるだろう。


 俺はそんな風に高をくくっていた。


「……ふむ。両眼を閉じているようだが、何か怪我でもしたのかい?」


 予想外の一撃が飛んできた。


「目がちょっと疲れているだけなので、大丈夫ですよ」

「なるほど……それなら、ちょっとだけ保健室で寝ていくといいさ」

「……はい????」


(どういうこと? いや、マジでどういうこと!? どういうことぉ!?)


 心の中にいる俺は何度も疑問を口にする。意味が分からない。


(なんでそっち系のゲームでありそうな展開になるんだ? やったことないから他人伝いでしか聞いたことがないけど、いやマジでおかしいだろ)


「二人とも、少し外に出ていてくれ。身体を強打している可能性があるからね」

「えっ、それなら私が……」

「いやいや。同年代の子に彼の身体を見せるのは刺激が強いからね。大人の私が確認したほうが良いってものさ」

「そ、そうなんですか……」


 桜木は不服そうな声を出している。

 何故不服なんだろうか。

 意味が分からない。


「ささ、早く出た出た」

「……わかりました。その、変なこと、しないでくださいね」

「しつれいじましっ、あ”ぁ”っ! まだがんだぁっ!」


 桜木が不服そうな声を出した後、森川が悲痛な悲鳴を上げながら後にする。

 やかましい感じがするなと思っていると、立ち上がるように指示を出された。


「めをあけて。危ないから」

「は、はい……」


(距離がちけぇ、それに、後ろから、な、なにか、が、あ、当たって……)


 俺は自らの体温が無茶苦茶上がるのを感じた。筋トレで必死に部員たちへの性欲を減退しようとしていたが、こうも性癖がドストライクな相手だと興奮が抑えられなくなりそうになる。


 頭がショートしそうになる中、俺は言われるがままベッドの上に座らされた。

 ミルク色のカーテンがしゃーと音を鳴らししまる。


「さぁ、上を脱いでね」

「は、はいっ……」


 俺はぐるぐる目になりながら先生の言われるがまま上半身下着姿になる。汗まみれの姿を成人女性に見せるとかそれ系のプレイかなと思ったりしていると――


「ふむふむ、なるほど……」


 女性の様子が何やらおかしい。

 なんというか、顔を赤らめながら鼻息が荒くなっている気がする。

 俺の両肩を撫でる手もどこか艶めかしい。時折こちらがびくっと体を跳ねさせたくなる寒気を感じるほどだ。


(まさか……これって……中学の時に同じクラス連中が語っていた禁断の奴か?)


 教職員と十代の禁断すぎる恋。

 絶対に越えてはならない法律という壁をぶち壊す系の奴だ。


 勿論、俺の人生が詰むためそんな関係にはなってはならない。

 

(改めて考えても、詰みポイント多すぎだろ……)


 必死に思考することで興奮を抑えながら俺はそう思う。

 

 例えば仮に強豪としてなったとき、パパラッチとかが張り付くようになったら恋愛関係になっているみたいな記事が出る。

 例え一部だとしても、サッカー関連の記事に出るとしたら斉京関係者が目にする可能性が高いだろう。


 故に、俺が可能なのは有名になりきる前にチームを鍛えること。

 そして、変なパパラッチみたいなやつらに俺の行動を感づかれないこと。

 

 これを果たすには――女性との恋愛関係は防ぐ必要がある。

 無茶苦茶惜しいけど……仕方がないってやつだ。


「あのっ……」

「あぁ、やっぱり。選手として抜群の身体を持っているね」

「……え?」


 俺の身体を触診していた保健室の先生が対面のベッドに座る。

 タイツをはいた足を組みながら、先生は言葉の続きを口にした。

 

「君が赴任すると聞いて、驚いていたんだよ。斉京ビルダーズFCの豆芝君。あぁ、言い訳しようとか思わなくていいよ。別に誰にも言う気がないから」


 予想一つしていなかった言葉を聞いた俺は目を丸くした。

 

「なんで……そう思ったんですか?」

「最初に学校にやってきたとき、桜木さんと対戦してたよね? 校内をぶらついていたときに偶然それを目にしてさ。一般の高校生よりもかなり卓越した技術を持っていたから、気になって調査したわけ。そしたら、君が選手としてプレイしていた過去の映像が残っていたから驚いたよ」


 保健室の先生はそう言いながら試合映像を見せる。

 去年行われていた男女混合日本クラブユースサッカー選手権の決勝だ。


「この映像、どこに上がっていたんですか?」

「いや、どこにもあがっていなかったよ」


 保健室の先生は俺の問いかけに対し予想通りの返答を返した。

 斉京は昔から関係者以外の情報は残さない。

 試合で輝かしい成績を残しても、斉京系列、とどのつまり斉京学園に入学しようとしなかった人物は誰であろうと情報が抹消されるのだ。


 現に、俺の試合映像やプロフィールは全てHPから消されていた。

 裏には残っているかもしれないが、表面上では見れなくなっているのだ。


 であれば、一つの疑問が沸き上がる。

 どうやってこの映像を手に入れたんだということだ。


「……じゃあ、どこから手に入れたんですか?」


 万が一斉京関係者だとしたら警戒度を相当上げる必要がある。

 それを悟られないように顔や声は決して変えない。


「君の試合を観戦していた子からもらっただけだから、安心して」


 先生はそう言いながらやり取りを見せる。

 画面には、確かにちゃんとしたやり取りが記録されている。アカウント名からも、斉京関係者ではなさそうだ。


(いや、だからと言って気を抜いてはいけない。気を抜けば、昔みたいに食われるぞ)


 事実、油断したことで俺はサッカー人生を失った。

 決してぼろを出すような立ち回りはしちゃいけない。


「……なるほど。俺がその動画に出ている人物と似ているのはわかりました。でも、だからって彼と俺が同一人物だっていうことはできません。例え名前が似ているってことを考慮しても、違う可能性だってありますよ?」

「……面白いね。君はまだ自分が違うと偽るんだ」


 保健室の先生は俺の瞳をじっと見つめながら顔を近づけてくる。

 じっと見つめられると、少しだけびっくりしてしまう


 ニキビやシミが一つもない、人形のような白い肌。

 そして、男なら手を出してしまいそうな胸。

 興奮が止まらないわけがない。


「触りたいなら……触ってもいいよ?」


 先生は嬉しそうに俺を誘惑してくる。

 監視カメラがない、隔離されたこの場所。

 性的行為をしたところで、バレることはないだろう。


「ごめんなさい、そういうのはやっぱり、無理です」


 俺は必死に力を込めて、先生に言葉を伝える。


「俺はアホな男です。学もないし、機転も利かない、アホな男です。でも……そんな俺にも、自らを信じてついてきてくれる人間がいます。そんな彼女たちを――裏切るような非道行為は、絶対に行えません。だから、すみませんっ!」


 俺はベッドに座りながら両手を膝に置き頭を下げる。

 保健室の先生は俺の様子を見て、楽しそうに笑った。


「ははっ、はははっ!! 驚いたね!」


 先生の笑い声が保健室に数十秒響いた後、間をおいて話始める。

 

「いや、試して正解だったよ。君の技術は本来であれば全日本クラス。なのに、弱小サッカー部のコーチとして活動している。素行不良なのかなと思って、私と二人きりの状況を作ったけど……襲う素振りすら見せなかった。君は……昔の彼とは、全く違う人間だって理解できたよ」


 俺は先生の真意を理解した。

 先生は、俺が昔のようなエゴにまみれた人間か確かめたかったらしい。


「……コーチの豆芝君。私は、君に惚れ込んでいる。いつか君が、選手として大舞台に立つ時が来たら……私は、一番良い席で応援しよう」

「ありがとうございます。まぁ、期待しすぎない程度で……お願いします」

「ははっ、謙虚でいいね。うん、君はいい大人になりそうだ」


 先生は嬉しそうに微笑みながら、俺をほめる。

 ダウナー系の雰囲気を持った先生に褒められるのは、少し恥ずかしい。

 俺が頬を高揚させながら後頭部を擦っていると――


「……最後に一つ。それ、ちゃんと落ち着かせな」


 にっこりと微笑みながら先生が俺を指さす。

 指の方向を見るべく顔を下げていくと――


「えっ、あっ、あぁっ!?」


 俺は気が付いた。ズボンの下腹部辺りに膨らみが生まれていたからだ。


「フフッ、抑えているの、かわいらしかったよ」


 俺は理解した。

 保健室の先生に、弄ばれていたことに。


「ぐぅっ……! すみませんっ! そうしますっ!」


 俺は恥ずかしさを覚えながら、ベッドにこもるのだった。



「遅いなぁ、師匠……」


 保健室を追い出されて三分が経過した頃。

 桜木は心配そうな表情で不安を口にしていた。

 師匠である豆芝が変なことをするとは微塵も思っていないが、桜木としてはやはり心配だった。


「……桜木さん、あの人のこと、どう思っているんですか?」


 そんな彼女に、爆弾が飛んでくる。


「ど、どうって……ど、どういうこと!?」

「どもりすぎですよ。そのまんまの意味です」


 桜木は頬を赤らめながら「な、なるほどっ」と歯切れの悪い返事をする。


「ま、まぁ……練習一緒に見てもらっていますし、それなりにッ、こっ、好印象は、持っている、かな!」


 桜木は恥ずかしそうに返答する。

 森川が口元に手を当てながら「へぇ~~」とによによした顔を見せる。


「も、森川さんは、どうなの?」

「えっ、普通に好きな部類ですけど」

「……え?」


 森川の発言を聞いた桜木の顔がこわばる。

 森川は桜木の変化に気が付くと同時に、両手をあたふた動かした。


「あ、ち、違いますからね! 別に恋愛的な好きとかじゃなくて、物事に取り組む際の姿勢というか、そういうのが見習うところが思っただけですよ!」

「ふっ、ふぅ~~ん。そうなんだ……」


 桜木は表情をころっと変え腕を組みながら相槌を打つ。

 まるで自分のことのように彼女は喜んでいた。


「……そういえば、話が変わるけどさ。森川さん、サッカー部に入部するの?」

「はいっ。賭けに負けたので、入部する予定です」

「なるほどね。因みに、サッカーに関してどのぐらい経験あるの?」

「そうですね……ボールを蹴ったらドラゴンが出るとか、そんな感じですかね?」

「…………いや、出ないよ」


 森川はガーンと効果音がなりそうな顔で口をあんぐりと開く。

 サッカーの価値観が破壊されたことが相当ショックだったのが口をパクパクと開閉し続けている。


「ま、まぁ。足が速いことを考慮するとしたら、SBがいいんじゃないかな」


 桜木はそんな彼女を見つめながら提案を行った。

 桜木がSBを提案した理由は、単純にチーム内の守備力があまり高くないからだ。特に、今のチームは俊足を持つ選手との対峙経験が少なく、どのぐらい持ちこたえられるか不明な状態といえるだろう。


 それを考えたら、SBを薦めるのは当然の流れといえるのだ。


「SB……って、何ですか?」

「サイドバックってのは、守備や攻撃に自由参加できる選手のことだよ」

「へぇ~~そんなポジションがあるんですか。でも、目立たな……」

「いやいやっ。全然目立つよ! テレビでもさ、相手が強ければ強いほど守備選手がフォーカスされるし! かなり重要だよっ!」


 桜木は無茶苦茶力説した。

 自分が経験した知識を必死に使って、未経験の彼女に良さを必死に叩き込んだ。


 その結果――


「サイドバック、無茶苦茶良さそうですね! 私、やってみます!」


 森川を見事、サイドバックとして活動するように洗脳完了したのである。


「師匠、借りは一つ作りましたからね……!」


 桜木は小躍りしている森川を見つめながら、まだ戻ってこない豆芝のいる保健室を睨みつけるのだった。

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