第26話 偵察しにきたクソガキ
試合前日、俺は部員たちと共に河川敷のグラウンドへ向かった。事前に使いたいと二子石市に連絡を入れてていたため、グラウンドは全面使うことが出来る。
「うはぁ~~!! 広いのぉ~~!!!」
「それに風が気持ちいい~~!!」
「こういう場所で音楽をやるのも、よさそうだねぇ~~」
補修組の南沢、菅原、栗林が仲良さそうに言葉を口にしている。四日ほど勉強会に駆り出されていたと相馬から聞いていたから、それなりに距離が縮まるきっかけになったのだろう。
(合宿とか、そこら辺に重なるのはやめてほしいけどな……)
そんなことを思いつつ、河川敷のベンチ前に練習用の道具を置く。
部員たちは事前に着替えてきており、その際荷物を片してきたようだ。
引き上げるときに楽で助かるなと思いつつ、俺は集合をかける。
「え――今日は、ちょうどよい天気だ。気温が高すぎず、湿度もちょうどよい。万全のスポーツ日和といってもいいだろう。ただ、油断は禁物。適当にやっているとケガして明日の試合に出場できなくなる恐れがある。皆、しっかりほぐしてから動くように。それじゃ、今日のメニューを発表します」
全員が緊張感を持つ中、俺は淡々と説明を始める。
数十秒で説明を終えた後、質問がある者がいないか問いかける。
「……今日の練習、いつもより軽すぎやしないかのぅ?」
手をあげると同時に南沢が不服そうな顔で言う。南沢はそれなりに体力があるほうだ。
スタミナセブンターンで控え連中やスタメンでも体力のない選手がばてている中、ピンピンしていたぐらいである。
「明日は練習試合なんじゃろうが、関係ないじゃろ。いつも通り負荷をかけようや」
「……ふ~~ん、面白いことを言うねぇ、南沢。因みに、それで勝てるの?」
「……なんじゃと?」
南沢がぴくっと眉を上ずらせながら声を曇らせる。
周りの雰囲気が悪くなるかもしれないが、ちょうどよい機会だ。
俺の方針について伝えるとしよう。
「ここ数週間、お前らにはきつい走り込み練習をつけてきた。その理由は単純に強豪と戦う体力がなかったからだ。強豪たちは、お前たちが取り組んできたものを何年も精度高くこなしている。無茶をしなければ、奴らには敵わないだろう。けどな、無茶して練習し続けても、それが効果的じゃなきゃ体を壊す原因にもなる。現に、今週は先週よりも走るプランを軽くしていただろ?」
「……そ、そうなのか?」
南沢が驚いた様子で俺を見る中、隣にいた長島が反応する。
「あぁ。最近の練習と比べれば今週は軽い方だった。練習試合のために調整しているのかなと思っていたが、予想は当たっていたようだな」
「そ、そうなのか……というか、なんでワシに教えてくれないんじゃ!?」
「いやいや。連絡先交換してるんだから練習内容ぐらい聞けよ」
「た、確かに……」
長島に言いくるめられた南沢は小さく首を縦に振ってから俺を見る。
「すまんかった、コーチ。ワシゃ、独りよがりに考えすぎてたわ」
「いいよいいよ。そんなことより、そろそろ練習を始めるぞ!」
俺がパンと手を叩くと、桜木や相馬が声を出しながら練習のために部員を仕切る。彼女たちのリーダーシップに救われるなと思いながら、俺はベンチに座る。
(そういえば今日は顧問の先生、用事があるって言って来なかったな。まぁ、即興だししょうがねぇ。後で連絡でも行っておくかぁ。まぁ、そんなことは置いといて……ちょっとだけ、グラウンドを歩くか)
俺はベンチを立ち上がりグラウンドを歩き始めた。
適当にぶらぶらとしているようにしつつ、部員の表情を見る。
(やっぱり、レギュラーとして活躍出来ている選手は顔つきがいいな。前線の選手は前回の試合と同じように、期待が出来るかもしれない。それと比較すると……控えや試合であまり活躍出来ていない奴らは少し硬いな)
「皆、ちゃんと体をほぐしとけよ~~ケガは避けろよぉ~~」
「はいっ!」
「了解しました!」
入念に柔軟しているメンバーを確認してから、ベンチに戻る。
選手たちが練習に励んでいる姿を見つつ、横に置いた戦術ボードを開く。
明日対戦する冨士和FCは攻撃的なサッカーが持ち味だ。右サイドを務める水越は足が速い選手として有名らしく、強豪高校から引き抜かれる噂もあるほどだ。
(スプリンター相手となると、やっぱりこういうメンバーになるかなぁ)
俺は戦術マップに選手を配置する。
トップに桜木。
トップ下二枚に三好姉妹。
左サイドに菅原、右に水木。
ボランチに相馬。
センターバックに武田と志満先輩。
左SBに森川、右SBを長島。
GKを栗林。
変更としては、田中と島石の代わりに志満先輩、森川を起用することだ。
志満先輩と交代なら他の選手は納得してくれる可能性が高いと思う。しかし、森川に関してはどうだろうか。努力してきた選手からしてみればぽっと出の奴がスタメンとか贔屓されてると思うのではないだろうか。
少なくとも、俺だったらコーチに掴みかかると思う。
だって、当時のチームなら俺が一番うまいんだから。
(ま、そんな俺からいわせりゃ島石はいてもいなくても戦力に変化がなさそうなんだよな。前回の試合は須王が強敵だったとはいえ、全て同じサイドから崩されたし)
山岳戦を思い出しながら俺は島石をそう評した。
前後半にわたり、島石はこれといった活躍をしてこなかった。
守備が出来ないというのもあるが、それ以上に顕著なのは攻撃参加だ。
サイドバックは攻撃するという面で貢献する必要があるにもかかわらず、島石は全くといっていいほど前線に上がろうとしなかったのである。
サイドバックでありながら攻撃参加しない。強豪であれば絶対にあり得てはならない状況を、彼女は自ら作り出していたのである。
(……決めた。前半はこうしよう)
俺は戦術マップを軽くいじってから、パネルを閉じる。
(よし。戦術は決め終わったから、後は練習を眺めるか)
やることを終えた俺は、そんなことを思いながら練習を眺めるのだった。
※
そうして、全体練習は終わり、夜を迎えたころ。
俺はいつも通り公園に呼び出されていた。
「おぅ、今日も夜練習する――」
俺が手をあげながら二つ返事で返そうとしていた時だった。
突如、ジェットコースターの回転のような勢いで景色が入れ替わる。
体が宙に浮いている時が付いたときには、地面に叩きつけられていた。
「がはっ!?」
突然行われた謎の攻撃に受け身一つとれずに嗚咽を漏らしている中、俺の胸に靴を置く人物がいた。俺が両目でとらえたのは、怒りの感情に支配されている桜木だ。
「師匠……保健室から帰るときに、言いましたよね。試合前日に、二人きりで練習に付き合ってくれるって。私……結構、楽しみにしていたんですよ? それなのに……ひどくないですか? 何で、森川さんと相馬を呼んでいるんですか?」
俺は胸に痛みを感じながら首を右に向ける。
やれやれと言いたげな相馬と、おびえた様子でプルプルと体を震わせる森川の姿があった。森川からすれば、自分のせいでこんなことになったと思っているのだろう。
安心してほしい。桜木は前回もこんな感じな狂暴お嬢様だから。
(な~~んて口にしたら、マジで頭をサッカーボールにされかねねぇな。どうやって言い訳をするべきだろうか……)
「あれ?? お姉さんたち、何やってるんすか? 何かのプレイっすか?」
思考を巡らせようとした直後、少年っぽい声が聞こえてくる。俺がそちらの方に顔を向けると、そこにはサッカーボールを持った少年が立っていた。
「師匠……もしかして、あんな子供も誘ったんですか???」
「ちょっと待て、それは話が――」
「このっ……浮気者がぁ! ぶち殺してやるぅぅぅぅ!!」
俺は謝罪の言葉を述べる隙もなく、桜木の拳を顔に食らいまくる。
息する暇すら与えない拳が腹と顔の痛い所にダメージを与えていく。
(総合格闘技だろ、これ。ま~た俺は前日死にかけるんか……)
俺が絶望しながらパンチを受けていると、突如桜木からの一撃が止まる。
横を見た先に立っていたのは――涙目で暴走する桜木の手を抑える森川だ。
「さ、桜木、さんっ! や、やめましょうよ! 死んじゃいますっでぇ!」
「……………………わかったわ」
桜木は体の動きを停止させてから、口を開き俺から足を離した。
泥まみれの姿にされた俺がボロボロの状態で体を起こすと、少年が口を開く。
「……女の人にあれだけ殴られて起き上がるって、凄いなぁ」
「少年、見世物じゃないから帰りな。俺は今から練習するんだ」
「そうなんだ。にしては遊んでいるように見えたけどなぁ~~明日の試合相手として君たちが期待できるか、僕は少し心配だよ」
「……明日の試合?」
「うん、たぶん君たちが明日の対戦相手でしょ?」
少年はにこやかに微笑みながら、自らの自己紹介をする。
「二子石サッカー部の皆様、初めまして。僕の名前は水越フクロ。チームではエースとして活動させてもらっているよ。よろしくね!」
水越と名乗る少年は片目を閉じながらにこやかに笑う。中学と考えるに一歳下なのは確実だが、なるほど。かなり良い性格をしているようだ。
俺は死にかけの状態で立ち上がり、少年に問いかける。
「少年……な、なにか、面白い結果でもわかったか?」
「わかったよ。君たちが弱いってことがね!」
(……こいつ、いうなぁ。というか、悪口を考えるに斉京の奴らか?)
俺が睨みつけていると、水越は表情をころりとかえる。
「あぁ、安心してね。僕はただただ単純に、出力が正しいだけだよ。先輩たちはちゃんと尊敬するし、後輩たちも煽ったりしないよ。まぁ、敵は煽るけどね」
「ゴミ畜生じゃねぇか。試合でやったら最悪イエローカードが出るぞ?」
「大丈夫大丈夫。そこまでガチの試合はないしね。それに……明日の試合、悪口を口にした方がいいほど警戒するべき選手もいなさそうだしね」
「そ、そそ、そんなことっ! 言わないほうがいいと思いますっ!」
水越の煽りを聞いていた森川が不器用な言葉で批判する。
水越は彼女の顔を見ながら腹を抱えて笑う。
「はは、ははっ! 誰かと思えば……チーム内で一番下手糞な子じゃん! パスも、トラップもまともにできない癖に……よくサッカーやろうと思うよね! ハハッ!」
「……でも、私は。あなたみたいに誰かを馬鹿にしようとは思いませんよ」
「――なに?」
水越が笑うのをやめる。彼の表情からは怒りが感じ取れた。
水越は、彼の顔を見ながら言葉をつづける。
「私は、チーム内で一番経歴が短いです。サッカー部に入ったのも一か月に満たしませんし、サッカーの技術だって壊滅的です。でも、私は――努力をし続けている人達をたくさん見てきました。レギュラーを取れなくても、練習で順位が低くても決して腐らずに努力をし続ける子たちを見てきました」
「……なにが、いいたい?」
「馬鹿にするようなあなたみたいな人間に……私たちは負けない、ってことです」
森川は水越の顔を真っすぐと見据えながら自らの感情をストレートに伝えた。
「ふふふっ、面白いね、君。下手糞な癖に、他人を思いやる気持ちはあるんだ。まぁ明日の試合は僕たちが勝つのは確実だからね。諦めていなよ」
水越は高らかに笑いながらその場を後にする。
奴の笑い声が聞こえなくなってから、森川が顔を青ざめる。
「ど、どうしましょう……!? 喧嘩売っちゃいました!」
あわあわとした様子で俺たちにすがる彼女の様子を見て、俺たちは少し和んだ。
「ありがとね、森川さん。あなたのおかげで、少し自信持てたよ。今日の練習、もしよければ一緒にやらない?」
「は、はいっ! ぜひ、お願いしますっ!」
「あっ、それなら僕も――」
「あんたはダメ。アポなしで師匠に近づきすぎだから」
「え――!? 理不尽すぎるって!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。お前ら三人にちゃんと稽古はつけてやるからさ」
俺の言葉を聞いた三人は争いを止め、俺に頭を下げる。
彼女たちの願いは皆同じ、強くなりたいという思いだ。
それを平等に分けるのなんて、俺にはたやすいことだ。
「さぁ、明日の練習試合を勝つために、頑張るとするか!」
俺は三人に声をかけてから、練習試合の最終調整を行うのだった。
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